第36話 完勝と煽り

「はぁ……やっぱりこうなったか……」


遠くに見える帝国軍本陣の旗が燃えているのが見える。

ついさっき本陣の兵を率いて出撃していったイリスが本陣を落としたのだ。


「なぜため息をつく?これ以上無い最善の結果であろう」


「は、はは……なんでもないさ……」


グレイブは当然のことながら俺とリチャードを筆頭とした蒼天の剣との確執を知らない。

今回の出兵でリチャード以外の蒼天の剣のメンバーがいるのはか知らないがリチャードがいるだけでも心が重い。

御剣どころか末端の構成員でさえ俺が追放されたことを知っており、帝国及び蒼天の剣許すまじという空気が黒白双龍団には広がっていたのだ。

構成員はまだしもイリスやクレアとセレナがリチャードにどんな対応をするかは想像に難くない。


「大体こんな数捕虜がいたらそれだけで面倒だろうが……」


本陣が陥落したことで帝国兵は逃げるか降伏するかだった。

立ち向かってくる者も中には遠目で見えたが鉄兵に囲まれ捕らえられるか排除されていた。

つまり俺達は自分の軍よりも遥かに多い数の捕虜を抱えることになったわけである。


「お任せくださいレックス様!私とセレナでしっかり抑え込んでおきますから!」


「が、頑張ります……」


クレアたちがそう意気込んで鉄兵たちを使って捕虜を誘導していく。

正直クレアたちがいてくれて助かった。


「ありがとう、2人とも。その調子で頼むぞ」


「はいっ!」


「は、はいぃ……!」


「レックス様、お取り込み中のところ申し訳ありません。イリス様がご帰還なされました」


「そうか、報告ありがとう」


「はっ!失礼します!」


そう言って去っていった兵士と入れ替わるように馬に乗ったイリスがやってくる。

甲冑の類を一切付けず軍服姿で馬に乗る彼女の姿はまるで絵本の世界から飛び出してきたかのように凛々しく美しかった。

馬から颯爽と降りた彼女は俺の前で一礼する。


「無事、帝国軍の打破に成功しました。リチャード並びにマシューも逃さず捕らえています」


そう言うと縄に縛られたリチャードとハゲたおじさんが連れてこられる。

おそらくこのおじさんがマシューなのだろう。

そして3年ぶりに見るリチャードは怒りを滲ませ俺を睨みつけていた。


「レックス……!」


「久しぶりだな、リチャード。ナターシャとは上手くやってるか?」


ナターシャは前世の記憶が入る前までは大切な人だったが転生したと自覚してからは時間が経つにつれどんどんどうでもいい他人になっていった。

記憶が戻ったばかりは前世の俺とレックスの感情や記憶がごちゃまぜになっていたから心が痛んだが今はリチャードの顔を見ても特に怒りや憎しみなんて覚えていない。


「黙れ!貴様のような下賤の者がこの俺を見下すな!ぅ……」


「落ち着け、イリス」


イリスはリチャードが激昂した瞬間、一瞬で抜剣しリチャードの首元に剣をつきつけていた。

その目は怒りに燃え体は微かに震えているがゆっくりと剣を鞘に戻した。


「……レックス様がそうおっしゃるのならば」


まあリチャードはとりあえず後でいいや。

こうやって縄に縛られて地面に押し付けられて俺を見上げている時点で相当屈辱だろうしな。

今はほっとけば良い。


「おい、マシューとか言ったな。准将の」


「ぐ……お前と話すことなどない!」


「誇り高き帝国魂とかいうやつですか。そんなものは意味が無いというのに」


俺に噛みついてくるマシューをイリスがため息をつきながらナチュラルに煽る。

その一瞬でマシューの額に青筋が立った。

………うん、多分わざとやりやがったな?


