あの白球を追って
一般通過ゲームファン
第1話
最近、暑くなって来た。
俺、一般通過ゲームファン(以下一通)には、暑くなってくると必ずと言っていいほど思い出す日がある。
「あいつら、野球続けてんのかな?」
ある日大学の食堂で、ついポロリとそんな独り言を溢してしまった。まあ、周りには友人と雑談をしながら昼食を取る者が多いため、自分の口から溢した小さな言葉はそんな他の学生たちの話し声から生まれる騒音にかき消され、誰の耳にも届かなかった。
あの頃・・・あの頃、か。
そうして、俺の意識は思い出に浸っていった。
◇◇◇
「一通、ライト行くぞ!」
「はいっ!!」
(キィン!)
その日は、実際に自分の守備位置についてノックを受けていた。俺は外野を全般的に守れるが、試合を想定すると、俺がいた少年野球チームで外野を守る子たちの中では、俺が一番頭が良かったので、外野の守備位置の中でも複雑なカバーが多いライトを任されることが多かった。今でも覚えている。
内野から1塁への送球、レフトから2塁への送球、ファーストへの打球、セカンドへの打球のうち、1、2塁間の1塁側から3分の2だったか4分の3だったかまでの位置への打球のカバー、センター寄りの右中間の打球のカバー、1塁への牽制のカバー、1、2塁間と2、3塁間の挟殺のカバー(たまに送球を受けてランナーを挟む側にもなる)。確かこんな感じだったはずだが、他にも何かあったかもしれない。
自分がいた地区では意外と左打ちの子が多かったので、そういう子たちが力一杯引っ張って来た強い打球がライトに飛んで来るという意味でも、少年野球チームで一番先輩だった俺にライトが任されたんだろう。
合同チームとして他のチームSから来ていた1年下の後輩Kが俺より足が速くなるまでは。
Kの成長、特に脚力の伸びは凄まじかった。
成長期というのもあるのだろうが、わずか半年のうちに50m走が2秒近くも速くなったのだから恐ろしい。
そして同時期、大会の試合でかなり強烈な死球を肩にもらい、負傷したことを受けて、これから最高学年になろうという5年の年度末、チームSでライト専門だった同級生Rにライトを代わられ、俺はKにスタメンの座を明け渡すことになった。
とはいえ不幸中の幸いか、Rと俺の打撃力にそこまでの差はなく、互いに立つ打席が逆だったため、6年の春の終わり頃には、敵チームのレフトが弱ければ右打ちの俺、ライトが弱ければ左打ちのRがスタメンになるという起用方針の下、俺にもまたスタメンの機会が訪れるようになった。
野球をやってて一番楽しかった瞬間は、6年の夏だった。肩もバカ強いKはコントロール面で負けていた先輩が卒団したこともあって、元々専門だったというピッチャーもするようになり、ライト俺、センターRで2人ともスタメン出場することも増えて来た。コントロールで負けていた先輩がいなくなったとは言っても、うちのチームには球速以外のほぼ全てにおいてKに勝っていて、先輩とも使い分けられていたピッチャー一筋の後輩Yがいたため、毎回そうだったわけではないが。
話を戻そう。野球をやってて一番楽しかったと思ったのは、6年の夏の大会の試合、その最終回だった。
7回裏、2アウトランナー1塁、6対6の同点。
少年野球をあまり知らない人は「最終回じゃなくない?」と思うかもしれないが、少年野球の試合は7回までなので、正真正銘最終回だった。
もちろん、現状同点なのでこのまま3アウトとなれば延長戦に入るのだが、相手の次の打順は2番からの好打順。いくらこちらのピッチャーがYとはいえ、消耗した状態で抑えるには厳しい強打者だらけだ。Kを登板させるにしても、センターでスタメン出場している以上、万全とは言い難い。
つまりこの状況は、"延長戦突入=負け"と言っても過言ではなかった。
「R、お前サード行けたな!」
突然、監督がそんなことを口にした。
Rがサードも守れる。そんなの初耳だった。
しかし、当時の俺の意識はそこにはなかった。
次の打順は6番、そいつの守備位置であるサードにRを移すという判断。
Rを移すということは、ライトが空く。
「よし、仕掛けるぞ!」
(この局面で、俺か・・・)
「一通!代打行ってこい!」
(思えば、このバットを持ってからもう3年か・・・こんな局面に立つのは初めてだ)
俺は今まで、これだけ重要な打席に立ったことはなかった。
打席に立つ直前、監督は俺の耳元でこう言った。
「一通、お前に特にサインは出さない。細かく繋げるのも1発で決めるのもお前の自由だ。だが・・・」
「悔いが残らないようにな。」
「!」
つまり、決めて来いということだ。
正直自信はなかった。でも、覚悟だけならあった。
「わかりました。」
俺は打席に立つ直前、ランナーのKに「俺が打ったら思い切り走れ」という眼差しを向けた。俺はあいつを信じていた。あいつの足なら、右中間か左中間に鋭い打球を叩き込めれば帰って来れる。
何かを察したように、Kの表情が変わったのを覚えている。
相手の初球は、甘かった。相手としては詰まらせて内野ゴロのつもりだったのだろうが、残念ながら俺が長打を狙う上では理想的なコースだった。
少し浮いてはいたものの、インロー。このコースに来た球を、俺が打てなかったことはない。
そして・・・
「K!ホームに突っ込め!」
この時も含めて、打球は必ず、左中間を貫く鋭利なライナーだった。
俺は2塁に到達し、本命のクロスプレイを見守る。
流石に俺からスタメンを奪い取る決め手となっただけあって、Kの俊足は圧倒的だった。
「ゲームセット!」
これが、俺の野球人生で最初で最後のサヨナラ打だった。
◇◇◇
(楽しかったなぁ、野球)
その後俺は中学で野球部に入ったのだが、環境が違いすぎた。何より周りが異次元すぎた。
同学年の部員は、大体が同じ市内の少年野球チームでも、県大会を勝ち上がった強豪チームの出身ばかりだった。俺がいたチームでも個人ではその域に達していそうな奴(特にKとY)はいたが、総合力が足らなかった。
そんなとんでもないメンバーたちの中でも極めつけだったのは自分の代のエースだ。
U-15日本代表に選出されてアジア大会決勝で先発登板、危なげなく勝ったらしい。野球一本で甲子園常連の強豪校に進学したし、おまけに今は同期で唯一のプロ野球選手だ。本当に末恐ろしい。
差を実感し、埋めることもままならず、俺は野球部引退を境に、野球を辞めた。思えば、ゲームに明確に熱中するようになったのは、その頃だったような気がする。
(あの白球を追っていた頃の俺は、今より生き生きしてたんだろうな)
中学に入ってからは周りに呑まれて表には出られなかったが、総じて言えば楽しい野球人生だった。
(・・・ん?)
気がついたら、少し周りが静まっている。時計を見ると、12:50を指していた。昔を懐かしんでいるうちにかなり時間が経ってしまった。まずい!
俺は冷めかけのポークカレーの残りを平らげ、急いで次の時限の講義室を目指す。
遅れるかもしれないという焦りと何でそこまで思い出にふけってしまったのかという自分への憤りの片隅で、「久しぶりにバットを握りたい」という気持ちが湧いて来た。
END
あの白球を追って 一般通過ゲームファン @ittsugamefan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます