第3話 謎の青年


ガヤガヤと人の話し声と笑顔が湧き上がる商店街を歩く。

私もこんな風に自然と笑えるのなら人生が変わっていたかもしれない。きっとこの人達の笑顔は尽きないのだろう。そんな事を思っていた。

しかし__商店街のど真ん中に突如黒い影が現れた途端、その笑顔はあっという間に悲鳴へと姿を変えた。

高層ビルを優に超える程巨大で、ドロドロとした液体の様な姿……そして人間には到底理解出来ない雄叫びを放つそれは正しく、皆が恐れて止まない、人を精神的にも肉体的にも食い殺す“笑み喰い”だった。


「笑み喰いだ!!」

「笑み喰いが出たぞ!!」


散り散りとなって逃げる人々の悲鳴がニコラの進行方向とは逆に次々と流れる。

ハッとなりすぐに方向を変えて走って逃げようとしたが__


「退けクソガキ!」

「キャッ……!」


横から押される圧力に不安定な身体はぐらつき、冷たいコンクリートへと叩きつけられてしまった。

その間にもどんどん人の足音と悲鳴は遠ざかって行く。それ等を追いかける為に立ち上がろうとしたが、足を襲った鈍い痛みがそれを許さなかった。どうやら転んだ衝撃で足首を捻ってしまったらしい。

とにかく逃げよう。せめて身を隠そう。そう思った瞬間、気付いた。

先程まで自分を照らしていたオレンジ色の光が消え、代わりに真っ暗な影が自身を覆っているという事に__

恐る恐る背後を向く。刹那、向かなければよかったと酷く後悔した。笑み食いのドロドロとした何かが、まるでこちらに手を伸ばすかの様にすぐそこまで迫っており、正しく取り込まれる寸前だった。

終わった……という気持ちと共に、振り向いてしまった事とは又別の後悔が溢れ出た。

自分の持っている酷くくだらない恥ずかしい夢も諦めずずっと持ち続けていれば今頃、目の前の怪物に対抗できたかもしれない__なんて、これも又、酷くくだらない後悔だった。

夢はとうに捨て、やりたい事も特に無い彼女は自分の未来がハッキリと見えた気がした。笑み喰いに食われて、消えて笑顔と共に存在までも無くなる未来が。

キツく目と唇を閉じて、すぐに来るであろう恐怖に耐える。しかし、ドロドロとした感触はいつまで経っても襲ってこない。

代わりにズバンと空気が切れたような音だけが響いた。

耐えきれず閉じた目を開く。刹那、飛び込んできたのは後悔でも笑み食いでもなく、一人の人間だった。

白い髪に、それを引き立てる黒い肌。顔の下半分を覆う黒い布。そして“忍”を彷彿とさせるクナイの様な武器を持った150cm台の、おそらく男であろう小柄な青年だった。

どうやらニコラに向かってきていた笑み喰いの一部を、彼がクナイ一本で切り落としたらしい。

その実力とからロマン戦士かと思いその姿をよく見たが……ロマン戦士の象徴であるロマンバッヂはどこにも付けられていない。


「き、君は……ロマン戦士、なの?」

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