第19話 脱出とイリスの思惑
2人はフードを外してしまっていたことで顔が露出していたがゲドーは死に、護衛はこの部屋に大量の犯罪をもみ消していた証拠があったのでおそらく死罪になるだろう。
色々と誤算はあったが俺達は身バレしてないので一応の目的は達成と言えた。
無罪の人の血は流れてないからまだ普通の生活に戻ることはできる。
なんとかして3人を穏便かつ俺に不満を抱かないようなやり方で説得しなくては……!
「2人とも初めての戦いだったがよく戦ったな。イリスも見事な立案だった」
まずは3人を労う。
功績に報いないのは組織としての終わりを指し俺の意志に反するため後で何か創造魔法で褒美を作っておくとしよう。
もっとも褒めるだけでめちゃくちゃ嬉しそうな笑顔を見せてくれるので褒美なんかいらないんじゃないかと思ってしまう自分がいるのは内緒だ。
「さて、俺は3人に話したいことがあるんだが……。先に脱出したほうがいいな」
「はい、まもなく蜂起した民衆たちがこの領主館に雪崩込んでくることでしょう。ゲドーの味方だと思われたら面倒なことになります」
確かにそれは面倒くさいな……
今の民衆たちは慣れない戦いでの極度の緊張と不安で攻撃的になっていてもおかしくない。
逃げ切れないこともないだろうけど余計な手間だしその間に誰かを斬らなくてはならない事態に陥るかもしれないしな。
「わかった。では先に脱出しからゆっくり話すとしよう。別に俺の話は急ぎでもないしな」
「はい。脱出経路は確保してあります。こちらをご覧ください」
イリスが取り出したのはこの領主館の屋敷図だった。
そこには赤色のインクで先ほど通ってきた裏口への最短経路が書かれており俺はそれを一瞬で頭に叩き込む。
地図を読むというのは冒険者として生きていくうえで必須でありこれくらいならば10秒もあれば覚えられる。
「侵入するときは見張りの少ない道を通ってきましたが今は見張りはクーデターの対処に出ますので最短距離で逃げてください」
「了解した」
ん……?
そこまで言われようやく心に少し残っていた違和感に気づく。
別に地図での説明が無くとも侵入したときのようにイリスが道案内をしてくれれば済むだけの話なのだ。
それに加え、逃げてくださいという言葉は一緒に逃げる時は絶対に使わない言葉だ。
「イリスは逃げないのか?」
「私はここでもう少しやることがありますのでそれが終わり次第駆けつけます」
もう奴隷だったときのように生きる希望が全く無い……というわけではないだろうから自殺とかはしないはず。
多分トイレとかそんな感じなはずだ。
「わかった、だが必ず俺の下に戻ってこい」
「もちろんです。私の全てはレックス様のものですから」
……………………。
躊躇なくこういうことを言ってくることに一抹の不安を覚えるがとりあえず死ぬ気が無いならよしとしよう。
俺は一つ頷いてそんな不安をぽいっとどこかに投げ捨てた。
「合流場所は西に小さな集落があるからそこにしよう」
「わかりました。レックス様の魔力は強大ですので索敵魔法で問題なく見つけられると思います」
「ああ、任せたぞ。ロジャー、アナスタシア。俺たちはすぐに離脱するぞ」
俺の言葉に2人は同時に頷く。
今回の戦いにおいて優先度の低い身体強化をアナスタシアに教えていなかったので俺はアナスタシアを抱きかかえて走ることにした。
本来は俺ではなく女性か家族であるロジャーに任せるべきなんだろうがイリスはいないしまだ子供であるロジャーに持たせながらの高速の移動は流石に無理だ。
「あ、あの……レックス様……重くないですか……?」
俺がアナスタシアをいわゆるお姫様抱っこの形で抱き上げるとアナスタシアが少し頬を染めながら不安そうに聞いてくる。
女子だしそりゃあ気にもなるか。
「アナスタシアは軽いぞ。ほとんど重みを感じないくらいだ」
「……ふふ。ありがとうございます」
俺がそう言うとアナスタシアは嬉しそうに微笑んだ。
実際アナスタシアは軽いし、俺は自分よりも何倍もでかい魔物を倒すために筋力はあるしほとんど重みを感じていない。
「それじゃあ走り出すぞ。しっかりと掴まっておけ」
「わかりました」
そう言ってアナスタシアはしなやかな腕を俺の首に回す。
体の密着度が想像以上に高く少し心臓が跳ねるがそんなことをしている場合ではない。
アナスタシアの豊満な丘が片側当たってしまっている件に関してはスルーしておこう。
意識したら負けだ。
「ロジャー、準備はいいな?」
「はい、姉ちゃんをよろしくお願いします」
「ああ、アナスタシアは任せておけ」
俺たちは一つ頷き合い、頭に叩き込んだ情報通りに進み始める。
イリスが掴んだ情報が誤りなのかもしれないと念の為頭に入れておくが分かれ道や部屋の場所まで同じなのでおそらくこの情報は正しい。
前世の俺はそこまで頭良くなかったはずなのにこの体になって妙に頭が冴えるというか記憶が楽になった。
剣も魔法もできて勉強もできるなんて
「もう少しだ。頑張れるか?」
「はぁ……はぁ……まだ……大丈夫です……」
あまり大丈夫じゃなさそうな感じでロジャーからの声が返ってくる。
少し心配になってチラリと振り返るが息は上がっていても足は不安定になることなく回り続けている。
正直このペースについてこれないと思っていたのだが思った以上に粘り強くて少し悪ノリしてしまった。
「屋敷を出たら少しペースを落とそう」
「い、いえ……俺のためにペースを落とすのは……」
「屋敷の裏は山だからな。追手を出せる状態でもないだろうし無理して急いで逃げる必要はない。それだけの話だ」
イリスの策のおかげで侵入も脱出も難易度が何段階も下がった。
本来ならば街の外までも追手が来ることが当然なのに今は屋敷の中ですらまだ追手が来る気配がしない。
そのせいでこの計画が成功してしまったとも言えるが2人も何の憂いもなく仲間になってくれることになったし身バレもしてないしでなんだかんだ来て正解だったかもしれないな。
「そういうわけだからさっさと屋敷から出るぞ」
「はいっ!」
俺達は何事も無く屋敷を出て山の中へと入っていく。
もう完全に俺達の存在がバレることもないだろうし安心していいだろう。
俺は腕に抱えていたアナスタシアを地面へとそっと下ろす。
「乗り心地は大丈夫だったか?揺れて気分が悪くなったりとかしてないか?」
「は、はい大丈夫です!ふ、ふふ……レックス様のお体……すごくガッチリしてた……私のことも軽々抱っこしてくれたし……」
「……?何か言ったか?」
「い、いえ!なんでもないです!」
最後の方が何を言っているか聞こえなくて聞き返したら随分食い気味に否定されたので思わず少したじろぐ。
少し顔も赤くなっていたが体調が悪いわけではなさそうなので好きにさせることにした。
「さて、ゆっくり合流場所の集落に向かうか……」
「そこまでだ!」
突然後ろから声が聞こえ振り返ると一人の男が木の上に立っていた。
気づいてはいたのだがあまりどう関わればいいのかわからなかったため気づかないふりをしていたがこんな人里離れた場所にいた時点で俺たちが標的なのかもしれない。
顔見知りとは言え少し迂闊だったと反省する。
「久しぶりだな、レックス。元気にやっていたか?」
男は剣を腰に下げ良い鎧もつけているまあハンサムとギリギリ言えるくらいの容姿をしていて木の上から飛び降りてくる。
俺はため息をつく。
「レックス様……この方とお知り合いなのですか?」
「………まあ一応そうだな」
「おやおや、一応とは人聞きの悪い。共に背中を預けあった俺とお前の仲だろう?」
ニタニタと気持ち悪く笑うその顔を見てると無性にイライラしてくる。
やはり……こいつらの本質を
仲間を信じると言えば聞こえはいいがその本質から目を背けていた。
(俺が……お前の無念を晴らしてやるさ……)
カーリッツ=ジョンソン。
俺の目の前に立つこの男は蒼天の剣の前衛担当にして元俺の同僚の名だった──
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