第2話 水篠ニコラという者


「ねぇ、ニコラ〜!聞いてるの?」

「え?あ、ごめん……聞いてなかった。」

「あはは、ニコラちゃんってばボーッとしちゃって、おもしろーい!」

「じゃあもう一回話すわね?進路の話!」


あぁ、進路の……と、ニコラと呼ばれた少女は今朝手元に渡った紙の内容を見る。

そこには大きく【授業内容選択】と記されており、その下には細かく、ロマン戦士になるならば特別な授業を受ける事が出来るというような内容の説明がつらつらと書かれていた。

高校一年生の春。中学とあまり変わらないメンバー。いつもとあまり変わらぬ風景。そして、新しい学校生活の始まりと、義務教育が終わった途端に突如現れる“ロマン戦士”という選択肢……彼女、水篠みずしのニコラにとってそれは違和感を感じるものにしか思えなかった。


「私ロマン戦士になっちゃおうかな〜?親は反対するかもだけど、ロマン戦士になると給料めっちゃ良いって話だし〜?」

「あとさ、ロマン戦士になるとイケメンと付き合える様になるって話もあるよねぇ!私もなろっかなー!ニコラはー?」

「い、いいよね、ロマン戦士……。」


ロマン戦士になると確かに良い事だらけだ。ロマン戦士の団体に入れただけでもお金が入ってくるだけじゃない、みんなのこちらを見る目だって変わる。一種のステータスとして周りに自慢が出来るのだ。

正しく夢のある職業。今やロマン戦士になりたいという気持ちで笑み食いを倒せるのではないかとすら思える。

なりたいと口に出すのだけなら本当に簡単だ。しかし、ニコラは自分がロマン戦士に向いているなどとは全く思えなかった。と、言うのも__


「そ〜いや話変わっちゃうけどさぁ〜!昨日前の席の男子がずっとスマホ眺めながら『ぷにキュア萌え〜!』とか言っててマジキモかったんだけど〜!」

「えー!?ヤッバー!てか高校生にもなってぷにキュア観てるとかマジで無いよねー!」

「あ、あはは……。」


彼女は人に自分の意見を言う事が出来なかった。

彼女は人の考えに対して否定も肯定も出来なかった。

彼女は人に合わせる事しか出来なかった。

彼女は__


「はぁ……高校生にもなってぷにキュア観てるの、やっぱりおかしいのか……。」


彼女は、自分の“夢”をとっくの昔に諦めていた。

“ぷにキュアみたいな魔法少女になりたい”という、子供が見るなら可愛らしく、大人が見るなら痛々しい夢を。

そんな自分がロマン戦士などという夢を見続ける仕事なんて出来るはずがない。

夕焼けに染まった帰路を歩きながらため息をつく。夢はとうに捨て、やりたい事も特に無い自分に残された選択肢は基、普通に生きる事のみだった。普通のOLか、父親の酒屋を継ぐか、資格を取ってそれに見合った職に就くか……そんなロマンのカケラもない普通の生活のみ。


「ははは、こんな事考えながら歩いていたら、真っ先に笑み食いに食べられちゃうかも……まぁ、食べられる笑顔があるならの話だけど。」

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