第17話 決して譲れない決意(アナスタシア視点)
姉と母を失った。
あまりにも理不尽な暴力で幸せのひとときはあっという間に壊される。
その事実に涙することしか私にはできなかった。
でも……あの方は違った。
『このまま終わっていいのか』と私に勇気と私が選ぶことができる新たな道を見せてくれた。
他の人から同じことを言われたらお前に何が分かるんだと怒鳴っていたかもしれない。
それでも……あの方の言葉だけはすっと私の心に入り込んで心を温かく溶かしていった……
理屈じゃない、この人についていこうって自分の意志で決めたのだから。
◇◆◇
イリスさんから驚くべきほどの裏工作を聞かされた。
まさかここまで策を張り巡らせこんなにも自分たちに有利な状況を作り出すなんて……
お人形さんみたいに可愛いと思っていたけどあの猿の怪物と一人で何分も戦っていたことといい本当に優秀な人なのだろう。
それを見越してレックス様が私たちのためにイリスさんに立案を任せたと思うと心がぽかぽかして嬉しくなってくる。
イリスさんとレックス様が部屋の前の衛兵を倒し縛り上げる。
イリスさんは部屋の扉を少し見つめてからレックス様に向き合う。
「ここが領主のいる部屋です。ここから先は現場判断の予定でしたが……レックス様、いかがいたしますか?」
「「っ!」」
ここに……あの男が……!
一気に復讐が現実的なものになり身に力が入る。
「イリスに任せる。何事も経験だからな。もし何かあったらフォローするから自由にやれ」
「承知しました」
イリスさんは扉に耳をつけ目をつぶる。
そうすること約3秒ほどで立ち上がり目を開いた。
「敵は護衛が一人、領主もこの中にいるようです。護衛はそこそこの手合いで領主は全くの素人。私が護衛の相手をしておくのでお二人には領主の相手を任せます」
「っ!私たちに……任せてもらえるのですか……?」
「もちろんです。これはお二人の望みを叶えるための作戦。一応領主が手練れだった場合のプランも用意してありましたしどのみちお二人に任せるつもりでした」
そう言ってイリスさんはニコリと微笑む。
その目は応援と優しさに包まれていた。
イリスさんの配慮に感謝する。
「ただし、この件が終わったらレックス様のために尽くしてくださいね?お二人の力はきっとレックス様の助けになりますから」
レックス様の……助けに……
私なんかで助けになるだろうか?
こう言ってはなんだが私は運動が得意じゃない。
戦えるか不安だし頭なら多少の自信はあるけど策略とかそういうのではなく多少の四則演算など。
でも……それでも力になれるのなら全力を尽くしたい。
「わかりました。この戦いが終わったら必ず」
「俺もだ。俺もレックス様には恩がある、返すためならなんでもするさ」
ロジャーも力強く追随する。
ロジャーの言う恩とはあのことを言っているのだろう。
レックス様に忠誠は誓ったがロジャーは姉の忘れ形見。
板挟みになってしまう可能性もあっただけにロジャーもレックス様に忠誠を誓ってくれるのは私としても都合が良かった。
「それでは突入しますよ。私がまず切り込むんで護衛は抑えておくのであとは自由にやってください」
「はい」
「わかった」
ロジャーと一つ頷き合い突入の瞬間を待つ。
ここで止まり続けていても衛兵に見つかってしまうのでその瞬間はすぐに来た。
イリスさんが腰に下げたレイピアを抜き放ち扉を開け中に突入する。
私たちはそれに続いて中に雪崩込んでいく。
「な、なんだお前たちは!ここはザクス領主ゲドー=サイテーダ様のお部屋だぞ!こんなことをしてただで済むと思っているのか!」
「え、衛兵!であえ!」
激昂する護衛の後ろに衛兵を呼んで叫ぶゲドーの姿を見つける。
本当にいた……
絶対に……あいつは許さない!
