笑う女の子

藤乃 ハナ

笑う女の子



 帰る時間を知らせる音楽が、公園にひびいた。

 気づけば空はすっかりオレンジ色だ。


「じゃーな!今日とーちゃん早く帰ってくるからオレもう帰る!」


 そう言って友だちのシュウくんは走って行った。

 手には、ボールをもって。

 シュウくんは、近所に住むサッカーが大好きな男の子だ。


「お母さんと音楽がなったら帰る約束したな……。

 でもまだ帰りたくない!」


 ボクは一人で遊びはじめた。

 すべり台やブランコ、鉄ぼう。

 いろいろあるけど、一人だとつまらない。


「ボクも帰ろうかな……」


 そう思った時だった。


「ねぇ、一緒に遊ぼうよ」


 見たことのない女の子が、後ろに立っていた。

 ニコニコ。

 楽しそうに笑ってる。


「いいよ!なにして遊ぼうか?」


「そうね……。おにごっこしよう!」

 

 ボクはその子とたくさん遊んだ。

 おにごっこ、かくれんぼ、色おに。

 いろんなことで遊んだ。

 たくさん、たくさん遊んだ。


「ふー!いっぱい遊んでつかれたよ!ボクもう帰るね」

 

 公園から帰ろうとした。

 でも……


「まだ遊ぼうよ!」


 女の子に手をつかまれた。

 ぐいぐい。

 強い力でひっぱられる。


「でももう帰らないと!いっぱい遊んだからもう夜に……」


 空を見た。

 あれ、おかしい。

 お空は今でもオレンジだ。


「どうしたの?まだ夜にはならないよ」


 ニヤニヤ。

 女の子が笑ってる。

 おかしいな。

 笑っているのに怖くなる。


「……やっぱりボク帰る!」


 つかまれた手を、大きくふった。

 女の子の手がはなれる。

 だから、ふり向かずに走った。

 おうちはすぐそこだ。

 

「ただいま!」


 とびらをあけて、中に入る。

 帰るのが遅くなったこと、お母さんにあやまらないと。

 手を急いで洗って、キッチンに行った。


「お母さん、帰るの遅くなってごめんね!」


 おかしいな。

 お母さんがこっちを向かない。


「ねぇ、お母さん……」


 となりに立ってみる。

 お母さんは、包丁で野菜を切っていた。


「お母さん……どうしたの?」


 おかしいな。

 お母さんはちっとも動かない。


「なんで……みんな動いてないの?」


 流しのお水も、コンロの火も、動きを止めてそのままだ。

 時計の針も止まってた。


 ―― ピンポーン!


 玄関のチャイムがなった。

 ボクはびっくり。

 そうっとドアをあけた。


「……おかしいな。だれもいない」


 外に出た。

 それでもだれもいなかった。

 だから、おうちに戻ろうとした。


「ねぇ、一緒に遊ぼうよ」


 女の子がいた。

 いつ来たのかな。

 玄関のドアのまえにいる。


「いやだよ。ボクはもう遊ばない。

 だから、どいて!

 そこにいたら、おうちに入れない」


 ニタニタ。

 女の子は笑ってる。


「どうして?

 お母さんとの約束やぶって、時間になっても遊んでたでしょ。

 私といれば、楽しいよ。

 ずっとずっと、遊べるよ」


 笑顔はみるみる大きくなる。

 耳までとどくお口になった。


「いやだ!もうボクきみとは遊ばない!」

 

 怖くなって逃げだした。

 走って、走って、走ったよ。

 

「おニごッこ!!オにゴっコ!!!」


 大きな声が追ってくる。

 泣いて、走って、逃げ出した。


「あっち行け!もうボク遊びたくない!」


 息が苦しい。

 もう走れない。


「あ、あれは!シュウくん!」


 気づいたら、シュウくんのおうちが目の前だ。

 シュウくんは、道路にいた。

 ボールを追いかけて止まってる。

 すぐ近くには向かってくる車がいた。


「このままじゃ、シュウくんぶつかっちゃう!」

 

 ボクはシュウくんに飛びついた。

 

 ―― キキーーーッ!!


 ボクは思わず目をとじた。

 大きな音がなったから。


「大丈夫か!?」

 

 車からシュウくんのお父さんが出てきた。

 ボクはシュウくんと、道路にたおれてる。


「アレ?ボールで遊んでたのに、なんで寝てるんだ??」


 シュウくんは頭をかいている。

 車は通り過ぎたところで止まってた。

 よかった。

 シュウくんを助けられたみたい。


「二人とも無事みたいだね……。

 コラッ、シュウ!!

 道路でボール遊びはしない約束だろ!

 もうすこしで車とぶつかるところだったんだぞ!!」


 シュウくんはお父さんに怒られてる。

 ボクはそっとおうちに帰った。


「ただいま!」


 大きな声でドアをあけた。

 急いでキッチンに向かう。


「おかえりなさい。

 今ゴハン作ってるから、もう少し待っていて。

 ……って、もちろん手は洗ったのよね?」


「あ、忘れてた!すぐ洗ってくる!」


 ボクは安心した。

 お母さんはいつも通りだ。

 時計も動いてる。

 安心した気持ちで手を洗いに行った。


「……そういえば、あの女の子。一体、なんだったんだろう?」


 女の子の笑顔が浮かんだ。

 ボクは怖くなって、急いでお母さんのところへ戻った。


「お母さん、ボクちゃんと約束守るね!」


「突然どうしたの?でも、そうね。

 約束を守るのは大切なことよ。これからも、そうしてね」


 ボクはお母さんと指きりした。

 もうあの子に会うのはこりごりだ。



 ―― ねぇ、知ってる?

 

 ―― 約束を守れない子のところには


 ―― 笑う女の子があらわれるんだよ……



 


 

 ≪おしまい≫

 

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