第23話 新たな出発

足元に血溜まりができ強烈な匂いが鼻をつく。

俺は剣身から血をポタポタと垂らしながらもう動くことはないであろう元仲間の亡骸を見つめる。


(初めて……人を殺したな……)


もちろん俺は地球ではないけども俺には人を殺した記憶がある。

山賊討伐の依頼なんて数え切れないくらい受けてきたし国家間小競り合いを収めるために小さな戦場に参戦したことだってあるのだから。

そこで殺さず戦い続けるほど世界は甘くなかった。

だが、日本人としての記憶を取り戻してから人を殺すのは初めてのことだった。

さらには、あんな性格とはいえ共に長い時間を過ごした存在を殺したことは全ての記憶を遡っても存在してない。


(震え……?剣もすごく重く感じる……)


「大丈夫ですか?レックス様」


「……イリスか」


一切動こうとしない俺の様子が不安になったのか心配そうな顔でイリスが話しかけてくる。

それだけで少しだけ、剣を持つ手に力が戻った気がした。


「後悔……しておられるのですか……?」


「いや、後悔は全くしてないさ。だがやはり知った顔を殺めるのは後味が悪い。それだけだ」


俺はイリスの言葉にゆっくりと首を横に振る。

何度思い返したって後悔なんて無い。

あいつは最初からここで消しておかなければならなかったんだ。

俺はイリスに小さく頭を下げる。


「すまなかった」


「……!?か、顔をお上げください!私のような者にレックス様が頭を下げるなど……」


「俺の元仲間が3人に暴言を吐き続けたんだ。もう本人はこの世にいないから代わりに謝らせて欲しい」


最初から戦っていればイリスたちが傷つくような発言を聞かなくてもよかったのかもしれない。

暴言位で大袈裟かと思うかも知れないがもう3人は普通の人が一生に味わうくらいの悪意と悲しみをこの年で既に経験してしまっている。

終わりの見えない地獄、抜け出せない現実に苦しめられてきたはず。

そんなところから俺が救いたいと手を差し伸べたからこそ責任を持って守らなければならなかったのに。


「レックス様、顔を上げてください」


言われた通り顔を上げるとイリスが優しい微笑みをたたえながら俺を見ていた。

いや、イリスだけじゃない。

アナスタシアもロジャーも同じような表情でイリスの隣に立っている。


「私はこのくらいの悪意でへこたれるほど脆くないですよ。これくらいで一々傷ついていたらとてもじゃないですけどレックス様の大志を支えるのに相応しくありませんから。そんな気持ちはとうに捨てました」


「私もイリスさんと同じ気持ちです。出会ってまだ日は浅いですがレックス様を支えたいという気持ちは負けない自信があります。私は……下卑た目線を向けられたことよりもレックス様とロジャーへの暴言が何よりも許せません」


「俺はあなたについていくって決めたんだ。あなたなら俺の全てを活かしてくれる。アナ姉ちゃんを守ってくれる。俺がどう言われようと気にするはずもない」


「イリス、アナスタシア、ロジャー……」


思わず3人の名前を呼んでしまう。

みんなそれぞれ自分の想いを俺にぶつけてきてくれた。

胸が温かくなり心の中に熱い気持ちが灯る。


(俺は世界同盟に宣戦布告なんてしたくない。だけど……イリスたちには幸せに過ごして欲しい。そのため俺ができることは……)


しばらく考え込み俺の中で一つの新たな目標が生まれる。

俺がやるべきことなんだとすっと心に染み込んでくる。


『黒白双龍団を大きくして被差別種族の保護活動をする』


それこそが俺に生まれた新たな目標。

今この瞬間から俺が今まで掲げていたクランを立ち上げ伝説を作るという目標は手段へと変わった。

心機一転、新生黒白双龍団の誕生、といったところか。


「イリス。嫌だったら突き飛ばしてくれても構わないからな」


「はい?………!?〜〜っ!!」


俺は剣を鞘へとしまいイリスのことを優しく抱きしめていた。

優しく甘い香りと柔らかな体の感触が心地良い。

一瞬イリスの体が強張るが嫌がっている素振りはなくやがて体から力が抜け身を委ねてきた。


「ありがとう。これからもよろしく頼む」


「……!はいっ!一生ついていきますから!」


そして俺はイリスの体を優しく離し次はアナスタシアを抱きしめた。

なんか胸にものすごく柔らかい物が当たっている気がするが今はそういう場面ではないのでその感触を無理やり意識の外に追い出す。


「アナスタシアも。俺でよかったら力を貸して欲しい」


「も、もちろんです!私でよければいくらでも!」


最後にロジャーの元へ行く。

ロジャーはまだ成長期が来ておらず身長が高いとは言えないため中腰の姿勢になり抱きしめた。


「ロジャー。俺にはお前が必要だ。仲間を……家族を守るために」


「はい!アナ姉ちゃんも……も俺は守りたい!」


みな生まれも年も性別も、俺に至っては世界すら違うが色んなことがあってこうして集うことができた。

仲間でありながらも家族のような関係を築いていきたい。

全員で幸せを掴み取るために。


(あとは今後の身の振り方をどうするかだな……ジェラールは間違いなくリチャードに報告するだろうし俺達の存在が世間に露呈するのも時間の問題だし……)


蒼天の剣のメンバーがこの街に来ていたのは完全に誤算だったのだ。

だが過ぎたことはもう取り戻せない。


(仕方ない。しばらくは身を隠しながら3人を鍛えるか……)


時が過ぎれば領主館襲撃の罪が消えるわけでもないが多少は追手も緩まるだろう。

俺達の素性を公開すれば近くまで迫っていたのに取り逃がしたという評価が蒼天の剣につけられる。

本来それくらいの評価なんて悪評には入らないのだがプライドの高いメンバーたちはそう思われるのは良しとしないはずだ。

ならば俺達の素性は公開せず秘密裏に処理しようとするのが自然というもの。

素性がバレないんだったらおそらく俺達が捕まることはない。

のんびりとイリスたちの目標を宣戦布告から保護にすり替えながら過ごしつつ力を蓄える雌伏の時だな。



しかしこのときのレックスはまだ知らなかった。

もう既にこの時点でその計画は頓挫していることに──


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レックスとロジャーのBL展開はありません。

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