プレイボール

〈ダウン・サイド〉のゲームコンテンツには、戦闘機を使ったものがある。単純な速さを競うレースや、射撃の腕を競うシューティングなど豊富なゲームが存在するが、使用する戦闘機は全てソリドゥスを使って購入する。お試し用のレンタル機体も存在するが、とてもゲームを続けられるような性能ではない。人によっては、ゲーム内容ごとに機体を変える者もいるが、私はどれも同じ機体を使っている。電脳空間を移動するときにも使用している戦闘機だ。

〈ダウン・サイド〉では、自動車だろうが飛行機だろうが船だろうが、移動のために消費されるエネルギーはない。しかし、ゲームとなるとマシンにはエネルギーの概念が付与される。現実と同じように、走れば走るだけ、飛べば飛ぶだけ、エネルギーは消耗し、ぶつかれば機体は損傷する。マシンのエネルギー総量や耐久性、搭載可能な武器などは、機体ごとに異なる仕様だ。現実世界と違い、物理法則は大雑把なようで、私はその限度を把握しきれていないが。

 とにかく、ゲームコンテンツをプレイするときには、電脳世界のマシンも、エネルギーを消費するというわけだ。

 アリエルが指定してきた『デスマッチ』は、戦闘機によるシューティングで、相手の機体を撃ち落とすゲームだ。プレイヤーは決められたエリア––––今回の場合は〈ダウン・サイド〉の都市サン・トゥアンヌだ––––のみしか飛行できず、エリアの端に到達するとアラートがなり、数秒以内にエリアに戻らなければ棄権とみなされる。プレイヤー以外のダイヴァーや建物は原則、戦闘に巻き込んだり破壊したりすることはできない。建物にプレイヤーの機体が接触した場合は、機体のみが破損する。ゲーム終了後、勝者の機体は格安のソリドゥスで修復されるが、敗者の機体は修復費用に余分なソリドゥスがかかる。

 撃墜するには、相手機体のヒットポイントをゼロにするという、言うなれば昔ながらのシューティングゲームと同じ仕組みだ。プレイヤーは実際には死なないとあって、コクーンの感覚共有によるリアリティシューティングは、ゲームコンテンツの中でもトップクラスの人気を博していた。

「アリエル––––やつのショートカットはわかった。向こうのホームゾーンに入れば現実世界の座標がわかる。すぐにログアウトすれば無駄なゲームはする必要ないな」私はバッグスにアリエルのショートカットコードを転送しながら言った。

「あんたはそれで満足かもしれないけど、あたしは火星にいる。実弾をやつにぶち込むことはできない。だったら、ここで撃ち墜とすのが心情じゃあなくって? 仮想の弾でも、撃たないよりはマシ。違う?」

「ようやく、あんたのことが好きになれそうだ」


 アリエルは下半身が魚で、両胸に貝殻をつけた人型ダイヴァーだった。連れの"スカイ・ハイ"は、海パン一丁で日焼けした筋肉質の肉体を見せびらかし、首にチェーンのネックレスをした男で、現実世界の人間でもダイヴァーでも好きになれない見た目をしていた。

 私たちはアリエルのホームゾーンでエリアの詳細を設定すると、各々のマシンに乗って〈ダウン・サイド〉に潜った。

 ショートカットでエリア間をワーブするとき、ダイヴァーは光の中へ潜っていく。電脳世界の海へ、始まりのダイヴィングだ。瞬きほどの一時、湧き上がる興奮を感じる。

 シューティング・デスマッチに参加すると、指定エリア内の各地点にランダムで転送される。チームメイトは同じ地点へと転送され、相手チームを捜すところからゲームは始まるのだ。

 光のトンネルを抜けると、電脳都市サン・トゥアンヌのビル群が見えた。

「ウォルバーグ地区のあたりか?」私は現実と変わらない〈ダウン・サイド〉の大都会を上空から見下ろした。

「ねえ、マルボロさん。あなた、シューティングは初めて? 〈ダウン・サイド〉の、って意味だけど」左耳のインカムから、バッグスの声が聞こえた。

「いや、前にやったことがあるよ。なぜだい?」

「あんたの機体。オメガF91でしょう? ちょっとカスタムしてるみたいだけど。クラシックもいいとこよ」

「クラシックの何が問題なんだ?」

「アストラナードとは違うってこと。リアルに見えても、あくまでもシューティング・ゲーム。わかる? ゲームなの。現実世界とは違って、動作にラグがある。こっちの世界特有のね。いい? 〈ダウン・サイド〉ならではの感覚が必要なの」

