第4話 夢


思わず問いかける。ニコラのその声に反応するように目が合った。

しかしそれは本当に一瞬で、青年の深い桃色の瞳は笑み喰いの方へと向き直ると、鋭い目を更に鋭く尖らせた。


「そんな事より逃げんでいいの?襲われちゃうよ?」

「いや、私__」

「ああ、足痛めたんね?相分かった。ならこれ持って待っててよ。使いたければ使っても構わんから。」


そう言ってこちらを向かずに何かを手渡された。否、投げ渡された。思わず受け取ってしまったそれを確認する間も無く、謎の青年はドロドロの液体生物に向かって走って行ってしまった。

咄嗟に追いかけようとしたが、忘れかけていた激痛が足を襲う。まるで『追いかけたところで夢も持たない一般人のお前が何になる?』とでも言われたかの様だ。

それでも彼の姿を見失うわけにはいかなかった。見失いたくなかった。

投げられるクナイはドロドロの液体を貫き、攻撃が効いているのか痛そうに笑み喰いは暴れる。彼の姿は消えたかと思うとまた現れ、今度は手裏剣の様な武器が笑み喰いに突き刺さった。正に彼の独壇場だ。そしてそんな彼は正しく“漫画やアニメに出て来る様な忍の様だ”と思えた。


カッコイイ。凄い。私も__


漫画やアニメに出てくる魔法少女の様に戦う事が出来たなら__


昔持っていたドキドキやワクワクと似た懐かしい感覚が胸を支配する。その時、先程青年から渡された何かがニコラの手の中で薄く光り輝いた。

思い出したかの様にそれを見る。手の中には傷だらけで汚れているが、ロマン戦士の証であるロマンバッヂが夢に反応するかの様にこちらを照らしていた。


「これ、本物のロマンバッヂ!?な、何で……でも、これがあれば__!」


瞬間、笑み食いが腕を大きく振り上げ、何かを地面へと叩きつける。

それは空気の抵抗などまるで気にならないとばかりの凄い威力で、ニコラのいる方向へと飛ばされた。あの青年だった。


「グェッ……あ、あんにゃろ!まるでハエ叩く様にはたき落としやがって!このチビ野郎がってか!?自分はハエじゃねぇっつーの!」

「だ、大丈夫!?」

「んん?あぁ、ヘーキヘーキ。学校でも習ったと思うけど、夢を強く持ってると笑み喰いの攻撃はそこまで痛くはないから。まぁそれなりに痛いけどね!ってか、それよりそれ。」

「いや、何故か突然光り出して……!」

「そうか……あ、ねぇねぇ、お前さんって漫画読んだりアニメ観たりとかする?」

「何で今その話を!?今あそこに笑み喰いが__」

「いいから、好きなの無いの?あるでしょ、一つくらい。」

「わ、私は__」


戸惑った。高校生の制服を着た女の子の口から『ぷにキュアが好き』なんて言葉を聞いたら呆れられるのではないかと思えて仕方がなかった。

それを察知したのか否かは分からないが、彼は考える様な仕草をすると、自分は、と口を開いた。


「忍者系の漫画やアニメ全般めっちゃ好きなんだよね。忍者が出なくても、和風というか、江戸時代の話〜とかもめっちゃ好き。いやぁ、マジで最高だわ。忍者になりてぇなって昔からずっと思ってたもんさね。」

「え?」

「でもさ、忍者になりたいって話、小学校卒業した途端にめっちゃ笑われる様になったんさ。忍者なんて居ないとかも言われてさぁ、知ってんだよこちとらって話だと思わん?」

「ま、まぁ、そう、だね。」

「気持ち分かってくれんの!?いやぁ、嬉しいわ〜!そっちは何かあるん?みんなには言い難いけど、一度でもいいからなってみたいやつ。」

「私、は__」


小声で小さく呟く。それを拾おうと青年はくれあに耳を傾けたが、その必要が無いほど大きな声が自然と彼女の口から発せられた。

彼が先に恥ずかしい夢を吐き出してくれたから?

彼の恥ずかしい夢が恥ずかしいものだと思わなかったから?

彼の恥ずかしい夢を笑う人がいるのが自分と同じだったから?

彼の恥ずかしい夢と自分の恥ずかしい夢と比べて同じだと思ってしまったから?

そのどれなのかは分からない。もしかしたら全てかもしれない。

理由が何であれ、膨れ上がった気持ちを他の誰でも無いこの青年に伝えたくなったのだ。


「私、昔からずっと__《魔法少女》になりたいって思ってた!」

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