第37話 巨人殺しの伝説
目の前に現れた異形の巨人はゲドー以上にやばいと五感が告げている。
それも圧倒的に、だ。
少なくとも御剣以下では相手にもならない。
「クレア!セレナ!2人は戦闘員たちと捕虜を守れ!イリスはグレイブを守るんだ!」
「わかりました!」
「「はい!」」
普段は大きすぎる信頼に振り回されている俺だが、こういう緊急事態に無用な問答もなく動いてくれるのは非常に助かる。
俺はもうこの戦では出番が無いと思っていた愛剣を抜き異形と向かい合う。
「レックス、お前にはここで消えてもらうぞ」
「こいつで俺が倒せると思われている方が心外だな」
捕虜や仲間を巻き込んでしまうかもしれないこの状況で周りを消し飛ばすような大規模の魔法は使えない。
俺に残されているのは剣と周りを巻き込まない魔法だけだ。
それならばいくらでもやりようはある。
『グォォォ!!!』
異形はなりふり構わずといった様子で殴りかかってくる。
舌を垂らし口から唾液を撒き散らしながら迫ってくる様子はホラーゲームのようだ。
ゲドーのときと同じく完全に理性が逝ってしまっている。
「おいおい、少しは落ち着けよ!」
後ろにステップを踏んで躱していく。
砂埃が舞い、視界が良くなってくると異形が殴ったところにクレーターができていた。
ありゃあ一発でも喰らったら天国行きだな。
天国に行けるかしらんけど。
『グァァァァ!!!!!』
「『我が呼びしは偉大な大地、我の呼びかけを以てその姿を変え敵を刺し貫け。
詠唱をして魔力を纏った剣を地面に突くと地面がぐにゃぐにゃと形を変え針山のように太く尖った剣がびっしりと現れ再び硬化する。
これで一瞬でも時間を稼ぎ次の魔法で攻撃をいれる……はずだった。
異形は躊躇なく剣山に突っ込み血を流しながらも無理やり突破してくる。
「痛くないのか!?今の絶対痛いと思うんだけど……」
『グァッ!』
(これは避けられない……ならばこっちから!)
意表を突かれたせいで後ろに逃げるタイミングを逃し諦めて突っ込む。
あの図体だったら下手に横に逃げるより懐に潜り込んでしまったほうがいい。
いつも通りデカい敵と戦うときに狙う部位──腕を斬り飛ばしすれ違うかのように体を捻って突進を避ける。
「さて、これで腕一本──」
『グォォォ!』
これで少しは楽になったと息をついた俺は目を見張った。
なんとさっきの剣山で与えたダメージは治癒していき、切り落としたはずの腕は泡をブクブクとさせながら再生させている。
黒白双龍団で一番回復魔法に長けているのはイリスで世界最高峰の実力を持っていると言っても過言ではないが腕をくっつけることはできても腕を生やすなんて絶対にできない。
しかもこいつの場合、回復魔法ではなく素の生命力だけでこの化け物回復を見せている。
グロテスクな光景と思った以上の手強さに冷や汗が流れた。
「おいおい!随分とやばいもんを作り出したようだな!ジェラール!」
「なんだ?もう降参か?」
「降参?くく……そんなのするわけ無いだろう」
こんな奴に負けていてはとてもじゃないが黒白双龍団の団長など務まらない。
いつどんなときにイリスからメチャクチャなミッションを頼まれたりいつ配下たちが暴走して大きな戦いに巻き込まれるのかわからない生活の中、俺は必死に己の実力を磨いてきた。
前世で早死にした分、今世では自由に生きると決めたんだ。
だからこそ死なないために、仲間を失わないために俺は強くなったんだ──
「黒白双龍団、団長『堕天の白龍』レックス。その名に恥じぬ戦いを見せてやる」
御剣のみんなは俺のことを兄のように、弟のように慕ってくれている。
その気持ちが大きすぎる節はあるがみんな俺にとって家族のような大切な存在。
こんなやつにも勝てない情けないやつだと思われたくない。
