第15話 ヤケ
「ザクス領主館の強襲計画ですよ」
違う……違うんだ……!
俺が言いたかったのは一緒に名誉を掴み取って汚名を返上しようぜって言いたかっただけで復讐してやろうぜって言ったわけじゃないんだ……!
このままずるずる行けば本当に世界に宣戦布告する大罪人になりかねない。
しかしイリスと数ヶ月の時を過ごし自分を兄のように慕ってくれるイリスを見ているだけにイリスを捨てて逃げ出す選択肢は残っていなかった。
つまりはイリスたちを穏便に説得し違う目標を提示するしか俺に道はないのだ。
「あーイリス?その夢は大変素晴らしいと思うのだが当然多くの血が流れる。そんな夢を抱く団長は危険だと思わないのか?」
イリスは奴隷生活から救った俺が打倒世界を目指していると勘違いしているから支持しているだけであってイリス自身は打倒世界に固執する理由は無いはず……!
そう計算して俺は説得を始める。
しかしイリスの反応は俺の予想の斜め上を来た。
「全く思いません。レックス様の大志は私たち被差別種族の希望となります。またレックス様はお優しい方ですので民間人が無意味に血を流すことを良しとしないでしょう。
その目からは光が消え、強い意志と怒りを感じる。
ま……
なぜ自分が旗頭にされるのかは全くわからないがとにかくやる気らしい。
あの深淵の目を見てしまえばイリスの説得は不可能だと悟ってしまう。
(ま、まだ何か手はあるはず……せめて時間を稼ぐだけでも……!)
まだ俺達は何も犯罪を犯していないし時間稼ぎをしてゆっくり説得できればまだ間に合う。
ドラゴンと戦っていたとき以上の焦りで俺は頭を回した。
そして一つの打開策を見出す。
(2人が復讐を望んでいなかったら万事解決!流石にイリスも本人たちが望んでないのに復讐計画を実行しようとは思わないだろう)
我ながら名案だと思う。
根本を絶ってしまえばいいだけの話であり2人はまだ
説得なんて容易いぜ!
「アナスタシア、ロジャー。ちょっといいか?」
「お呼びでしょうか、レックス様」
「なんなりとお命じください」
2人は近づいてきたあと手を地面につき頭を下げる。
やりづらいことこの上ないので立ち上がって頭を上げてもらい復讐を望んでいないよなと確認する。
「今イリスがザクス領主館の襲撃計画を立ててるんだが……2人が望まないならばすぐにこの計画は中止する。大切な人を失って心も疲弊しているだろうしな。遠慮なく2人の意見を聞かせてほしい」
「レックス様のご配慮、とても嬉しく思います。ですが……」
「俺達はレックス様の計画に甘えさせてほしいです」
「……え?」
あれぇ?
おかしいぞ、この体は五感も優秀なはずなのに今だけ耳がおかしくなってしまったらしい。
今のはまるで計画に賛同する、って聞こえたんだが……
俺は耳の異常が無いかを魔法でさっと検査しもう一度2人に問う。
「すまん。もう一度聞かせてくれ。復讐の計画にどうするって?」
「とてもありがたく思います。現状に絶望し涙することしかできなかった私に『このまま終わっていいのか』と激励してくださったおかげで勇気が出ました」
「レックス様は俺たちに新たな道を示してくれた……この恩にはいつか必ず報います」
お……お前らもそっち側の人間だった!?
ど、どうすれば……
俺が復讐しないかって言ったと誤解されているから俺から『やっぱりやめよう』とか言うのは明らかに不自然というもの。
一回でそうなるとは思わないが自分で言ったことをやらないのは信頼を損ねてしまう。
組織のトップになるためにそれだけはどうしても避けたい事態だった。
万事休すの現状をどうにか打破しようと頭を回しているところに追い討ちをかけるようにイリスが声をかけてくる。
「レックス様、少しよろしいでしょうか?」
「ん……?なんだ……?」
「ザクス領主館を襲撃するに当たって丁度よい日に見当をつけました」
(早い……早いって!仕事が早いのはとても頼もしくて素晴らしいことだけど力を発揮するのはここじゃないだろうが!)
異空間収納からザクスについて予め調べてあった書類を取り出し計画を練っていたイリスのあまりの有能さに心の中で八つ当たりをする。
イリスは天才肌でやろうと思えばなんでもできてしまい書類仕事もお手の物なのだが今だけはその有能さが恨めしい。
ええい!こうなったらやるだけやって無理だと思わせて全員連れてトンズラだ!
それしかねえ!
「あ、ああ。ありがとう。それでいつの日になったんだ?」
「1週間後にザクスに駐屯する軍と騎士団の合同軍事演習があります。ザクス領主は今までの傾向からまず間違いなく欠席し領主館にいるでしょう」
1週間後!?
それはいくらなんでも早すぎるんじゃ……
だが準備ができていなければその分計画が途中で頓挫する可能性は高い。
もしそうなれば全員俺に疑心や不満を溜めることなく極めて合理的に撤退ができるというものだ。
「わかった。イリスがそう言うならばその日が一番なのだろう。その日に実行する方向で計画を練ってくれ」
「確認はいらないのですか……?」
「いらん。俺はイリスを信じているからな」
頼むから失敗してくれよ、なんて思いながら口ではイリスに激励の言葉をかける。
その言葉でイリスの心に闘志とやる気の炎が燃えるどころか爆発しているのも知らずに。
「……お任せください。必ずやレックス様のご期待以上の成功を収めてみせます。この計画に当たっての予算はいかほどでしょうか?」
「これを好きなように使え」
俺はイリスにそこそこ金の入った袋を渡す。
女将の宿に泊まっていたときイリスの修行のために魔の森で魔物を片っ端から狩りまくって稼いだお金がかなり残っている。
結構な額を渡したが山賊アジトの壊滅といったクエストのときに今回の経験が役立つかもしれないしイリスが立案面で成長してくれるなら安い授業料だ。
「ありがとうございます。この資金で最大限の結果を残しましょう」
「ああ、頼んだぞ」
いくら金があっても正直無理だろうと思っている。
計画実行まで時間が無いしできることもたかが知れているのだから。
それでも挑戦してみることが大切でありイリスの糧にきっとなってくれる。
できれば顔バレしないで失敗したいところだが……まあ認識阻害の魔法はかけるつもりだしそれくらいはなんとでもなる。
(なんとかしてみせるさ……これくらい乗り越えずに何が伝説だ。これくらい余裕だ)
自分にそう言い聞かせ心を落ち着ける。
今日は驚いてばかりだがまだ修正は効く……はずだ。
俺の夢はこんなことじゃあ
絶対になんとか……してやるんだ!
こうして黒白双龍団が初めて歴史に名を残すことになるザクス領主襲撃事件の計画は人知れず動き出した。
歯車は既に回り始めている──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます