第32話 戦の始まり

黒白双龍団とライオネルは手を組むと国家存亡の危機に対処すべくすぐさま動き出した。

西より迫る帝国軍を迎え撃つべくレックス率いる黒白双龍団本隊は籠城戦ではなく早期決着の大勝を狙いヴァルコー平野へと進軍する。

そして時同じくして北にいつ起こるかわからぬスタンピードから民たちを守るべく3千のライオネル兵を送り出した。


これより、歴史に名を残す一戦であるヴァルコー決戦、またの名を二正面戦争が始まるのであった──


◇◆◇


「ここがヴァルコー平野か……本当に何もないな……」


見渡す限り一面の真っ平らな草原。

傾斜がほとんどなくまさに平野であった。

イリスが帝国軍との決戦の場に選んだのはそんな場所だった。

俺達は兵に指示を出し穴を掘って簡易的な堀を作り上げ帝国軍を待ち構えている。


「レックス殿。少しよいか」


「なんだろうか。グレイブ殿」


俺達の傘下に降ることを了承したグレイブだったが正式に傘下に入るのは俺達が無事に国難からライオネルを救ってからの話だ。

今はまだ対等な立場である。

ちなみになぜグレイブがここにいるのかというと一言で言ってしまうなら人質だ。

俺達が帝国と戦ってるときに獣人たちに後ろから攻撃されたらひとたまりもないからただの保険だ。

まあイリスなら直接我らの力を見せつけて反抗する気力をバキバキにへし折ってやりましょう、くらいなら平然と言ってのけそうだが。


「なぜイリス殿はこの平野を選んだのだ?平野では数の差を覆すのが難しい。我らのような寡兵は地形の理を活用せねば勝てないような気がするのだが……」


うぇっ!?

そんなこと俺に聞かれても全くわからないよ!?

戦争は守るほうが有利だというのは有名だが確かにここには投石機のような兵器や高く強固な壁を持った砦などの地の理は無い。

俺も疑問に思ってはいたがイリスのレックス様なら当然わかりますよね?みたいな期待と信頼の籠もった目を見たら聞くに聞けなくなってしまったのだ。


「そ、そうだな。戦場に立つこともなければ兵に指示を出すこともない貴殿に詳しいことを教えても結果は変わりはしないのだが……一つだけ伝えておこう」


「なんだ?」


「『厄災の黒龍』の名は伊達では無いということだ。俺の右腕が必ず勝てると言ったんだ。黙って見ていろ」


「……信頼しているのだな」


そうりゃあもう嫌ってほど有能さを見せつけてくるからな!?

思考は俺のいつも右斜め上を一段飛ばしで駆け上がっていきそれをことごとく実現させてきた。

普段はどこにでもいる町娘のようなのに仕事となると纏う雰囲気が変わり冷酷に、冷静に、的確に、淡々と指示を出し結果を出す。

これが会社であれば大儲けできるのだろうがイリスの働く場は戦場や謀略の場。

影響がでかすぎて胃が痛い。


「レックス様。本陣の組み立ても終わり迎撃の準備が整いました。あとは帝国軍が現れるのを待つだけです」


「レックス様!私セレナと一緒にここらへんの地形を見て回ったんですけど問題なく力を発揮できそうです!」


「へ、兵士さん達も緊張の色は無さそうでした……おそらく何も問題は無いかと……」


俺がグレイブと話していると外で仕事をしていたイリス達が戻って来る。

3人とも緊張や不安などは全く無くまるでショッピングモールから買い物して帰ってきたみたいな気軽さだった。

グレイブも3人の姿に呆気に取られている。


「ご苦労。戦闘が始めるまではまだ時間があるだろうし無理はせずに休憩もしっかりと取れよ」


「ありがとうございます。ですが戦闘の大部分はクレアちゃんとセレナちゃんに任せますし私は大丈夫ですよ」


「私も魔力は一切使ってないので大丈夫です!」


「わ、私も……です」


ま、前も言ってたけど本当に2人だけでやるのか……

なんかすごく心配になってきたんだが……

わざわざアナスタシアでは無く2人を連れてきたんだから2人は地形を変えてしまうような魔法使いでないことを祈るしかない。

戦いが終わったらヴァルコー平野じゃなくてヴァルコーの谷になってましたなんてことがあったら俺は心の中で号泣するからな?


