六文銭じゃ渡れないよ

シャーニャ

六文銭じゃ渡れないよ

「いや、六文銭ろくもんせんじゃ渡れないよ。」


寝耳に水である。

三途の川は六文銭が渡り賃と相場が決まっているではないか。


「相場って、いつの相場だよ。物価が上がれば価格改定もあるに決まっているだろう。」


ほら、と指を指された方向を見て納得した。手漕ぎだが近代的な屋根付きの立派な船である。


不慮の事故で亡くなった私は、気がつくと三途の川の渡船場にあるベンチで目覚めた。最初こそ混乱したが、周囲の様子と手持ちの六文銭を見る限り、現世じゃないのは明らかのようだ。


自分は死んだのだと真実を受け止め、いざ川を渡ろうとしたらこれである。


「近年多いんだよね。価格改定を知らずに六文銭だけで来る死人。」


そりゃそうだろう。


川を渡る方法は一応あるらしい。ここで働いて稼ぐか、身ぐるみ剥がされ全裸で渡るからしい。全裸は避けたい。仕事を探すために教えてもらった窓口に向かう。


受付で履歴書を記入し提出した後、仕事斡旋者と話をする事ができた。どうやら渡り賃を稼ぐ1番主流なものは、体力仕事のようだ。


「体力仕事って?」

「ああ、船頭だよ。」


三途の川渡る時、漕ぐ側ということか?


「肉体労働はちょっと。」

「そう?人気だけどなあ。じゃあ時間かかるけど別の仕事する?」



こうして私は船頭を避け、無事に短期のアルバイトを始めた。

亡くなった人を三途の川まで送り届けるという仕事、いわゆる死神業務だ。現世との別れの時間を設けるため、死後3日後に迎えに行く。迎えを待つ者は、まさか派遣されるのが素人とは夢にも思うまい。


私の時は残念なことに記憶がないが、研修時に「意識を失っている死人も珍しくないため、背負ってでも連れてくること。」と説明があった。死人の体は軽くて運ぶのは簡単だ。おそらく私も意識を失っていたのであろう。ベンチに置き去りはどうかと思ったが、目覚めが悪いのは生前から変わらないため不問とする。


私が担当した死人のうち、六文銭しか持っていない死人は過半数を超えていた。



最後の仕事は、現世の窓口に届け物をする御遣いだ。現世に窓口なんてあるのかと驚いたが、更に驚くことに、窓口は私の地元で有名な住職だった。住職のいる寺に向かう。


「はい、ご苦労さまでした。」


住職とは簡単な挨拶だけ交わした後、荷物を手渡した。すんなり最後の仕事もやり終えると、私の教育担当、いわゆる上司から連絡が入る。


最期に、家族にもう一度会う許しが出たそうだ。


会うと言っても一方的なもので、相手には見えないし声も届かない。こちらに戻る前に会ってこいとの事だが、私は会うべきかと困惑した。


すると住職の元に妻がやって来た。突然の再会に驚き駆け寄ったが、妻に私の姿は見えない。

妻と住職の話によると、私の葬儀はこの住職が担当で、今日は自分の四十九日だった。つまり住職は、六文銭じゃ足りない事を知っていた可能性が高い。無性に腹が立ってきた。


「あの人、事故の後一度も目覚めないまま逝ってしまったので、向こうで目を覚ましたか心配なんです。目覚めが本当に悪くて。」


さすが長年私の妻をしているだけあり、予感的中であった。川すら渡らずここに居る。住職はどこか納得したような表情をして、「大丈夫ですよ。」と妻に告げた。住職はそのまま話し続ける。


「奥さん、私が少し力が強いお話はご存知でしょうか。実は亡くなった旦那さんから言伝を預かっています。」


心当たりが全くない。そもそも私が意識を取り戻したのは三途の川手前だ。住職は妻に寄り添っていた私を見て、「言ってみろ。」と言わんばかりの目配せをする。


なるほど、と私は納得し、口を開いた。



寺から帰った私は、上司に帰還の報告をすると差し出された給与袋を受け取った。


「はい、お疲れさまでした。」


「そういえば、現世では私の四十九日が終わったらしいのですが、まだ一度も裁判をしていなくて。これからでしょうか。」


ふと疑問に思ったことを聞いてみる。


「ああ、履歴書提出したでしょう。それで書類審査しているから大丈夫だよ。特に問題はなかったそうだ。」


最近の裁判は書類で済むのか、便利だな。

私は袋を開け、明細を取り出した。


「ちなみに渡り賃はおいくらですか。」

「140円。」

電車の初乗り料金の価格だ。だが明細は明らかにそれより高い。


「書類審査はしているけど、四十九日経っているのにまだ川すら渡っていないからね。急いだ方がいい。ファーストクラスを準備しておいたよ。」


給与袋の中には三途の川を渡るためのチケットも入っていた。

呆気にとられたが、確かにこちらでも物価が上がるわけだ。文明の利器はやはり素晴らしい。


どうやらこれから天国行きの数時間の旅が始まるようだ。私は上司にお礼を言うと、チケットを手に三途の川へと向かった。

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