だから、今だけは世界征服だとかイリスたちの盲信だとかそんなことは考えず全力を以て目の前の敵を叩き潰す。
それだけだ。
「──行くぞ」
地を蹴り一気に距離を詰めると素早い二連撃で両腕を叩き斬る。
そしてそのまま勢いを殺さず腹に蹴りを入れ吹き飛ばした。
「『我が呼びしは凍てつく氷、その刃を以て敵を凍らせ貫け。
カーリッツも使っていた氷の魔法を使って追撃し空中でぶつけ凍らせることによって敵の動きを止める。
そして首を斬り飛ばして簡易詠唱の炎の魔法で飛ばす。
「死なないならば、死ぬまで殺し続けてやる。格の違いというものを知れ」
休む間もなく簡易詠唱を唱え続け攻撃していく。
剣では部位欠損させることで体力を大きく消耗させ、魔法は威力を抑えることによって刃などを体内に打ち込んで半永久的に内臓にダメージを与え続ける。
こいつの厄介なところは生命力だが何かから力を取り込んでいる様子は無いし体力には必ず限界が存在する。
『グアォッッッ!!!!』
いきなり異形が腕をぶん回し、俺は後ろに飛んで回避する。
立ち上がった異形の傷の治りは最初と比べて圧倒的に遅く、その足取りはフラフラとしていた。
「なんだ?もう限界か?」
これならば本気を出す必要などなかったのかもしれない。
途中なんてただ一方的にタコ殴りしてただけだしな。
(だが理性はなくても痛みはあるみたいだな……それで死ねないとかどんな地獄だよ)
「安心しろ。あと一撃で終わらせてやる」
俺は剣を構え異形を見据える。
この一撃に妥協なき全力を乗せる。
それがこんな異形にされてしまったあの老将への武人としての手向けだ。
『ガァァァァ!!!』
「魔装剣、炎の型」
そう唱えると俺の剣が炎を纏っていく。
その獄炎は俺にダメージを与えること無くどんどん巨大化していった。
これが俺が3年の間に習得した新しい技術。
剣に魔法を纏わせるということ。
魔法を使えるものは魔法使いになるこの世界で武器に魔法を纏わせようなんて考える者はいない。
しかも付与魔法とかで簡単に付けられるものではなく前例も無かったのでここまでこぎつけるまで本当に苦労した。
一歩足を引き、直線で突進してくる異形を見据える。
そこからの決着はあまりにも一瞬だった。
「炎神の裁き」
その剣は異形の肉を焼きながら切り裂いていき体を中心から両断する。
すると炎は火力を増し異形の体が燃え始める。
その獄炎はまるで生命の存在を許さないと言わんばかりに全てを燃やし尽くし、あとには何も残らなかった。
「さて、ジェラール。こんなことをしてくれた落とし前はどうつけてくれるんだ?」
「今回は大人しく引くとしよう」
「随分と人がいる前で散々やらかしたわけだがどうするんだ?」
「俺は俺の目的を果たす。帝国がどうなろうと俺には関係の無い話だ」
「レックス様!お下がりください!」
イリスがジェラールに斬りかかる。
しかしジェラールは謎の見えない壁を出現させイリスの攻撃をなんなく防いだ。
「覚えておけ。俺はまたお前の前に現れる。俺達の道は必ずどこかでぶつかることだろう」
その瞬間、ジェラールはリチャードを連れて一瞬で姿が消えた。
本当に面倒な魔法を使うもんだ。
「追いなさい!絶対にあの男を逃がしてはいけません!」
「無駄だ、イリス。もう俺達では追いつけない」
「くっ……」
まあこれで今回の戦争は無事に終了だ。
大切な人を失わなかったことを素直に喜ぶとしよう。
剣をしまい天幕へと戻っていく。
そのせいで気づかなかったのだ。
周りが己をどう見ているか。
虐げられる少数民族のために立ち上がり人外の化け物ですら自ら倒してみせたまるで物語の中から飛び出してきたような時代の英雄を見て人々は何を想うのかを──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます