第35話 歴史に残る大惨敗(リチャード視点)
「して、相手はどう出てくると予想するか?マシューよ」
ライオネル王都カルベルを陥とすべく出発した帝国軍6000は順調に東へと進軍を続けていた。
今は軍の休止を兼ねた上層部の軍議をしており諸将が話に耳を傾けている。
「はっ!敵の数は数千ほどと報告が来ております。なれば全軍をこちらに向けるか、城に籠もるかだと思われます!」
俺が質問を投げかけたのはこの戦で俺の右腕として働くマシュー=ネヴィル准将だった。
年は50ほどの経験豊富な老将で帝国内でも名の通った将でありこの軍の最高指揮官だ。
俺は総大将ではあるもののあくまで神輿だ。
「ほう、それはなぜだ?」
だが全てを鵜呑みにはしない。
こういう奴に足をすくわれては敵わないからな。
「スタンピードはあくまで一ヶ月以内に起こるだろうというところまでしか予想することはできません。なので確実にやってくる我らの対処を最優先にするかと。ですが兵にもいつ家族が襲われるかわからない不安を抱えながら戦うことになりますしこの時期に戦うことに意味があります」
「ふむ、なるほど。では敵が全軍でこちらに向かってきた場合を想定して策を練るべきだな」
「その通りでございます。相手は地の理を活かすためにおそらく前線付近の砦に籠もると思われます。もし籠城を相手が選択するようなら実際に城を見てから攻略法を考えても遅くはありません」
マシューの意見で場は一致しライオネル軍が近くの砦に籠もったことを想定して軍議が進んでいく。
そのときだった。
「ほ、報告です!」
「なんだ。今は軍議の途中だぞ」
マシューがたしなめるように伝令兵に話しかける。
俺としては今すぐ叩き切ってやりたいほど不愉快だったが行軍中の裁量はマシューに一任しているためぐっと堪えた。
「はっ!そ、それが斥候より報告が入り敵軍を発見した、と……」
「真か!どこだ!ゴーラブル砦か!それともムウルラート山か!」
マシューが聞き返した場所はどこもライオネルにとって守りやすい要所だ。
厄介なことには変わりないが囲んでしまえば先に士気が崩壊するのは奴らであり負けるはずがない。
「はっ!それが……ヴァルコー平野と報告が来ております……」
「ヴァルコー平野だと!?」
地図を急いで確認するが何も無い平野だ。
諸将も予想外の報告にざわめきが走る。
誰もヴァルコー平野に陣取るなんて想定はしていなかったのだ。
「敵の数はいかほどだ?」
「に……200、です……」
「「「何ぃ!?」」」
「今すぐ出陣するぞ……!舐め腐った獣どもを血祭りに上げてやれ!」
◇◆◇
向かい合う両軍。
普段は何もない平野が数千の兵に埋まりなんとも言えない重苦しい空気に包まれていた。
「敵は200、しかも獣人ではないと言う。これはどういう状況だ?」
「わ、わかりませぬ……。密偵の報告では獣人の軍は全て北に進軍した、と……援軍もなくこの数でこの謎の集団が何をしようとしているのか全く意図が見えませぬ……」
諸将、更にはマシューまでこの現状を正しく把握している者はいない。
そもそも今相対しているのはライオネルのなんなのか。
特殊部隊だと言うのなら相手が獣人じゃないのはなぜだという話になる。
「ほ、報告!敵が旗を上げたことで相手の素性が判明しました!」
「どこだ?敵は何者なのだ!」
「はっ!旗は白と黒の双龍旗……最近名を上げ始めた黒白双龍団だと思われます!」
「っ!?なぜ奴らがここに!あのイカれた奴らがなぜライオネルの味方をするのだ!」
黒白双龍団の名は世界中に広まっていた。
狙った獲物は決して逃さず帝国も何度も襲撃を受けその度に重要なデータや研究資料を奪われ少なからず威信に傷が付いている。
しかも……その団長はカーリッツを殺したレックスだという話ではないか……!
黒白双龍団が名を上げるたびあいつをぶち殺したくてたまらなかった……
それが今、200という寡兵でヤツの仲間がいるという……
「必ずここで奴らは全滅させろ。これ以上帝国の名に傷を付けられるわけにはいかん」
「はっ!皇太子殿下に必ずや勝利を捧げましょう!」
レックスめ……!貴様の仲間は必ずここで皆殺しにしてやる……!
