第9話 異変(リチャード視点)

俺の名はリチャード=ドレイバー。

この大陸最大の国家、そして人類の国家のほぼ全ての国が加盟している世界同盟の盟主国であるドレイバー帝国の第1皇子である。


「あっはっは!ようやくあいつを追い出せたなぁ!」


今までは我慢の日々だった。

平民、それも身元もわからん戦争孤児なんぞと演技とはいえ話さなくちゃならんのは苦痛でしかなかった。

まぁ先ほど信頼していた俺から裏切られて絶望の顔を拝ませてくれたから許してやろう。


「うふふ……流石でございます。リチャード様」


俺の膝の上に座り首に腕を絡ませてくるこの女は聖女になるべく天に選ばれた元平民のナターシャだ。

元平民ではあるが聖女の箔は帝国第1皇子の相手としては申し分ない上にすぐにヤらせてくれるいい女だ。

顔も良いしスタイルだって良いのだからナターシャに捨てられたあいつが気の毒になってくるくらいだ。

まぁ俺がクビにしたんだけどな!


「あいつは平民のくせに調子に乗っていましたからなぁ」


「我々の実力でS級に上がっただけのゴミですよ。ナターシャ殿がいなければそもそもパーティーに加入させなかったでしょう」


他のパーティーメンバーも次々と同意する。

権力に取り入ろうとする下心が見え隠れしているもののあいつを早く消したかったのは本心で言っているようだ。

いやぁ……同じ意思を持った仲間が集まって俺は恵まれているものだな。


「全く持ってその通りだな。あいつができたことと言えばちょこまかと走るだけ!俺たちのように戦えやしないのだ!」


「ずっと何を考えているかわからない変な男でしたもの……あんな奴よりもリチャード様の女になれて私は嬉しいですわ」


今はとにかく気分がいい。

名実ともにナターシャは俺のものになり邪魔な奴もいなくなった。

しかも役立たずが消えたことで蒼天の剣は真の意味で最強になったと言える。

どんなクエストだって俺たちの敵じゃない。


「景気づけに一つクエストでも行くとしようじゃないか」


「それはいいですな。新生蒼天の剣の新たな門出となりましょう」


「今まで足手まといがいた分、今こそ我らの真の実力を世に知らしめましょうぞ!」


皆口々に同意し立ち上がった。

俺は満足して一つ頷き拳を上に突き上げる。


「俺たちの力を見せつけてやるぞ」


「「「応!」」」


◇◆◇


「S級クエストはあるかな?」


俺たちはクエストを受けるべくギルドまで来ていた。

蒼天の剣には個室の専用ブースが用意されており専属の受付嬢に詰め寄る。


「い、今はS級クエストは出ておりません。A級ならばございますが……」


「……しょうがないね。じゃあそれを受ける。急いで手配してくれ」


「は、はい」


受付嬢はパタパタと奥へと消えていった。

俺はため息をつき周りに誰もいないことを確認して仲間たちの方を向く。


「何が楽しくてあんな平民と話をしないとならんのか。あの無能もこういう雑用のときだけは役に立ったもんだよな」


「ぎゃはは!雑用に関しては一級品でしたからなぁ」


「いざとなれば奴隷でも買ってやらせればよいでしょう」


「はっは!下賤な者と会話などしたくもないが玩具にできることも考えればそれも良いかもしれんなぁ!」


人権を持たぬ奴隷どもに何をしようが合法。

昔は楽しくて何回も奴隷を買っては壊していた。

久しぶりにまたあれに興じるのもいいかもしれない。


「お、おまたせしました。手続きが完了しました」


「ありがとう。助かったよ」


「はぅ……こ、これくらいでしたらいくらでも!」


全くこの俺を待たせるとは何を考えているのだ……

ただ完璧イケメン皇子という面を被っているのでそんな苛立ちは表には出さない。

俺がちょっと微笑みかけてやるだけで女どもはすぐに従順になる。

全く楽なことこの上ない。


俺は受付嬢から書類を受け取り後ろの奴に渡す。

そいつは受け取るとすぐに書類に目を通し始める。


「ほう……氷獄不死鳥ブリザードフェニックスの討伐ですか……。強さも大したことありませんし場所もここから近い、更には報酬も良いです」