「勉強になるよ」

「茶化さないでよ。真面目に言ってるの。いい? シューティング・ゲームは、機体の選択が勝率にも大きく影響する。性能がいい機体っていうのは、それだけで脅威になる。乗っているのが素人だったとしてもね。相手の機体耐久が最高クラスなら、F91じゃあ百発当てないと墜とせないかもしれない。相手の武器性能が最高クラスだったら、一発当たればゲームオーバーってこともあり得る。油断しないで」

「直前にチームメイトを脅すなよ」

「気合を入れてあげたのよ」

 私たちはウォルバーグ・ストリートのビルの隙間を低空飛行で飛ぶ。街を行き交うダイヴァーたちの姿が眼下に映る。ここが現実世界であれば、高層ビルが建ち並ぶウォルバーグでこれほどの低空飛行は不可能だ。そもそも、飛行自体が厳格に規制されている。〈ダウン・サイド〉ならではの景色だ。悪くない。電脳世界に没頭する人間の気持ちが、少しだけわかったような気がした。

「マルボロ! 呑気しない」

 レーザービームが飛ぶ。私はすんでのところで光線を躱した。バッグスの声に反応していなければ、まともに喰らっていたかもしれない。

「早いな。もうこっちの居場所がわかったのか?」

「機体を見てみなよ。プロビデンスAF61! 高性能機体よ」

「だが、パイロットの腕はイマイチのようだ」私は旋回しながらレーザービームを連射した。

 光線の幾つかは敵機に着弾したが、モニターに表示されるヒットポイントが下がったようには見えない。

「おいおい、冗談だろう?」

「だから言ったでしょ! あんたのオメガじゃ、あいつはびくともしない。墜とせっこない」

「どうかな? やつが無敵だとは思えない。無敵じゃあないってことはどこかにつけいる隙があるってことだ」

「格好いいこと言ってるところ悪いけど、もう一機来たよ」

 プロビデンスAF61の背後から、現れたもう一機は、見るからに暴力性を帯びた刺々しい機体だった。

「あれの機体は"針1000"っていうのかい?」私は軽口を叩いたが、バッグスは口調を緩めることはなかった。

「グリッツB55。高火力機体ね。しっかり見ときなさい。一撃でも喰らったら、あんた終わりよ」

「耐久性はそれほどでもない? だったら、俺が狙うのはグリッツの方がいいのかな? 人魚と海パン、どっちが乗っているのかは知らないが」

 しばしの沈黙の後、バッグスは言った。「いいえ。グリッツは私がやる。私のシマント40010は、グリッツB55とほぼ同性能。勝ち目があるのは私の方だと思う」

「オーケー。じゃあ、俺はプロビデンスとやらをやればいいんだな?」

「いいえ。プロビデンスもあたしがやる」

「ほう。そうすると俺は?」

「墜とされないように逃げ続けて。最後にあんたが残っていれば、勝つのはあたしたち」

 光線が飛ぶ。レーザーは高層ビルに着弾したが、電脳ゲームのビルは崩れることもなければ、ヒビが入ることもない。妙な気分だ。

 私たちは東西に分かれて攻撃を回避した。東に飛んだ私の方を追ってきたのは、大型の機体––––プロビデンス。まあ、どちらでも歓迎だ。

 無線でバッグスが何か言っていたが、私は聞くつもりはなかった。

 背後からの光線を避けながら、私はビルの隙間を加速していく。"狼の心臓"に比べると物足りない加速だったが、ある程度敵機を引き離すことはできた。やはり、パイロットの腕はないに等しい。がむしゃらに放たれるだけの電子の線がそれを物語っている。