「アナ姉ちゃん!あいつを!」
「わかってるわ!行くわよ!」
「なっ!させるかよ!」
「貴方の相手は私がします。2人には手を出さないでください」
私とロジャーがゲドーに接近しようとすると護衛が止めに来る。
しかしその護衛の前にイリスさんが立ちはだかり私たちの邪魔をする者は誰もいなかった。
「『我が呼びしは偉大な大地、
「らぁ!」
私の目の前に拳大の石が現れゲドーの顔面に向かって高速で射出する。
私が出した石はゲドーの左頬にめり込みそれと同時にロジャーの拳が右頬にクリーンヒットする。
「ぐぺえっ!?」
私たちの攻撃にゲドーは汚い悲鳴を上げぶっ飛んでいく。
初めて人に向かって魔法を使ったが激しい怒りは私を躊躇なんてさせなかった。
「1週間見ていなかったので知りませんでしたが……お二人ともかなりの才媛ですね。アナスタシアさんの魔法の成長は私以上、ロジャーくんの体術も私以上に早いです」
「イリスはなんでもできることが強みだからそんなことは気にしなくていい。だが2人が想定以上の才能を持っていることは否定しない」
さ、才能……
イリスさんは護衛の首にレイピアを突きつけながら驚き、レックス様は満足気に頷いていた。
お二人に認められるとなんでもできそうな気がしてきて不思議だ。
「ぐ……何奴だ……。ザクスの領主たる私を襲撃するとは……」
見ると顔がもうすでに少し赤く腫れ始めたゲドーがフラフラと立ち上がりこちらを睨んでいた。
私はロジャーと頷き合いフードを外す。
「この顔に見覚えはないか。お前が倒したくて仕方なかった鬼人だぞ」
「なっ……!お前は……!」
ロジャーの顔を見たゲドーの表情が怒りと少しの怯えに染まっていく。
「魔物の分際で我ら人間様の街へ侵入するなどおぞましいにもほどがあるだろうがッ!」
「ロジャーは魔物じゃない!れっきとした人間なのにそれを認めないのはあなた!私はあなたを絶対に許さない……!」
ゲドーの言葉にイラッとしてつい言い返してしまう。
こいつの言葉なんて聞く価値はないというのに。
「おい、俺の母ちゃんとばあちゃんは普通の優しい人だった。なのに……なぜ殺した?」
「どいつのことを言ってるのかは知らんが私はザクスの領主であり領民は私の所有物だ!何をしようが私の勝手であり他人に何かを言われる筋合いなどないッ!」
こいつはどこまでも……!
同じ人間なのにどうすればこんな風になってしまうのか理解ができない。
ゲドーの言葉は私とロジャーにとってはとてもじゃないが許せるものではなく怒りの限界を超えた。
「そうか……もういい。死ね」
「あなたは一体何人の人たちを泣かせてきたのかしら……許せるものじゃないわね」
「ほざけぇぇぇぇぇ!!!!!」
私たちが接近してもう一度攻撃しようとするとザクス領主は叫びながら胸のポケットからなにか禍々しい色の液体の入った小さな瓶を取り出した。
そしてそれを一息に飲み干した。
「っ!ロジャー!アナスタシア!下がれ!」
レックス様の声が聞こえ私たちは咄嗟に後ろに下がる。
するとゲドーの体が盛り上がっていき瘴気を体から出し始め、目も赤く染まりまるで魔物のような嫌な気配を感じる。
「これは……詳細はわからんがなにか薬を使いやがったな……!?アナスタシアはロジャーは一度下がれ!お前たちには手に余る!」
レックス様の声が聞こえるが私たちは動かない。
多分これは最初で最後の命令違反だ。
こいつらは……私たちの手で消さなくちゃいけないって直感以上のなにかが言っている。
その声から逃げちゃダメだと、そう強く思ったから。
「レックス様、お許しください。こいつは私とロジャーの手で倒したく」
「……本気か?」
私はレックス様に向かって大きく頷く。
それはロジャーも同じで強い決意の籠もった目をしていた。
「………わかった。ただし危なくなったら無理にでも介入し後ろに下げる。お前たちはもう俺達の戦力として考えているのだから。いいな?」
「それで構いません。ありがとうございます」
「ありがとうございます、レックス様」
私とロジャーは改めて自我を失いかけ今にも暴走しそうなゲドーと向き合う。
こんな脅威に自分から立ち向かおうとするのは初めてのことだった。
でも……こういう壁を突破していく者こそがレックス様の大志を支えるのにふさわしい。
復讐と同じくらい私の心を占めたそんな決意。
レックス様の大志は希望だ。
その大志の先に皆の笑顔があるのなら……私たちのように理不尽に泣くことがなくなるのなら……私はなんだって捧げられる。
私の全てはレックス様のために。
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