第8話 私の全ては貴方のために(イリス視点)
その人は不思議な人でした。
神聖な神の使徒と考えられ
最初は少なからず八つ当たりとはわかっていても恨んだ。
なぜ自分はこんな目にあっているのに同じくらいの年のその人とはこうも違うのかと。
でも……ジパン人である私に対して普通の人のように接してくれる、尊重してくれる不思議な人。
最初の嫌な気持ちが嘘のように消え、人の心の温かみが私の傷ついた心を癒してくれたのを感じたんです。
(この人なら……信じてみてもいいかもしれない……)
誰も信用できずにここまで生きてきました。
両親を失った私は人生のほとんどを奴隷で過ごし人の嫌な部分をこれでもかと見せられて、誰も信用できない中一人で頑張ってきたんです。
でも……誰かと過ごす喜びと温かみを知ってしまった。
今まではなんともなかったはずなのにご主人様と出会って人と共に生きる喜びを知ってしまった今、もとの生活に戻りたくないという気持ちが私の心の中を駆け巡るんです。
◇◆◇
ドラゴンを倒した日の夕方、私はご主人様に話があると言われた。
「イリスのこれからについての話だ」
ああ……捨てられてしまうのかな……
ご主人様は名のある冒険者みたいだし私がいると世間体が悪くなり迷惑をかけてしまう。
もっとそばにいたい。
ずっとお仕えしたい。
私は自分に言い聞かせてそんな気持ちに蓋をした。
「そう……ですよね。ご主人様にはたくさんご迷惑をおかけしてしまいました。売るなり殺すなり、お好きになさってください」
もうこんなに良い主人に出会うことはないだろう。
ならば最後くらいご主人様の役に立ちたい。
私は涙が出そうなのを必死にこらえてご主人様に伝えるとご主人様は首を横に振った。
ご主人様は神妙な面持ちをし新しく作るクランに入らないか、と勧誘してきた。
それだけでも驚きなのにご主人様はなんと副長を任せたいと言う。
「俺は誰も成し遂げられなかったことを成し遂げたい。そのためには心強い仲間が必要なんだ」
誰も成し遂げたことがないこと……
そのために私を仲間に……?
私は戦えませんし頭が特別良いわけでもありません。
なぜご主人様の目標を達成するために自分をスカウトするのか合点がいかずご主人様のそばにいられることが嬉しいはずなのに首を縦に振ることができなかった。
「で、ですが私はジパン人でこんな髪をしているんですよ……?」
私の髪は穢れの象徴。
誰もがこの髪を見て厳しい視線をぶつけてきたし暴力を振るわれたことも数え切れない。
拒絶されたら……と思ったら怖くなるのにご主人様に聞いてしまう。
ご主人様はどんな反応をするだろうか。
やっぱり嫌だと私に暴力を振るうようになるのだろうか。
それとも気持ち悪いと私を避けるようになるのだろうか。
私は聞いてしまったことを後悔してギュッと目をつぶる。
しかし結果は私の予想通りにはならなかった。
ご主人様は優しい目をして私の頭を撫でた。
「俺はそんなことは気にしない。とても綺麗な髪だと思うぞ」
「〜〜っ!?」
顔がかぁ〜っと熱くなる。
私のこの髪を褒めてくれたのは2人目だった。
嬉しさと照れでご主人様を直視できなくなってついご主人様から離れてしまう。
「も、もしイリスが入ってくれるなら……そうだな、クランの名は……」
ご主人様は一瞬言葉に詰まる。
それだけ言いにくい名前なのだろうか。
私は無言でご主人様の言葉を待つ。
「……黒白双龍団。俺が考えるクランの名だ」
その名前に……私は言葉を失った。
黒はジパン人を始めとした負の象徴であり人々に忌避される傾向にある。
主神教ではそんな黒に神聖の色とされる白を混ぜるのは黒が白を染めるとして反逆を表す。
世界同盟のシンボルにもなっている虎に対抗せし龍の名を冠する組織名……
誰も成し遂げたことがないこと……
ドラゴンを無傷で単独で倒すほどお強いご主人様が仲間を求めていること……
それらの疑問やご主人様の意味深な発言が一つの線で結ばれた。
まさかご主人様は……!
「どうした。そんなに驚くこともないだろうに」
驚かないほうがおかしいだろう。
ご主人様のさっきの言葉は言外に被差別種族を解放するために世界同盟及び主神教に宣戦布告をするという意味に他ならない。
そんな誰も考えたことがないような大志をいざ耳にし声が震える。
「………ご、ご主人様は本気で成し遂げる気なのですか?」
「当然だ。俺は誰も成し遂げたことがないことこそやるんだ」
一切の迷いなし。
その真剣な表情と覚悟に思わず
じょ、冗談なんかじゃない……ご主人様は本当にやるつもりなんだ……
力になれるならすぐにでも頷きたい。
でも今まで誰かに必要とされた経験がなくて本当に役に立てるのか不安になり尻込みしてしまう。
そばに置いてほしいと思ったからこそ失望させたくないのだ。
「わ、私なんかでご主人様のお役に立てるでしょうか……?」
捨てられたくない。
でも失望は絶対にさせたくない。
自分でもどうすればいいのかわからなくなってしまうのだ。
でもそんな私の不安を振り払うようにご主人様は笑った。
「俺が誘ってるんだからそんなことをお前は気にしなくてもいいんだがな。あえて言わせてもらおう。俺にはお前が必要だ、イリス」
その言葉を聞いた瞬間、すっと心が軽くなって涙が溢れてきた。
人生で初めて私を必要としてくれた。
認めてくれた。
そんな事実が嬉しくて涙が止まらなかった。
この人に私の全てを捧げよう。
自分でも正体のわからないドロリとした感情が私の心にうごめく。
私は涙を拭き、すぐさまご主人様に跪いた。
「ご主人様……」
「レックスでいい」
「ではレックス様。これより私、イリスは貴方様の剣となり盾となり身も心も忠誠も私の全てを捧げることを誓います。全ては貴方様のために」
私がどれくらい戦えるようになるのかわからない。
でも弱くても肉の盾くらいにはなれる。
なんとしてもレックス様の役に立ちたい。
一番の部下でいて、必要とされ続けたいのだから。
「む、無理する必要はないからな」
「無理などするはずもありません。貴方様のためになれるならばこの命も喜んで捨てますし妾にでも何にでもなりましょう」
奴隷だけど私の純潔はまだ残っていた。
穢れた人種であるジパン人に好き好んで手を出す人はいないからだ。
今ばかりはレックス様に引き合わせてくれて貞操を守ってくれた黒い髪に感謝する。
「記念にイリスにプレゼントをしよう」
ご主人様が異空間収納バッグを開き素材がクルクルと回り始めて光る。
その光景はとても美しく思わず見入ってしまう。
気づけばレックス様の腕には一つの軍服があった。
レックス様は笑顔でそれを私に手渡した。
「竜の皮で作った軍服だ。受け取ってくれ」
竜皮を使った服なんて高級すぎて頂けないと思ったがレックス様が私のためだけに作ってくれたと知ってつい受け取ってしまう。
えへへ……私のためだけに……
やだ……私今、絶対にだらしない顔しちゃってます……
「それじゃあこれからよろしくな、イリス」
「はいっ……!よろしくお願いします!」
私の全てはレックス様のために。
そして必ずやレックス様の大志を実現させるのだ。
こうして1人目のレックス狂信者がこの世に誕生することになる。
レックスがこの大きな食い違いに気づくのいつのことだろうか。
そしてレックスがなぜ言葉の意味に気付けなかったのか。
ある者の手によってそういったこの世界においての
魔の手は気づかぬ内に忍び寄っている──
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