 最初こそ、ビルに着弾するレーザーと地上にいる民間人に気を取られたが、どうしたって破壊されないことを脳と肉体で理解すると、ゲームの世界に集中することができた。

 連射できるレーザービームと、溜めの時間を要する代わりに高火力なチャージビーム。そして、投下型のボムとミサイル型のボム。基本武器はその四つで、敵機が使う武器もそれしかなかった。私が使える装備と同じだ。もっとも、威力は桁違いなのだろうが。

 ボムでも建造物やプレイヤー以外のダイヴァーに危害を加えることはできなかったが、爆発後に多量の煙が散布された。ボムの種類によって、黒煙と白煙の違いがあるようだ。が、攻撃力の違いまでは読みきれなかった。それでも、副次的効果で煙が発生するというのがわかったことは、大きな収穫だ。

 私はオメガF91のステータスを確認した。各性能の数値が表示されたが、それが高いのか低いのかはよくわからなかった。数値の隣に表示されるランクがCやBとなっているところを考えると、高性能というわけではないのだろう。

 ビルの上空を飛行しながら、ボムの項目を見る。レギュラーボム五発。ミサイルボム二発。エクストラボム一発、と記載があった。この機体のどこにそれほどの爆弾を積めるのかはわからなかったし、エクストラボムがどういった爆弾なのかもわからなかったが、とにかく、計八発は爆弾が放てるらしいことはわかった。

 私は加速しながら宙返りし、進路を正反対に切り返した。肉体にかかる重力にはリアリティがあったが、本物のGには遠く及ばない。

 宙返りしながら操縦桿の射撃ボタンを押しっぱなしにして、レーザーをチャージする。向かってくる敵機プロビデンスを視認すると、すぐにチャージ弾を放つ。

 ビームは敵機に着弾した。が、コックピットのモニターで確認できるヒットポイントゲージは、あまり減少しなかった。

 敵は、それを大いに理解しているのだろう。私の攻撃を避ける気配は見られなかった。何発喰らおうが屁でもねえ、といったところか。

 試しにミサイルボムを撃ってみたが、これもまたそれほどのダメージにはならなかった。

 それでも、気がつくと私は敵機の背後をとり、優位な攻勢を展開した。きっと、やつには危機感がないのだ。私の––––低性能のオメガを舐め腐っているのだ。

 バッグス・"ラビット"が宣言通りグリッツ何某を墜としてくれれば、二対一の構図となり、私たちは協力して残りの一機を撃墜することができるのかもしれない。だが、私はその戦略が気に食わなかった。私を舐め腐っている人魚––––あるいは海パン––––の態度に血液が沸騰していた。

 ステータスを確認してレーザービームの弾数に制限がないことを知った私は、連射し続けながらプロビデンスの背後を飛んだ。ダメージが少ないことはわかっていたが、撃たないよりはマシだ。

 ブルーリボンズ・スタジアムの上空にさしかかった頃に、ようやく敵機のヒットポイントゲージが視認できるくらいに減少した。残量を考えると気が遠くなるほどだったが。

 眼下のスタジアムでは、野球の試合が行われていた。それが公式のゲームなのか、私たちのようにプレイヤーによるゲームなのかはわからなかった。

 私が電脳野球の試合に気を取られた隙に、敵機は尾翼から網を射出した。魚の群れに向かって投げるような網を。私はその網を躱したが、敵機はさらなる何かを撃ってきた。通常のレーザービームではない何かだ。

 それが何かはわからなかったが、少なくとも光線の一発はオメガに着弾した。右翼を掠る程度だったはずだが、ヒットポイントゲージは目に見えて減少した。これが機体性能の差というやつなのだろう。翼が折れなかったのが幸運だったのかもしれない。

 大型機にもかかわらず、敵機は俊敏に旋回し、私の背後についた。追いかけっこの構図は反転した。

 敵機の攻撃を躱しながら、私は再びビル群に逃げ込んだ。

 プロビデンスのパイロットに、ビルの隙間を高速で抜け切るだけの腕はない。そして、攻撃が効かなくとも効果的な撃墜方法だけは知っていた。

 私はフリーダム・タワーめがけて一直線で加速した。背後から、敵機が追ってくる。トップスピードを維持したまま急上昇し、タワーの側面を走るように飛ぶ。身体に振動が伝わってきたが、実際の宇宙で締め付けられるようなGはない。こんなものは負荷でもなんでもない。

