第6話 シナリオ


必死になって追いかけるニコラを置いて、青年はどんどん笑み喰いに突っ込んでいく。

素早く、音も無く、軽やか。正しく忍びの走りだ。

手に持つクナイは的確に襲い来る敵を薙ぎ払い、あっという間に距離を詰める。

そして高く飛び跳ねたかと思うと一直線に核へと刃を向けた。しかし、またもぺいっと簡単にはたき落とされてしまった。


「大丈夫!?」

「あんにゃろめ!ゴミ捨てるみたいに投げやがって!誰がゴミだ!誰が!!」

「そんな事言ってる場合じゃ……と、とにかく回復するから!」

「助かる。それにしても今回のはデカいねぇ。ジャンプは届いても空中はどうしても無防備になっちゃうや。」

「確かにテレビ中継とかで見る笑み喰いよりも大きく見える気がする……私たちが真下に居るから余計にそう見えるのかしら?」

「テレビ……そうだねぇ。角度とか見方が違えばそう見えたりも__まあ今はそんな話は掘り下げなくてもいいか。とりあえずこの大きさのは少しずつ体積を削っていくしかないかな。一般人で、しかも女の子のお前さんには荷が重いだろうから支援だけお願いするよ。」


またしても青年は先に先にと足を前に出す。

何度彼の隣に足を並べようと一歩足を進めると、それに比例するかのように彼の歩数も増える。

まるでこちらを守っているかのようだ。ニコラが女の子だから?一般人だから?バッヂの本来の持ち主じゃないから?回復要員だから?

もやもやしていると青年の猛攻撃により笑み喰いがおぞましい叫び声に顔が上がる。どうやらいつの間にか下を向いてしまっていたらしい。

正面では青年のクナイで引き延ばしていたスライム状の腕はバラバラに切り飛ばされており、これ以上伸ばそうにも伸ばすための体が無いのだろう、作戦通り体積も減り核の部分も下へ下へと下がり始めている。

だがその分、笑み喰いも倒されまいと攻撃の威力を高め始めている。青年の顔には疲れと焦り、そして先程よりも深い生傷が浮かんでいた。


「よし、もう少し……もう少しだから、お前さんはちょっと待っててくれればいいよ。すぐ終わるから。」


黒い肌から滴る血を拭い、ニコラに目も向けずニコリと目元を丸める。まるで笑っているようだ。いや、いや、笑っている。しかし彼女にそれは無理やりにでも笑おうとしているようにも見えた。

彼の考えていることは分からない。だが、これだけは分かる。

目の前にいる夢喰いだけはどうにかしなくてはならない、一人でどうにかするしかない、そんな責任感と焦燥感。

忍者と魔法少女が一緒に戦うシナリオを先に提案したのは彼なのに、彼のシナリオからはいつの間にか回復役を担っていたニコラの存在すら消えている。

もっと頼るべきだろうに何故頼ろうとしないのか。頼ることを知らなそうなその姿に募っていたもやもやが色濃く染まる。

待ってほしい。少しだけでもいい。足を止めてほしい。こっちを向いてほしい。そんな張り付けたような顔ではなく、ちゃんと目を見てほしい。

そう思った時には彼の腕を掴んでいた。あんなに力強くクナイを握って振り回していた腕なのに細くて柔らかい。見た目よりもか弱さが感じられる。この腕に脅威を全て振り払わせようだなんてどうしても嫌だった。


「何。」


ピタリと青年の足が止まる。返された声のトーンが先程までとは全然違いあまりにも冷たくて一瞬ひるんだが、それでも今ここで手を放すワケにはいかない。

背後で笑み喰いが青年に切り落とされた体の一部を吸収しているが、今はそれどころじゃないのだ。


「離してくんない?夢喰いがまたデカくなるだろ。」


多少荒っぽく腕を払われそうになるがそれでも強くしがみついてそれを拒む。

分かっている。彼が血を垂らしながら必死に夢喰いに突っ込んでいた事も、このまま攻撃を続ければ夢喰いを倒すこともできるだろうことも、そうすれば彼は無事では済まないだろう事も。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る