「帝国を舐めるな!貴様らなんぞ帝国の前では羽虫も同然!思い上がるのも大概にしろ!」


「へぇ、そうですか。あなたで准将が務まる程度だというのに?」


うわぁ……容赦ねぇ……

一応イリスのメンツのために言っておくがイリスは性格が悪いわけではない。

俺の質問に対して答えを引き出しやすくなるようにわざと怒らせるようなことを言っているのだ。

イリスは本当に人を操るのが上手い。


「……バカにするな!我はずっと帝国に仕え結果を残してきた!我が准将の地位にいるのにコネなどない!」


「ですがこんな私に簡単に負けちゃいましたよね?こんな3分の1以下の年齢の女に」


「ぐっ……それだ。貴様なぜあそこで自ら兵を率いて動かした?あそこで攻めるのは明らかに博打だろうが!」


「そんなの決まってるじゃないですか。あれは博打ではなく行けるから行ったんですよ」


イリスは自信満々に笑う。

しかしその言葉に何の偽りも無いことを俺は知っていた。

なぜならばイリスは意図的に自らをエサにすることで戦場をひっくり返しうる戦力である騎馬隊を引っ張り出した。

それも正面ではなく横から回り込ませて後ろを突いてくるとクレアとセレナに伝えてあったのだ。

故に騎馬が出てきた瞬間鉄兵で囲んで潰すことに成功していたのだ。


「あなたの用兵は中々良かったですよ。ですが読みやすすぎますね。策士策に溺れるとはまさにこのことでしょう」


「ぐっ……この化け物が……!」


「女性に対してその言葉はいかがなものかと思いますが敵からその言葉を頂くのなら褒め言葉として受け取っておきましょう。レックス様の右腕は常人ではダメなのですから」


え?なにそれ?

俺別にイリスは普通の人でもいいよ?

というか有能すぎるのも考えものだったこの数年で死ぬほど思い知らされてきたけど?


「まあいい。黙って俺の質問に答えろ。これから来る帝国の増援は何人だ?」


「くっ……誰が言うか。我は絶対に帝国を裏切るような真似はしない!」


強情だなぁ……

美しい忠誠だとは思うけどこっちからすれば面倒なことこの上ない。

さっさと話してくれればいいのに。


「粗方3000程度でしょう。この戦いでライオネル軍が敗れれば戦うためではなく占領するための兵さえあれば十分ですから」


イリスがそう言った瞬間、マシューの表情がピクリと動く。

どうやらビンゴらしい。

こんなことなら最初からイリスに聞けばよかったな。


「さて、リチャード。お前やけにあっさり捕まったな」


「く……少し不意を突かれただけだ!そうでなければ私がこんな女に負けるはずがない!」


「いや、普通に戦ってもイリスは強いと思うぞ?お前なんか昔より弱くなってるし」


「なっ!?ふざけたことを吐かすなゴミが!私がそこの女よりも劣っているというのか!?」


「うん。そう言ってる」


リチャードの顔が怒りに染まる。

なんかちょっと楽しくなってきたかもしれない。

武器でボコボコにするよりこういう奴はプライドをへし折って粉々にするのが一番お似合いだ。


「私はこれでも元S級だぞ!」


「イリスはS級冒険者より強い。それにそのS級だって金で買ったものじゃないのか?」


「なっ!そ、それは!」


実を言うとリチャードはめちゃくちゃ弱い。

だけどS級冒険者として登録されていたのだ。

まあ他の金と権力に目がくらんで蒼天の剣に加入してきた冒険者たちもおだてまくってたしそれで可愛い勘違いをしてしまったのかもしれないけど?

あーなんでだろーなー?


「まあお前は黙って6000の兵で200に負けた能無し皇子として歴史に名を刻むんだな」


「ぐっ!言わせておけば!」


「イリス、こいつどうする?」


「殺すのは絶対に無しです。このくらいの衝突でしたらなんら問題ありませんが皇太子を殺されたとなれば帝国は全力を以て我らを潰しにくるでしょう。今はまだそのときではありません」


「だよなぁ……じゃあこいつは適当に送り返し──!?」


一瞬、殺気を感じ思いっきり体をひねる。

すると何も無かったところから一人の男が出てきた。

俺はその男の登場に思わず舌打ちをする。


「レックス様!?」


「ほう、今のを避けるか」


「久しぶりの再会だってのに随分なご挨拶じゃないか。ジェラール」


その男の名はジェラール。

フードをいつ何時も外さず顔は見たことがない。

蒼天の剣メンバーで随一厄介な男だった。


「皇子を連れ戻しにきた」


「へぇ。そりゃタイミングが悪かったな。今から送り返そうとしていたところだぜ」


「ふん、だろうな。だが俺の一番の目的はそれではない」


「というとなんだ?」


「レックス=マクファーレンの抹殺。及び副長イリスと御剣たちもできれば消しておきたいところだな」


その言葉に一気に場の緊張が高まる。

既にイリスも抜剣しているし戦闘員たちも周りを取り囲んでいる。

捕虜たちを見張っていたクレアとセレナも異変に気づいたのか近くにやってきていた。


「それはまた物騒なことで。でも後衛向きのお前がこの状況でどうやって俺を倒すんだ?」


「最初の攻撃を避けられた時点で俺が直接戦うつもりはない。ただ……」


そう言ってジェラールは何かを取り出す。

注射器のようにも見えるそれをマシューの首へと突き刺した。


「グハッ!?な、何を……」


「レックスたちを殺すついでに実験体になってもらうぞ」


嫌な予感しかしない。

五感がビンビンと警鐘を鳴らしている。

マシューが苦しみ悶えだすとみるみる体が膨張し変色していく。

それはまるでゲドーのときのようだったがあのときとはレベルが違う。


俺の眼の前には10mを超えるような異形の巨人が立っていた──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る