「レックス様。イリス様。たった今前線を探らせていた斥候より報告が来ました」


「報告してください」


「はっ!ここより5キロほど離れた場所にて帝国軍を発見。数は6000ほど。奴らも我らの存在に気づいており一直線にこちらに向かっているとのことです」


「なるほど……では一時間もせず会敵することになるでしょう。兵にも通達しておいてください」


「はっ!おまかせを!」


イリスの指示を受けた兵が敬礼をして走り去っていく。

いよいよだ。いよいよ帝国軍がやってきてしまい戦争が始まる。

かつて日本で世界で唯一の被爆国として教育を受け、戦争の無かった時代に生まれた一般人としての意識がなんとも言えない息苦しさを感じさせ、顔には出さないようにしているが普段の戦いでは感じるのこと無い緊張や不安が俺を襲う。


「イリス、この戦い失敗は許されないぞ。グレイブ殿たちにライオネルを守ると約束した以上必ず俺達は約束を果たす。いいな?」


「はい、お任せくださいませ。我が主レックス様とライオネルの皆様方に最高の勝利を捧げましょう」


イリスの自信に満ち溢れた答えに少しだけ不安が和らぐ。

グレイブにあんなことを言ったんだし俺がおろおろしていてもしょうがない。

切り替えよう。


俺達は……絶対に勝つんだ……!


◇◆◇


数十分後。

帝国軍が俺達の前に現れ少し離れたところに布陣した。


「相手は報告通り6000ほどですね。おそらく私たちを突破した後にライオネル全土を占領するための後続部隊もやってくるはずです。相手の増援が来る前に叩き潰してしまいましょう」


イリスがそうつぶやいた瞬間、帝国から法螺貝ほらがいの音が響き始める。

進軍や撤退の指示は基本的に銅鑼どらで伝達するため法螺貝は使わない。

故に帝国の不可解な行動にあのイリスですら頭に疑問符を浮かべた。


『全軍聞けぇぇぇぇぇい!!!!!』


帝国軍本陣から大声が響く。

どんだけ声をだせばこの距離でこの音量で聞こえるのだろうか。

喉化け物すぎないか?


『我が名はマシュー=ネヴィル!偉大なる帝国軍の准将にしてこの戦の指揮を任された!我が来たからにはこの戦は必ず勝つ!』


『うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!』


敵将の名乗りと共に敵軍から雄叫びが上がる。

見るからに敵の士気が上がっている。


「イリス。知ってるか?」


「はい。そこそこ名の通った将です。本人の性格は真っ直ぐなのですがいざ戦となると策略による勝利を好む人物だと聞いています」


そうなるとこちらの数は200だけど相手が単調に突撃してくるということは無いかもしれない。

なまじ数の差がある分相手は切れる手数が全然違うしな。


『しかも!我らにはある御方がついている!その御方こそ!』


敵陣の一番奥深くでバッと同時に何本もの旗が立つ。

それを見た瞬間、帝国軍がさっきの比にならないほど沸き立った。


「あの旗は!まさか……」


「あの旗はなんなんだ?」


イリスがここまで驚くのも珍しい。

俺は思わずイリスに尋ねるが答えは相手から帰ってきた。


『我らが総大将はドレイバー帝国第一皇子、リチャード=ドレイバー様なり!もはやこの戦いは我らに勝利が約束されたも同然である!』


「なっ!リチャードが……!?」


俺の心を一瞬で占めたのはでかすぎる不安。

というのも……


「あ、あの……イリス?」


イリスは少しうつむいていて表情がよく見えない。

周りの兵たちも事情を知っており少し浮かない顔をしていた。


「伝令、来なさい」


「は、はっ!な、何を伝達すればよろしいでしょうか?」


「方針を変更いたします。リチャード=ドレイバーを逃がすことも殺すことも許しません。全身全霊を持って捕縛しなさい」


「た、ただちに!」


伝令兵は慌てて本陣を出ていく。

そしてイリスから圧が吹き出した。

俺ですら冷や汗が止まらないほどの圧。

兵士たちも思わず尻もちを着いていた。


「クレア、セレナ」


「わかってるわ。イリス」


「はい」


普段2人をちゃん付けで呼ぶイリスが今は呼び捨てで呼んでいる。

それがどれだけ重大なことなのかを本陣に駐屯していた兵士たちは正しく理解していた。

そして同じく表情が見えないスミス姉妹もどんな感情を抱いているのかも。


「イリス、遠慮なくやっちゃっていいのよね?」


「ええ。リチャード以外残らず叩き潰してください」


「任せなさい。行くわよ、セレナ」


「いつでもいいよ、お姉ちゃん」


クレアとセレナは頷き合うと2人とも目を瞑る。

2人の背から羽が現れ凄まじい量の魔力が2人をうずまき始めた。


「私が『軍導』と呼ばれる所以ゆえん……嫌ってほど思い知らせてやるわ。『我が呼びしは戦場いくさばを駆けしつわものども。有象無象を蹴散らし、名のある将を打ち取り、我の前に勝利を捧げよ。鉄兵てっぺい殲勝せんしょう


次の瞬間、俺の目に映ったのは空を一面埋め尽くすほどの魔法陣であった。

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