第38話 時代の英雄(グレイブ視点)
「お、おい!イリス殿!レックス殿を助けに行かなくてよいのか!?」
我には多少なりと武道の心得があった。
それこそ大体の暗殺者が来ようとも一人で全滅させることが可能なくらいには。
だからこそ目の前の異形の巨人がどれだけ歪で凄まじい存在かがわかる。
本能的にあれには敵わないとわかってしまう。
それだけになぜあそこまでレックス殿を盲信していたイリス殿たちが助太刀に入らないのか理解できなかった。
「大丈夫ですよ。あなたのことは私が守りますのでご安心を」
「そ、そういうことを言っているわけではない!」
「レックス様にあなたを頼むと言われた。ならば私はその命を果たすまでです」
レックス殿は異形に対し見事な魔法を使いこなして戦っていくがどんな傷も一瞬で治っていく異形を見て苦々しい顔をした。
明らかに生物として異常。
無くなった腕が新しく生えてくるなど正気の沙汰ではない。
「お、おい!」
「グレイブ殿、あなたは一つ勘違いをしていますよ」
我が再びイリス殿に話しかけようとするとイリス殿は言葉をかぶせてくる。
その力強い言葉に次の言葉を紡ぐことができなかった。
「な、何を勘違いしているというのだ……」
「あなたはこれから我らの傘下国としてライオネルを率いてもらわねばならないのではっきりとお教えしましょう」
その間にもレックス殿と異形の戦いは続いている。
まだダメージは喰らっていないもののレックス殿が一方的に押されているように見えた。
「レックス様に助けは必要ありません。なぜならば、あのお方以外にこの世で最強にふさわしい人物などどこにもいないのですから」
「……!?」
その瞬間、ジェラールと名乗る男と話していたレックス殿が笑い出す。
その顔は恐怖に染まった引きつった笑みなどではなくどこにでもいそうな青年の笑顔だった。
しかし次の瞬間──
「黒白双龍団、団長『堕天の白龍』レックス。その名に恥じぬ戦いを見せてやる」
纏う雰囲気が一気に変わった。
今まで普通の青年にしか見えなかったのに今ではまるで人ではないような圧倒的な力の差を感じる。
差がありすぎてもはやどれほど強いのかすら推し量ることができない。
異形のとき以上の圧力に武人であるはずの我の体が自然と震えだしていた。
武者震いではない、恐怖の震えだ。
「御剣だってそうです。クレアちゃんとセレナちゃん以上に上の3人のほうが強いとレックス様は仰っていましたがあのお方はそれ以上に強いですよ。黒白双龍団団長は名前だけの飾りではありません」
衝撃過ぎる事実に言葉を失った。
目の前のイリス殿や、軍導殿、天操殿が強者なのは雰囲気からしてすぐにわかった。
だがレックス殿は初めて会ったときからずっと何も感じなかった。
「レックス様は争いを好みません。故にその実力をひけらかしたりしないのですよ」
「あ、争いを好まぬというのならなぜ世界と戦おうとするのだ……」
「そういうお方なんですよ。自分は戦うのが好きじゃないはずなのに苦しんでいる名も顔も知らない誰かのために立ち上がり命をかけて戦う。私もそんなレックス様に助けられた一人でした」
その言葉に自然と涙が流れ始めた。
なぜ……神の眷属と呼ばれる
だがそこに理由などなかったのだ。
強さだけじゃない、レックスという一人の男の偉大さに涙が止まらなかった。
「レックス様のためだからこそ私たちは強くあろうとし役に立とうと奮闘します。あの方に貰った大きすぎる恩を返すために、種族のために、強くなりたいがために、理由は色々あれど私たちがレックス様に心から忠誠を誓うのはそういうことですよ」
もはや言葉も出なかった。
我は涙の止まらない目でレックス殿の挙動を見逃さないように見続ける。
「魔装剣、炎の型。炎神の裁き」
その太刀筋は惚れ惚れするほど美しく幻想的だった。
異形を倒し堂々と立つその姿はまるで神話そのもの。
ライオネルの王としてではなくただの一人の男としてレックス殿に称賛の眼差しを向けた──
◇◆◇
終戦から一ヶ月、スタンピードも無事に鎮圧し国難は退けられた。
我は誰もいない執務室で一人目をつぶり思考に浸る。
(最初は……ただの頭のおかしい集団がいるとしか思っていなかった……主神教に逆らい帝国どころか世界同盟に真っ向から喧嘩を売った大馬鹿者たちがいると)
この謎の組織の登場で現状に不満を持っていた民たちは沸いた。
彼らならば自分たちを救ってくれるんじゃないかと。
しかし世界同盟非加盟国、いわゆる被差別種族の治める国の首脳たちはほとんど気にも留めていなかった。
ずっと人間に虐げられてきてその状況から抜け出せなかったからこそ思うのだ。
たかが1組織に何ができる、と。
我もそんな考えを持つ一人だった。
だがこの短期間でそんな考えは根本から破壊された。
彼らは強い。
眩しすぎるほどに光輝き今を苦しむ人々を魅了する。
彼らならばとつい期待してしまうのだ。
「プライドなど、今のライオネルには必要ない。おい!誰かいるか!」
問いかけると侍従が入室してくる。
我がすべきことはもはや決まっている。
「アーサーを呼べ」
「かしこまりました」
しばらく待っていると再びノックの音が聞こえる。
返事をすると若き獅子の獣人が入ってきた。
「よくぞ来た。アーサー」
「いえ、父上に呼ばれたとあらばすぐに参りますよ」
我が息子アーサー。
武術の才能に溢れ、性格も良く部下や民によく好かれている自慢の息子。
その才は今は活かしきれていないものの御剣にも匹敵する将来性を持っているだろう。
「アーサー。お前はレックス様に仕えるのだ」
「レックス様、でございますか?」
「そうだ。帝国ではリチャードが皇太子の座を剥奪されたと聞く。人類も一枚岩では無いうえに魔王軍の動きが無いのも不気味だ。必ずやいまだかつてない乱世は到来しそうなったとき我らが担ぐべきはあのお方に他はない」
「父上がそこまで断言するのですか……」
被差別種族がバラバラで人類や魔物に抵抗する時代を終え、一本化するならばレックス様以外に適任はいない。
数や規模は小さいものの黒白双龍団ほど才能や実力のある者たちが集まった集団も歴史上見たことがないレベルだ。
それを一つにまとめあげるレックス様こそ真のカリスマの持ち主でありまさに神が遣わした麒麟児。
レックス様に仕えることこそがライオネルを繁栄させ獣人の明るい未来に繋がるだろう。
「レックス様に絶対の忠誠を捧げ、功をあげよ。それこそが我らの進むべき道だ」
「父上の命ならば必ずや。我が忠誠はレックス様のために」
「うむ。それでいい」
我らはレックス様に賭ける。
まだ力を持たない今からずっと黒白双龍団に忠誠を誓い続ければ古参として力を得ることができよう。
あのお方こそ……時代を背負って立つ英雄だ。
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