第40話 転落の始まり(リチャード視点)

「リチャード、貴様にはがっかりしたぞ。まさか200の軍勢に散々に打ち破られ逃げ帰ってくるとはな」


「ぐ……返す言葉もございません」


父上は黒白双龍団奴らのことを心から嫌っている。

人類の旗頭たる帝国に仇なし威信に傷を付けてきた奴らのことが。

自分はただの神輿でしかなく敗戦の責はマシューにあると言っても勝てば勝利の誉れをもらい負けたら敗戦の将として責任を取るというのが総大将というもの。

奴らが強すぎて勝ちようがないと報告しても仮にも皇族の者が敵将よりも劣っていたと自ら認めるのは許されない。

もはや逃げ場の無い状態だった。


「30倍の兵力差があっても負けたのか……」


「どうせ何か変な口出しをしたのだろう。身分が高い者が初陣でよくやることだ」


「く……」


戦が始まる前までは皇太子だからとすり寄ってきた連中が今では掌返しで嘲笑を向けてくる。

苛立ちが増し、すぐにでもこの俺を笑った奴を叩き斬りたかった。


「リチャード。お前を皇太子の座から外す」


「なっ!?」


「なんだ?文句でもあるのか?あるならば今ここで言ってみろ」


「……あ、ありません……」


文句など言えるはずもない。

こうして諸侯の前で発表する時点で皇帝の中では俺から皇太子の座を剥奪するのは決定事項だ。

そこに異を唱えれば待っているのは破滅か左遷だ。


「そして皇位継承権第一位は第2皇子のフェリクスとする。第二位はリチャードとし第三位は変わらずだ。もう用は終わった。退出しろ、リチャード」


「は、はっ……失礼します……」


現皇帝グレンの子供は3人。

長子リチャード、次男フェリクス、そして最後に末っ子にして唯一の皇女であるシーラだ。

今までは年齢順に皇位継承権を持ちリチャードは皇太子の座までたどり着いたのにも関わらず突然の逆転劇。

これにより帝城では多くの者が出世のために、家の存続のために、さらなる権力のために動き出そうとしていた。


◇◆◇


「おのれ………この私を皇太子の座から落とすなど……!」


俺が皇太子じゃなくなってからというもの第1皇子派閥はみるみる人がいなくなり力を失っていった。

そして次の皇帝に一番近い存在となったフェリクス陣営は反比例的に力を増していく。

現在国外にいて一番力を持っていないシーラの陣営に入ろうという勢力はまずいないためこちらが失った力は全てフェリクスのものとなってしまった。


「殿下……もはや政争で逆転するのは難しいかと……それほどまでに力の差ができてしまっております……」


「……あの愚弟が失態を犯さぬ限り我らに道はないというのか」


「恐れながらそういうことでございます。もしくは陣営の頂点を……」


「いや、このタイミングでそんな強硬策に出るわけには行かない。八方塞がりではないか……」


もはや打つ手が無く歯噛みする。

もはや自分の手で皇帝になる道は残っておらずフェリクスが失態を犯すことを待つしか無い。

もしそれで皇太子にでもなられたらそれこそ逆転が難しい。

父上はまだ年齢的にも現役でいられるがいつ皇位を譲ってもおかしくはないのだから。

そんなとき、突如扉がノックされる。


「何者だ?」


『リチャード様。私です、ナターシャです』


「入れ」


俺がそう返事をすると扉が開かれナターシャが入ってきた。

いつもと変わらない白の修道服を身にまとっている。


「リチャード様。まずはご無事に帰ってきてくださりありがとうございます」


「所詮は敗北者だ。その言葉は慰めになどなりはしない」


「それでも、ですわ」


ナターシャは俺の腕に抱きついてくる。

今はそれが腹立たしくてしょうがなかったが主神教の教徒を動かすことができる聖女を今の俺の力を考えるに手放すわけにはいかなかった。


「リチャード様。皇太子の件お聞きしました」


「ふん、それが何だというのだ」


「皇位継承権の入れ替わりなど大丈夫なのでしょうか……」


その言葉は今は言われたくない言葉だった。

当人である自分が一番それを思っている。

皇位継承権の入れ替わりなど納得が行かない、と。


「業腹だが父上の決めたことだ。私に逆らう力などない」


「皇帝への道は……残っているのですか?」


「可能性はゼロじゃない。まだ皇帝にはなれる」


それはつよがりであり希望でもあった。

しかし俺のその言葉を聞いたナターシャは笑い出す。


「うふふ、ふふ、そうですか……それはがっかりですわね」


「貴様何を言って……!」


「私があなたに着いてきたのは皇妃になり金も財宝も自由にできると聞いたからですわ。それができないあなたに用などありません」


ナターシャは醜悪な笑みを浮かべる。

しかしそれを許容できるほどリチャード陣営は力が残っていなかった。


「私がもしフェリクス様の陣営についたら果たしてあなたは皇帝になれるのでしょうか?もはや逆転の道筋など残らないでしょうね」


「貴様!」


「私は皇妃になりたいだけ。配偶者が誰であろうと別に構わないのですわ」


その言葉はまさに処刑宣言のようなもの。

継承争いに敗れた皇子がその後どうなるのかは想像に難くない。

今ナターシャに反目されるとどんなことがあっても皇帝への道は無くなるに等しかった。


「ふざけるな!貴様を帝城に連れてきてやったのは誰だと思っている!」


「それに関しては感謝していますわ。でも……さようなら」


そう言ってナターシャは去っていく。

慌てて追いかけようとしたが教会の護衛に阻まれそれすら叶わない。

そしてついにナターシャが視界から消えてしまう。



手籠めにしていたと思っていた女には裏切られ、ずっと汚い笑みを貼り付け媚びへつらってきた配下共には逃げられ、ずっと格下だと思っていたレックスたちにこれ以上ないほどの大敗を喫した。

皇帝になるどころか命すらも危うい始末。

逃げることも許されず勝つこともできない。

完全に道は閉ざされ怒りのあまり目の前が真っ暗になった──


おのれ……フェリクスめ……ナターシャめ…………レックスめ……!

絶対に許さんぞ……お前らは必ず地獄に落としてやる……!

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