第10話 異常な成長速度

「それじゃあ女将、俺たちはそろそろ行くよ。長い間世話になった」


「いいんだよ。お前は私の息子みたいなもんさね。いつでも帰っておいで」


長い事滞在させてもらったお礼を女将に告げると女将は優しい目をして頷いた。

本来なら一ヶ月足らずでこの街を出るつもりだったんだけど結局数ヶ月も滞在してしまったのだ。

本当に女将には感謝しかない。


「女将さん。本当にありがとうございました」


隣にいるイリスはペコリと行儀よく頭を下げた。

この数ヶ月でイリスは顔色が普通の人と変わらないくらい良くなり痩せはほとんど改善され絶世の美少女になった。

性格も少しずつ明るくなって女将にすごく懐いていたので少し寂しそうにしている。


「イリスちゃんも私にとっては娘同然だ。レックスが変なことしたらとっちめてあげるから遠慮なく帰っておいで」


「うふふ、ありがとうございます。ですが私は私の全てをレックス様に捧げておりますので帰ってくるとしたらレックス様と共に戻ってきます」


そしてイリスをクランに勧誘したときからずっとこの調子である。

あくまでテンションが上がっているだけで一時的なものだと思っていたのにイリスの忠誠というか俺への気持ちは全く変わらなかった。

俺が褒めると顔をものすごく輝かせ、俺の過去を教えた時なんて目から光が完全に失われていた。

どうしてこんなことになったんだか……


「そ、そうかい……まあイリスちゃんが元気ならば私はなんでも構わないよ」


女将は少し引きつった笑みを浮かべる。

なんでそうなっているんだと聞かれたこともあったけど俺にもさっぱりわからない。

というかなんでこうなったのか俺が聞きたいくらいなんだが。


「それじゃあ出発するとしよう」


「はい。女将さん、どうかお元気で」


「いってらっしゃい。二人とも頑張るんだよ」


俺たちは長く世話になった宿屋に背を向け歩き出す。

ここから……黒白双龍団は始まるんだ──


◇◆◇


「レックス様、最初の目的地まであと半日ほどで到着いたします」


「そうか、ではここらで一回休憩を挟もう」


休憩にちょうど良さそうな場所を見つけ俺は異空間収納から食料やテーブルやら椅子やらを取り出す。

イリスは調理道具や食材を確認し料理の準備を始める。


「何か昼食にご要望などはありますでしょうか」


「ない。イリスが作ったものはなんでも美味いからな。任せるよ」


「あ、ありがとうございます……!」


イリスが顔を輝かせ、頬を少し朱に染める。

実際にイリスは女将から料理を習ったことでかなりの腕を持っており普通に美味しい。

俺が作るとなると量多めの味付け濃いめで男飯のようなものばかりになりそうなので繊細で丁寧に味付けをするイリスの料理がしみるのだ。


料理はイリスに任せ俺はテーブルと椅子を並べ始める。

しばらくするとイリスが料理を盛り付けた皿を持って机に並べていく。

今日はスープとパンらしく、初めてイリスを引き取った日に女将が作ってくれたものと同じものだ。


「美味そうだな」


「今日は自信作です。レックス様の舌に合えば嬉しいのですが……」


「イリスが作ったんだから美味いに決まってるさ。温かいうちに頂くとしよう」


俺とイリスは対面に座り食事を始める。

パンにスープをひたして食べれば野菜と肉の旨味がしっかりと出ていて控えめに絶品だった。

美少女が作った手料理という肩書も素晴らしく文句の付け所がない。


「美味い。また腕を上げたんじゃないか?」


「え、えへへ……そう言っていただけると嬉しいです。これからも精進いたします」


イリスは嬉しそうに頬を緩ませる。

こうして見るとイリスは年相応に普通の女子高校生にしか見えない。

ジパン人は本当に前世のアジア人にそっくりだ。


「レックス様、これからクランの仲間を探すのですよね?どのような人材をお探しなのですか?」


そう、この旅は黒白双龍団のメンバーを探す旅なのだ。

