第9話 猜疑


「いやぁ、まさか本当に夢喰いを倒しちゃうなんてびっくりだよ。これも夢の強さの差かねぇ?妬けちゃうな〜。」

「……ねぇ、ひとつだけ教えてほしいんだけど。」

「ん?」

「君は一体何者なの?やっぱりロマン戦士……なの?」


一番最初と同じ質問を投げかける。

またも一瞬で冷たくなる青年の視線に息を飲んだが、どうにか目を逸らさぬように耐える。

ずっと不思議だったのだ。

ロマン戦士は戦士の象徴であるロマンバッヂを必ず胸に付ける義務がある。

傷一つ無いキラキラ輝くバッヂを付けて歩いているロマン戦士の姿を見て人々は憧れ、サインや写真撮影や握手を求めたり、黄色い声援を送っていた。それが普通だった。

だが彼はどうだ?胸にはその象徴は無いどころか、まるで隠しているかのように目に見える範囲には見当たらない。ニコラに渡したバッヂは荒い使い方をしているのかかなりボロボロ。まるで真逆なのだ。

じっと見つめ続けていると、彼は自嘲するかのようにハッと鼻で笑い__


「そう見える?」


ただそれだけ。質問に質問で返した。

目の前にいる青年は、果たして正義の味方なのか否か。

そんな思いを抱き始めた途端、警察や救急車のサイレンと沢山のロマン戦士団の車やヘリの近付く音が響き始めた。どうやら街の人間が様々な団体や警察に笑み喰いが出たと通報してくれていたらしい。


「笑み喰いが消滅した今になってやっと来たか……これだから嫌いなんだよ、あんなクソ集団。」


ボソリと青年が呟く。

様々な音が入り混じる中でのその一言はとても小さく、あっという間に掻き消されてしまいそうなものなのに……何故かニコラの耳にはスルリとそれが入って来た。

どういう意味なのかと聞こうと口を開いたが、言葉が喉を通る前に青年は『それ、返してもらうから』と渡されたロマンバッヂをニコラの手から取り上げ、忍者の様に煙に紛れて消えてしまった。

それに一足遅れて大丈夫ですか、という声と共に様々なロマン戦士に囲まれた。胸に付けられた傷一つ無いロマンバッヂがキラリと輝く。

本来ならば保護してもらえる事に安堵して泣いてしまいそうな場面ではあったが__


『これだから嫌いなんだよ、あんなクソ集団』


青年の冷たい言葉が頭を過り、涙なんて一滴も出やしなかった。それどころか、大丈夫ですか、安心してください、もう平気です、と定型文の様な言葉を繰り返すロマン戦士に謎の違和感を覚えた。

目の前にいる彼等は、果たして正義の味方なのか否か__

もう正義が何なのか、彼等こそが正義なのかも分からなくなってしまっていた。

自分自身がロマン戦士の様に戦って気持ちが変わったからなのか、はたまたあの青年の最後の言葉を聞いてしまったからなのか……分からない。いや、分かってしまいたくなかった。

笑み喰いが蔓延るこの世界にとってロマン戦士は希望であり、望みであり、憧れであり、正義。それは紛れもない事実であり、世界の皆は彼等を重宝しているし、尊敬している筈だ。

そんな彼等に“嫌い”などと言われる理由なんてあるのか?いいや、ある筈が無い。いいや、あるかもしれない。彼等は聖人でも神様でもなく人間なのだから。

笑み喰いに取り込まれた全員は救えないし、街や村を全く壊さず笑み喰いを倒す事もできない。

だが、最後に青年の呟いたあの言葉、『笑み喰いが消滅した今になってやっと来たか』というものに、少なからず同調してしまったのも確かだ。

ここまでの道のりの中、笑み喰いによるパニックで渋滞があったのなら警察やロマン戦士の乗る車が通れないのは分かる。

しかしロマン戦士には車だけでなく、笑み喰いを倒し易い様にと笑み喰いの上を取れるヘリや小型飛行機、気球なんかも使っている団体もあるというのに、本当に何故“笑み喰いが消滅した今になって来てくれたのか?”という疑問が心に引っかかって仕方がない。

ここから一番近いロマン戦士の団体は徒歩でも来れるだろう。少し遠い所になっても数十分もあれば来れるだろう。

それなのに彼等がここに来たのは笑み喰いが現れてから1時間近く経った今。その間何をしていたのか?街のみんなが逃げていたからよかったものの、逃げ切れていなかったらどうしていたのか?そして__あの青年が来てくれなかったら、ニコラは今頃“大丈夫”でもなければ“安心”でもなかったし、“平気”でも無かった。

他の誰でもない正義の象徴のロマン戦士が、ニコラ自身を“大丈夫”に出来なかっただろう。安心”させてやれなかっただろう。“平気”でなくしただろう。

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