 上昇しながら、ボムを投下した。プロビデンスの機体に爆発のダメージはないだろう。が、煙幕で急に視界が遮られた中で、まともな飛行ができるだろうか。想定通り、敵機はタワーに激突し、機体を損傷させていた。このゲームでは、どんな機体でも障害物に激突したときは大幅なダメージを喰らう。だから、敵の自滅を誘うのが劣勢機体の効果的な戦い方なのだ。

 敵機が煙を抜け出したとき、私はすでに方向転換し、やつの方を向いていた。すれ違いざまに、ミサイル型のボムを放つ。ダメージはあまりない。が、思ったよりはヒットポイントゲージが減少している。機体が損傷したことで、ヒットポイントの減少率が増加したのだろう。

 私は低空飛行で街中を駆け抜ける。血相を変えたプロビデンスが、信号機を薙ぎ倒しながら追ってくる。パイロットの顔も、現実世界の人間の顔も見えなかったが、真っ赤に茹で上がっていることは容易に想像できた。

 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるという言葉があるが、あれは嘘だ。まぐれなんてものはそう簡単には起こらない。現に、やけくそになって撃ってくる敵のレーザービームは、一発も私のオメガには着弾しなかった。

 いい鉄砲は撃ち手を選ぶ。どれだけいい戦闘機に乗っていようと、パイロットの腕がなければ、大砲は暴発するだけだ。

 私は陸橋の手前でボムを投下し、再び煙を撒くと、機体を傾けて陸橋の下を潜り抜けた。頭に血が昇っている敵は、無謀な操縦のまま煙に囚われ、陸橋に激突する。大型の機体で、陸橋をくぐり抜けることはできない。両翼が損傷し飛行ができなくなれば、ゲームオーバー。衝突の衝撃でコックピットが爆発すれば、ゲームオーバー。どちらにせよ、やつは終わりだ。振り向かなくとも、私には結果がわかっていた。

 さて。バッグスは逃げていればいいと言ったが、残念ながら私はそんな物分かりのいい性分じゃあない。

 私は二機を捜して街の上空に浮上した。

 探知レーダーが機体を捉える前に、バッグスの声が無線に響いた。

「離れていろって言わなかった?」

「安心しな。プロビデンスとやらは墜とした。あんたの戦いを見物しにきただけさ」

「冗談言っている暇はないの」

「冗談を言っているように聞こえるかい?」

 バッグスのシマントも、敵のグリッツも視認することはできなかった。私はレーダーが反応する方に飛ぶ。

「やつはデビルランチャーを搭載してる」

「最初にその間抜けな名前をつけた人間を見てみたいよ」私は煙草を探してポケットに手を入れたが、電脳空間だということを思い出した。残念ながら〈ダウン・サイド〉に喫煙の概念はない。「そのデビルランチャーってのはそんなにやばい武器なのかい?」

 バッグスからの返事はない。

 しばらくして、「検索して!」と怒鳴るような声が聞こえた。

 サイバーウオッチで『ダウン・サイド デビルランチャー』と検索すると、トップ項目で簡単な説明が表示された。それによると、一撃必殺の武器らしい。

「ほとんどすべての機体を一撃で墜とせる兵器? チートってやつじゃあないか。ほとんどすべての機体ってのに、君の機体は含まれているのかい?」

 返事はない。

「デビルランチャーってのは、一発しか撃てないそうじゃあないか。だったら、無駄撃ちさせればいい。手伝おうか?」

 またしても返事はない。代わりに、爆発音が聞こえた。続いて、光が走る。私をめがけて飛ばされた攻撃だった。機体を傾けてやり過ごす。

 が、私のオメガは機体制御ができなくなった。ヒットポイントゲージが減っていき、機体は降下を始める。走馬灯はなかった。ジェットコースターのような浮遊感があっただけだった。私は、煙草が吸えたらいいのに、と思った。

 地面が迫る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る