第11話 新たな街と不穏な噂

女将の宿を出て約2日、俺たちは隣町である『ザクス』に到着した。


「わぁ……!随分活気のある街ですね」


「そうだな。やはり街ごとに雰囲気は違うものだ」


認識阻害を付与した上着とフードを着用することで髪を隠したイリスが隣で目を輝かせる。

イリスも今までいろんな地を回ったそうだが奴隷の商品としてだったので旅を楽しむという概念がなかったのだろう。

存在しないはずの尻尾がブンブンと振られている姿が幻視できた。


「宿を取ったら少し街を回ろうか」


「い、いいんですか……!?」


俺もこの街に興味あるしな。

旅行シーズンってわけでもないから宿が全て埋まっているということもないだろうしすぐに取れるだろう。


「それじゃあ行くとするか」


「はいっ……!」


俺とイリスは宿をとった後、この地の名産だという食べ物やお土産などを見て回った。

食べ物はまだしもお土産は旅の身分では邪魔になるだけだったのでいらないと思ったのだがイリスは違ったらしく欲しそうな顔をしていたので一つだけイリスに似合いそうなネックレスを買ってあげた。

嬉しそうに着けていたのでなによりだ。


「レックス様っ……!次はあそこに行きませんか?」


もうイリスは完全にお祭り気分だ。

まあ気を張り続けても仕方ないし他にやることもないから別に構わないんだけど。


「店主、そこの饅頭を2つくれるか?」


「おう、兄ちゃん!毎度あり!ちょうど出来立てがあるから持っていってくれや!」


「ありがとう。金はここに置かせてもらう」


金を置いた後、饅頭を2つ取って一つをイリスに渡す。

イリスは小さい口を開け、目を輝かせながら饅頭を食べ始めた。


「兄ちゃん達そんな格好をしてるなら旅人なんだろう?」


俺達が饅頭を味わっていると仕事が一段落したのか饅頭屋の店主が話しかけてくる。

特に害意も無いので本当にただの世間話をしにきたようだ。


「そうだな。俺達は旅をしている」


「なら一つ忠告なんだがよ。今は北には行かないほうがいいぜ」


「ほう?」


旅において、いや、何事にも情報はかなり重要。

こんな噂話は鵜呑みには出来ないが聞かないよりは聞いたほうがいい。

今までの冒険者生活でその情報一つが命運を分けることを知っているだけに興味がある。


「何か北であったのか?」


「それがだな、怪物が出たらしいんだ」


「怪物?」


あまりにも抽象的な表現。

おそらく魔物なのだろうが言い方的に今まで出現したことがない、もしくは出現が稀という二択だろう。

情報が少なすぎるためまだなんとも言えないが。


「ああ、でっけえ猩々しょうじょうの怪物でな。建物くらいの大きさがあったらしいぞ」


猩々と言うと猿か……

敏捷性はあるだろうしもしかしたら群れの可能性もある。

確かに厄介な相手かもしれない。


「そもそもなんでそんな怪物がいるってわかったんだ?」


「ん?ああ、どうやら狩りをしてたところを襲われて何人かが怪我したらしいんだ」


「狩り……?」


ここから北は特に美味しく食べられたり毛皮などが売れるような動物なんていないはず。

何人かが怪我をしたということはそこそこの人数が狩りに参加したということ。

特にメリットもないのになぜ?


「ここらへんでは何か取れる獲物でもいるのか?噂では北には特に獲物はいなかったはずだが……」


「えっ?そうなんですか?」


俺の言葉にイリスが驚いたような声を出す。

気になって聞いてみただけだったが店主の雰囲気が厳しいものへと一変していく。

ふむ、なにか裏でもあるのか?


「兄ちゃんよく知ってるな。確かに北に獲物はいないんだが……今回狩ろうとしていたのはこの街に出た化け物だ」


怪物の次は化け物……?

色々と出るのは良いけどこうも重なるものなのか……?

なんか少しずつきな臭くなってきた気がするな……


「その化け物とやらはどんなやつなんだ?」


「そいつはな……人間の見た目をしているのに頭に小さな角が生えてやがるんだ」


そういうことか……

俺はこの発言によってこの街の人たちが何を狩ろうとしていたのかを理解した。

とてもじゃないが気持ちのいいものじゃない。


「えっと……それってどういう……?」


イリスはまだ理解していない様子だった。

あまり聞かせたくない話だがイリスはもう仲間であり聞かせないのは不誠実だ。

それにこの現状を見て見ぬふりをすることは出来ない。


「魔物が……ハーフオーガが出たんだよ」


「っ!」


その言葉を聞いた瞬間、饅頭を食べて満足気だったイリスの表情が厳しくなる。

そんなイリスの顔に気づいていないのか得意げな店主の話は止まらない。


「姑息にもバンダナを巻いて隠してやがったんだ。魔物の分際で街に入るなんておぞましいにもほどがあるよな。本当に勘弁してほしいぜ」


「この──」


激昂しかけるイリスを手で制して落ち着かせる。

見ればレイピアの柄に手をかけていた。

あ、危ないな、おい。

こんなところで殺しなんてしちゃったら俺たちがお尋ね者じゃないか。


「確かにそれは面白くない話だな。他にその化け物について知ってることはあるか?」


「レックス様っ!?」


「いやぁ、これ以上は知らねえな。俺は人づてに聞いたもんだから知ってんのはそれくらいだ」


こんなものか。

まあ有用とは限らないが情報は得られた。

後は信憑性だな……


「そうか。たくさん話を聞かせてくれて助かった」


「おう!また来てくれよ!」


俺は店主に礼を言い店を離れる。

そしてイリスを連れて人のいない路地裏までやってきた。


「さて、ここくらいでいいか」


「レックス様……なぜあのようなことを……?彼らは……彼らは……!」


イリスは悲しそうな目で俺に問う。

まあそういう反応になっちゃうよな。

俺は優しくイリスの頭を撫でる。


「情報は得るだけではダメなんだ。精査して使いこなすことで初めて価値を生む。あの場で激昂したら得られるはずの情報をこれ以上聞くことができないだろう」


「それは……はい。すみませんでした……」


イリスはしょんぼりとして謝る。

だがイリスの怒りたくなる気持ちも分かるのだ。

店主が言っていた半鬼人ハーフオーガ、それはなのだから。


正確にはオーガが人族の人間をさらって無理やり孕ませて生まれた人を鬼人というのだが蔑称としてハーフオーガの名が同じ人間のはずなのに魔物として広まっている。

特徴としては頭に小さな角が生えていて戦闘に長けた少数民族だ。

その生い立ちからかなり厳しい立ち位置にいるのは言うまでもない。

同じ被差別種族のイリスからすればやるせない気持ちもあるだろう。


「ともかく今は噂の真偽を最優先で確認する。もしクロならすぐに助けに行くぞ」


「わかりました……!」


俺達はすぐさま情報を得るために街で聞き込みを開始した──


◇◆◇


俺達は各々情報を集め宿屋で集合した。

そして照らし合わせてわかったのは狩ろうとしているのは鬼人の10歳くらいの男の子であること。

人間族の女が鬼人の子と共に逃げていること。

そして最後に間違いなく猩々の怪物が出現していたことだった。


「これだけ情報が集まれば十分信用するに値する」


「で、では……」


この現状は見逃せない。

手に届く範囲の人は救いたい。

たとえ偽善でもしない善よりする偽善だ。


「鬼人の子と女性を助けに行くぞ」


「……!はいっ……!」


俺とイリスは人知れず街を抜け出し北へと走り出した──

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