第25話 乱世の幕開け

〜3年後〜


「で、出たぁ!奴らが出たぞ!厳戒態勢だ!絶対にここを守りきれ!」


慌てたような兵士の声。

いたるところから黒煙が上がり弱き者から倒れていく弱肉強食の戦場。

中隊規模の数百名の兵や大量の罠をものともせず戦場を2つの影が通る。


「や、奴ら化け物だ……」


「強すぎる……しかもなんでここがわかったんだ!?」


「ええい!数はこっちのほうが圧倒的に多いんだ!矢と魔法を集中して打ち込んでやれ!とにかく撃ちまくれ!」


防備の責任者らしき人物が叫び魔法部隊は急いで詠唱を始め弓隊は矢を弓につがえる。

そして同時に攻撃を放ち数え切れないほどの矢と魔法が襲撃者たちを襲い煙が上がった。


「や、やったか?」


しかし次の瞬間には何事も無かったかのように2人は立っていた。

ダメージを負わせるどころか2人の顔を隠すフードすら無傷だった。

何も言葉を発していないにも関わらずそのあまりの強さに兵たちは恐怖を覚え必死に魔法や矢を撃ちまくるが一つとして敵に届かない。

嵐のような攻撃の中まるでそこらへんの野原を散歩するかのような如くゆっくりと歩きながら向かってくる姿は人ならざる何かにしか見えずますます兵の動揺は高まっていく。


「う……嘘だろ……」


「そんな馬鹿な……」


やがてしびれを切らしたのか襲撃者たちは走り始める。

一気に接近してきたことでパニックになった兵たちが脱走したり無茶苦茶に攻撃を打ちまくったりと足並みが乱れどんどん連携は崩れていく。

そんな拙い攻撃で襲撃者たちが止まるはずもなくもう彼我距離は20メートルほどしかなかった。


「ぜ、絶対にここは死守だ!中に入られたら死罪だと思え!」


「随分と無茶なことを言いますね。そんなことでは隊長失格ですよ」


そんな言葉と共にレイピアが隊長格の男に迫る。

それがこの男が今生で見た最後の光景であった。


◇◆◇


「想定より大したことはありませんでしたね。この程度ならばレックス様のお手を煩わせる必要もなかったです。読み違えてしまいすみません」


敵の隊長らしき男を討ち取ったイリスがフードを取り頭を下げてくる。

イリスと出会って早3年、17歳になったイリスは女性らしく成長しスレンダーな超絶美女になっていた。

俺もフードを取り首を横に振った。


「いや、いいさ。みんなが働いてるのに俺だけふんぞり返っているわけにもいかないだろう。これくらいは構わない」


イリスが宣戦布告をしていたと知って絶望した俺は完全に旗頭として担がれることになってしまった。

だがイリスたちは家族のようなものだと偽りも後悔も無いが宣言してしまったし逃げ出すわけにもいかなくなった。

追い込まれた俺は仕方なく旗頭になることを了承したのだが………そこで俺は思いついたのだ。


今は雌伏のときだ!とか言っておいて身を隠していれば穏便に過ごせるんじゃね!?ということに。

俺は色々と命令できる立場だしこういうことを言っておけばとりあえずこちらから喧嘩を仕掛けることはほとんど無い。

今回のように最低限失望されない程度に出撃することはあってもこの3年間俺のお思惑は成功し全面戦争などは全く起こること無くここまでやってこれた。

おかげで虐げられていた人々の保護も着実に進んでいるし理想的な立ち回りができている。


「お、おい……あれってまさか……」


「黒白双龍団のツートップ……『堕天の白龍』団長レックスと『厄災の黒龍』副長イリスじゃねぇか……なんでこんな大物がこんなところに!?」


俺達の正体に気づいたらしい者が驚きの声を上げる。

この3年間での戦いは大きな争いは無かったもののちょっとしたアクシデントで身バレしてしまったことがある。

なので今更顔を隠す必要はそこまで無く特に焦りもない。


「さっさと失せろ。今なら見逃してやる」


「ひ、ひぃぃぃ!」


「に、逃げろ!こいつらには勝てねぇ!」


俺が逃げるように言うと生き残った兵たちは蜘蛛の子を散らすように去っていく。

流石にこの状況でまだ俺達に立ち向かってくる気概のあるやつは残っていなかった。


「ここで全員息の根を止めてしまってもよろしかったのでは?」


(ぶ、物騒なことを言うなぁ……)


「それこそ無益な殺生だろう。無駄な殺しは好きじゃないんでな」


皆殺しにしてしまうと流石に後味が悪い。

噂とは色々尾ひれが付くものだし俺達の強さがありえないほど誇張されて伝わっていれば相手が怖気づいて戦いをできるだけ避けられるかもしれない。

そんなわけで殺しはできるだけ避けたかったのだが……


「流石はレックス様です……!その心優しさは私達が庇護する人々の安寧となるでしょう。レックス様は民を助け救う素晴らしい方だと帝国中に噂を流しておきます……!」


「そこまでしなくていいさ。この場面で皆殺しを選択する者のほうが少ないだろう?」


「レックス様が見逃したということに意味があるんです。他の者なんてどうでもいいんですよ」


俺が何を言おうが何をしようが好意的に捉えヨイショしてくるのだ。

しかもこれはイリスに限った話ではなく他の仲間たちもそういう傾向にあり、おかげで期待値が高すぎて下手なことはできなくなってしまった。

嘘に嘘を重ねたせいで自業自得にも期待値が上がりすぎるという話はまだしも俺のように何もしていないのに勝手に期待値が上がっていくのは理不尽にも程がある。

本当に勘弁して欲しい。


「……ほどほどにしといてくれ。それより目的の物は?」


「そうでした。多分この辺に……ありました。これで目標の物は手に入れました」


俺達が襲撃したのは帝国が巧妙に隠していた研究所。

そこでの研究データが今回の奪取目的だったのだ。


「そうか。ならさっさとここから離れるとしよう」


「はい」


俺達はすぐに帝国からの追手が来る前に研究所から離れ尾行けられていないことを確認して人気ひとけの無い丘で小休止を取ることにした。


「お疲れ様でした、レックス様。お茶を淹れますか?」


「いや、多少体を休めるだけだし大丈夫だ。すぐにまた出発するぞ」


「わかりました。帰ったあとの予定は御剣会議がありますのでそれだけは念頭に置いておいてください」


(うげぇ……そうだった……)


御剣会議みつるぎかいぎ

それは黒白双龍団の最高幹部たちが一同に会し方針や作戦等の指示を受ける定期的な会議のことだ。

みんな良いやつでそれこそ家族みたいに思ってるし大切なんだけど……いかんせん個性的すぎる。

今まであいつらが起こしてきた騒動で何回胃が痛くなったことか……

俺はせまりくる面倒事に空を見上げ遠い目をした。


◇◆◇


「レックス様。すでに御剣たちは揃っているようです」


「わかった。すぐに行こう」


黒白双龍団の隠しアジト本部に戻った俺はすぐに会議室に向かうことにする。

待たせるのも悪いしどうせろくに休憩時間も取れないならばさっさと面倒事を片付けてしまいたい。

俺がイリスを伴って指定された会議室に歩いていく。

そして扉が開くと──


「「「お疲れ様です。レックス様」」」


立ち上がり同時に頭を下げてくる仲間(部下)たち。

このなんともやりづらく息苦しい空気感に俺はため息をつくことしかできない。


頼むから……面倒事は何も起こるなよ……!

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