現状メンバーは俺とイリスの2人だけでこれじゃあとてもじゃないがクランとは言えない。

もうあの街には特に仲間にしたい人材はいなかったのでこちらからメンバーを探すことにしたのだ。


「絶対条件は強い意思を持っていることと信頼できることだ。才能も必要ではあるがこの2つに勝る条件は無い」


才能があるだけではダメなんだと蒼天の剣で俺は学んだ。

強い意思を持っていることはそれだけモチベーションを持って貢献してくれるはずだし、信頼できなければいざという時に自分の命なんてとてもじゃないが預けられない。

だからこそ、この2つは才能よりも大切な要素なのだ。


「なるほど。確かにレックス様の大志を成し遂げるには必須な要素ですね。まあ裏切り者が出ようものなら私が速やかに始末しますが」


イリスの目から光が失われる。

これは本気マジの目だ。

裏切り者は容赦なく殺ろうとするだろう。


「そ、そうならないようにあらかじめ見極めておこうという話だ。仲間だと思っていた奴に裏切られるのは心にくるしな」


「……申し訳ございません。不快な思いをさせてしまいました」


「気にするな。もう割と吹っ切れている。それに今の俺にはイリスがいるしな」


「レックス様……!一生お仕えしますから!」


や、やりすぎは良くないよな……

今でも結構重いのに更に重くなりかねない。

でも本当のことを認めないのはな……

そこから信頼関係にヒビが入るかもしれないし出来るだけ思ったことは伝えたいんだよな。


「ま、まあほどほどにしておけ。ご馳走様、美味かったよ」


「あっ……私がお片付けしますよ?」


「大丈夫だ。まだ食べたいんだろ?これくらいは自分でやるさ」


「あっ……ぅ……ありがとうございます……」


言い当てられたのが恥ずかしかったのかイリスは顔を赤くする。

イリスは食べるの大好きっ子だ。

大食いってわけじゃないけど味わってゆっくり食べるタイプ。

俺の食器を洗ってくれようとするイリスを止めて俺は立ち上がり水魔法を使って食器を洗った。


「ご、ご馳走様でした!」


俺がちょうど食器を洗い終わったときにイリスが食べ終わったらしく食器を持って立ち上がる。

そのときだった。

草むらが揺れ、中から何かが飛び出してくる。


「一角ウサギだな」


「ですね」


一角ウサギは一本の長い角を持った少し凶暴な魔物だ。

体はそこまで大きくないものの動きが素早く仕留めづらい上に角による殺傷能力も高い。

民間人からすれば結構な脅威だ。


「私が仕留めます」


「わかった。俺はイリスの分まで食器洗いをしておくから血抜きまで任せたぞ」


「お任せを」


この数ヶ月で俺はイリスを徹底的に鍛え上げた。

本当はここまで急ぐつもりもなかったんだけどイリス自身にすごいやる気があったのでかなり戦えるようになった。

というか才能の塊だ。

なにせ──


「やぁっ!」


イリスは一角ウサギが突進してくると同時に腰に帯びていた細剣レイピアを抜き放ち突く。

その剣は寸分の狂いもなく一角ウサギの首を貫き一撃で絶命させた。

……普通数ヶ月でこんな戦えるようになるか?

ありえないほどの成長スピードに鍛えた本人である俺もドン引きである。


「どうでしたか!?レックス様!」


「完璧だ。成長したな、イリス」


成長しすぎなくらいだ、と心の中で付け加えておく。

そんな俺の言葉にイリスは嬉しそうに目を細め胸の前で小さく拳を握る。


「レックス様のお役に立てるようにもっと頑張ります……!」


「頼りにしているよ」


重くなりすぎないように極力褒めたくない。

だがイリスが毎回毎回結果を残し努力を惜しまないため文句の付け所が見当たらない。

働きに報いないのは組織として崩壊の一途を辿るだけだ。


(もし未来に何かあったら未来の自分がきっとなんとかしてくれる……)


俺は問題を見て見ぬふりをして未来の自分に丸投げした。

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