第16話 うちの副長は天才ではなかった

時は流れ1週間後。

ザクスの街のとある空き家にて男女4人が集まっていた。

全員が認識阻害付きのフードを被っているが顔を元々知っている人には効果がないのでばっちりお互いの顔が見えている。


「では、計画を発表いたします」


この場を取り仕切るのはイリス。

この計画においての責任者は俺ではなくイリスなのでイリスに進行を頼むのは当然のこと。

俺ですらまだ作戦を聞いていないためイリスがどんな作戦を立てたのか気になる。


ここまで作戦を発表しなかったのはどっちみちアナスタシアとロジャーを連れての複雑な作戦行動は不可能であり別行動はしないためイリスが先導できるからだ。

だからイリスはギリギリまで計画を精査し練り上げ今日このときを迎えたというわけだ。


「計画は単純です。誰にも気づかれず侵入し、衛兵に見つからないように領主の下へ辿り着きあとはアナスタシアさんとロジャーくんに任せます」


「「「……………」」」


(((ば、漠然としすぎ!)))


みな口に出してはいなかったが間違いなく3人の心が一つになっていた。

そんなことを言われて成功したらこの世に作戦行動なんてものは不要でありもはや作戦と言えるかも怪しい。

て、天才肌のイリスにも苦手なことがあるんだな……


「もうじき日が暮れます。そうなれば作戦開始ですので準備はよろしくお願いします」


どうなってしまうのか不安しかない作戦会議だった。


◇◆◇


夕暮れ、俺たちは遠巻きに領主館を眺める。

もし戦争状態になったときにここが本陣となるだけに領主館はまるで小さな要塞のようだ。

ここをあんな作戦で突破するのは流石に難しいような……

俺がこれから起こり得る事態を頭の中で想定しているとあることに気づく。


(ん……?何かぱっと見、兵の数が少ないような……休憩時間なのか……?)


軍事演習といえどザクスの領主は私兵も雇って警護させてるらしいから見回りの手が少なくなることはないはずなんだけど……


罠かもしれないと思ったがアナスタシアとロジャーのやる気をみるに一回退こうなんて言えない。

罠が来ても己と3人の身を守り逃げ出すことができればミッション成功なんだ。

警戒しておこう。


「侵入経路はこちらです。ついてきてください」


イリスについていき領主館の回りをしばらく歩くと突然イリスが止まり振り返る。


「ここから侵入します。飛び越えましょう」


目の前にあるのは結構高い壁。

訓練を積んでいる俺とイリスには問題ない高さだがアナスタシアとロジャーには厳しそうなので俺がロジャーを、イリスがアナスタシアを抱きかかえ飛び上がった。

幸い塀の向こうに兵はおらず見つかる前に速やかに飛び降りた。


イリスはスタスタと小走りで移動し始めたので俺とイリスでアナスタシアとロジャーを挟むように陣形を組み俺は後ろを警戒する。

そして裏口らしきところから建物内部へと侵入した。


「ここから領主の部屋までまだ距離があります。気を抜くのもダメですがを張り詰めすぎないよう進んでください」


イリスはこういった荒事にあまり慣れていないアナスタシアとロジャーに言い聞かせる。

2人は少し緊張した顔をしつつもコクコクと頷いている。

テンパっていないだけマシというものだろう。

しばらく歩くこと数分、突然イリスが止まりアナスタシアとロジャーを静止させる。


『レックス様、目の前に敵がいます』


あらかじめ決めてあったハンドサインでイリスが報告してくる。

どうやら敵の数は2人で笛も持っているらしい。

計画を失敗させたいところだがわざと失敗させるのは違うのでイリスに協力する。


『わかった。俺は左をやるから右は任せたぞ。タイミングは合わせるから自由にやれ』


『わかりました。1、2の3で出ます』


(1……2の……3!)


イリスの指のカウントダウンと共にダッシュで敵に駆け寄る。


「なっ!ぐはっ!」


「て、てき、ガフっ!」


なんとか笛を使われる前に気絶させられた。

イリスの方も手刀をしっかりと首に決めて気絶させている。

こういうとき剣を使ってしまうと血などの痕跡が残り侵入がバレるので手刀での気絶が鉄則だ。


武器と防具を取り上げ適当なヒモで男たちを縛り上げてタオルで猿ぐつわを噛ませる。

そして部屋だけは腐るほどあったので適当な部屋に放り込んでおいた。

あとできっと誰か助けてくれるだろう。

しっかりと処置をしたあと俺はあることに気づいた。


「ん?何か外が騒がしくないか……?」


「確かに……」


「叫び声とか聞こえますし心なしか少し地面も揺れているような……」


まさかこの騒ぎで警備兵に見つかったのかと気を張るが周りに人の気配は一切無い。

となれば一体何が起こっているのか。

頭を回し推測を立てるがあまりピンと来るものはない。


「クーデター」


「え?」


誰もが、俺ですら何が起こっているか理解できなかったこの状況にイリスは一言ピシャリと言い放つ。

クーデター……?

ということはこの外の騒ぎは民衆の蜂起だと言うのか……?

だとしたらなぜイリスはそのことがわかる?

こんな場所から詳しく状況を知ることは不可能でありあり得るとしたら最初から知っていた場合のみ。


考えに考え抜いた末、一つの結論にたどり着いた。

いや、でもまさかそんなことあり得るはず……

信じたくないが確認を取るため俺はイリスに問いかける。


「な、なぜそんなことを知っている?」


「それは……


「なっ……!」


信じがたいことが現実となってしまった。

今思えば嫌な予感はしていたのだ。

もしイリスに立案の才能がなくとも子供でもわかるぐらい稚拙な作戦をさせ危険な橋を渡させるわけがないのだ。

つまりは成功させる自信があったということ。


「初めての試みですが思ったより簡単で上手くいきました。元々現領主の腐った性格は領民にも知られていて不満は高かったので噂を流して不安を煽ってやればすぐでした」


「……!それで軍事演習の日に合わせたのか……!」


怒り狂った民衆たちはいつ蜂起しようとするだろうか?

自分たちは数は多いものの大した武器はなく騎士団や軍隊が出張ってきてしまうと勝率がぐっと下がってしまう。

ならばいつ蜂起する?どうすれば成功する?

不安と怒りがごちゃ混ぜになりどうすればいいのか分からなくなるだろう。


ところがだ。

まるで神様が指示したかのように騎士団と軍隊の合同軍事演習という決定的な隙が数日後にあるではないか。

まだあまり準備できておらず多少時期尚早で強引であろうと今ここで決めてしまおう、そう考えるのは自然のこと。

おそらくイリスはそこまで読み切ってこの日に計画を実行することに決めたのだ。


歩きながらイリスは計画の裏工作の全てを教えてくれた。

大きな商会にクーデターの情報と金を見返りに屋敷の見取り図を手に入れ、余った金でこの領主館を警護していた私兵を買収。

その結果として出来上がった状況が防備は手薄、軍隊と騎士団は街の外であり警備隊もクーデターの鎮圧で動けない。


俺が同じ状況に立たされてここまでの成果を上げるなんてとてもじゃないができることじゃない。

立案の才能が無かったわけじゃない……

イリスは天才どころか……怪物だ……


この状況をたった一人の成人もしていない少女が作り出した。

全てを見据え手のひらで転がしたイリスに戦慄する。


しかし……

このときの俺はまだ見落としていたのである。

ザクスの領主を討ち取るだけじゃない。

イリスの立てたこの計画のもう一つの最終目標を──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る