「なるほど。では今から出発するとしよう」


「あ、あの……下見や偵察などは必要ないのですか……?」


俺に意見するなという気持ちをなんとかこらえ笑顔を浮かべる。

あんな下見はレックスが勝手にやっていたことだ。

俺たちほどの実力があればそんなものは必要ないというのになぜそんな無駄なことをするのだ。


「大丈夫だ。我らに失敗などない」


「そ、そうでしたか……余計な口を挟んでしまい申し訳ございませんでした」


本当に余計な口だと思いつつその場を後にした。


……全く、二度と俺たちに意見などできないくらいの圧倒的な成功を収めてやろうじゃないか。


◇◆◇


「ここ付近でブリザードフェニックスは目撃されたようです」


パーティーメンバーの案内でやってきたのは見通しの悪い岩山。

ここには魔物の類はあまり存在せず静まり返っていた。


「『渡り』なので詳しい場所を割り出すのは難しいですがブリザードフェニックスの生態からしてここにいてもおかしくないかと」


渡りとは本来いるはずのない魔物が何らかの原因で違う場所で確認されること。

今回のケースで言えばブリザードフェニックスは本来雪原地帯など寒いところにいるはずだが縄張り争いなどに負けここまで渡ってきたというのが自然な流れだろう。


「ふん、我々にとってはブリザードフェニックスなど敵ではない、すぐに索敵魔法を展開しろ」


「「はっ」」


支援職の2人が返事をしてすぐに索敵魔法を展開する。

中々見つからないことも覚悟していたがそのときは想定よりも早く訪れる。


「っ!3時の方向、約500メートル先に巨大な魔力反応あり!標的の可能性が高いかと!」


「ふっ、そうか。では全員3時の方向に突撃。迅速に目標を排除するぞ」


俺の指示にいち早く反応したのは前衛職。

しかし手柄を立てたいのは皆同じで遅かれ早かれ全員ブリザードフェニックスに向けて走り出した。


『キエェェェェェェ!!!!』


「この咆哮……間違いない。奴だ」


走った先には、青い体毛に3メートルは超えているであろう体躯をした鳥。

A級の魔物で並大抵の強さでは対応することはできない。


「この程度、我らの敵ではない。すぐに倒すぞ!」


各々が攻撃を仕掛けようとしたその瞬間、ブリザードフェニックスの咆哮と共に数多くの魔法陣が現れた。

鋭い氷の刃が大量に降り注ぎ回避行動を行うが虚を突かれたせいで何人かは軽傷とはいえ血を流している。

それも本来ブリザードフェニックスは息吹ブレスは使えるが魔法は使えないはずなのだ。


「くそ……変異種か……ナターシャは怪我をしたものの回復をしろ。前衛と後衛で連携してあいつを倒すぞ」


変異種とは文字通り突然変異によって普通の魔物とは異なる特徴を持った魔物のこと。

想定外の事態に動揺が走るが精鋭の名の通り指示通りすぐに連携するべく動き出す。

しかしどこか上手くいかない。

肝心なところで連携は途切れ相手に付け入る隙を与えてしまう。

作戦もなく各々の力量での強引に突破を試みるもお互いが邪魔し合ってしまい上手くいかないのだ。


「なぜだ……なぜこんな雑魚もすぐに倒せない……!」


『キエェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!!』


耳をつんざく咆哮は空を埋め尽くすほど巨大な魔法陣を生み出した。

あまりの大きさに言葉を失う。

そして遅れながらもこの魔物は縄張り争いで負けてこの地に渡ってきたわけではないと知る。

明らかにこいつはブリザードフェニックスの枠組みを超えている。 


「ふ、防げぇぇぇ!!!!」


◇◆◇


その後、街には蒼天の剣によるブリザードフェニックスの変異種討伐の報が駆け巡った。

しかしある冒険者は言う。


蒼天の剣はS級冒険者を何人も抱えているにも関わらず実際は全滅寸前まで追い込まれていたと。


その噂は浸透するまでもなくかき消えたがそれを聞いた人々の心に目に見えないほど小さなくさびを残していった。

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