マシューの名乗りと共に戦争が始まる……はずだった。
奴らは最初から常識の外にいた。
「そ、空を埋め尽くすほどの魔法陣が現れそこから鉄兵が出てきています!その数約500!」
「報告!敵が突撃を開始しました!」
「ええい!うろたえるな!まずは防御陣形を組め!」
マシューの指示に帝国軍が形を変えていく。
そして相手の突撃が到達する前に陣形変更は成功した。
しかし──
「なっ!なんだ奴らの強さは!」
いとも簡単に陣形が突破される。
それこそ何も無かったかのように減速することもなく。
「ちゅ、中央に兵を集めろ!絶対に突破させるな!」
「し、承知しました!」
中央に兵が集まって敵の侵入を防ぎ始めるが急にびくともしなくなり全くこちらが押し込めない。
逆にこちらの左陣がどんどん押し込まれ始める。
「ええいマシュー!一体何が起こっているのだ!」
「し、しばしのお待ちを!必ず勝利を収めて見せますゆえ!」
こんなたかだか200の敵になぜここまで苦戦しているのだ。
しかも敵は召喚魔法で呼び出した眷属をけしかけているだけで被害は未だに0だ。
だというのにこちらは甚大な被害を被り自陣の奥深くまで侵入されている。
確実に勝てる戦のはずなのになぜこんなことになっているのか理解できなかった。
「ほ、報告!敵本陣から敵200が打って出ました!全員騎乗しており左陣へと向かっています!は、黒龍旗も見受けられたと報告が!」
黒龍旗。
つまり黒白双龍団ナンバー2として名を馳せている『厄災の黒龍』イリスが自ら率いているということ。
厄災の黒龍には何度も出し抜かれてきた。
兵にもその存在は大きく知られており少なからず動揺が走っている。
「く……敵の用兵の上手さは奴のせいか……まさかこんな大物がここにいるとは……」
「マシュー!この戦、負けは絶対に許されんぞ!本陣だけは落とされるな!」
「承知!予備兵と中央からも兵を回せ!右からは騎馬隊を出して敵の背を突くんだ!この攻撃さえ防げば我らの勝利だ!」
この攻撃に失敗すれば敵はもはや兵はゼロだ。
まさに捨て身の攻撃というわけだ。
マシューは左に兵を集めて敵の攻撃に備える。
そして右から敵の背を突くべき騎馬隊が無事に出陣した。
「ふん、『厄災の黒龍』と呼ばれていても所詮は女。この場面で自ら出てくるなど場が見れてないのだ」
「守りきれるか?」
「ええ。これで我らの勝ちは確定したも同然でしょう」
マシューは自慢げに頷く。
相手が自ら出てきたおかげでこちらにも勝機が見えてきたというわけだ。
しかし結果は思いも寄らないものとなる。
「なっ!?騎馬隊が一瞬で壊滅した!?」
なんと右陣から敵が数十、横から飛び出し騎馬隊に襲いかかる。
まるで全てを予期していたかのように完璧なタイミングで。
しかも敵からは見えないように右陣の味方で姿を隠すようにしていたも関わらず。
「ほ、報告!敵200の騎馬が方向を変え中央へ突撃しました!鉄兵の中央への攻勢も一層激しくなりどんどん食い込まれています!」
その報告を聞いた瞬間、マシューの顔が青くなる。
その表情はこの状況がいかに危ういかを物語っていた。
「ちゅ、中央をすぐに固めろ!絶対に抜けさせるな!」
「だ、ダメです!敵は『厄災の黒龍』を先頭にどんどん内部に入ってきています!勢いが止まりません!」
鉄兵たちも勢いを殺すのを防ぐかのように進路を塞いでくる。
全てが一つに絡まっているかのように一本の細い道を敵が迫ってきた。
「こ、皇太子殿下!ここは退避を!後ろに退いてください!」
マシューが血相を変え俺に言ってくる。
急いで兵が馬を引いて持って来るがそれは徒労に終わった。
「遅いですよ。その判断は」
そんな声と共に俺の意識は闇へと消えていった──
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