楽園と墓場の守護者 その3

 次に電話が鳴ったとき、私は宇宙にいた。

「やあ、ダン」電波に乗って、音声AIで生成された声が聞こえた。

「"キャットハウス"」私は肉声で応じた。「今日は男の声なんだね」

 小さく笑う声がした。「私は生身の人間を信用しないからね。おっと、気を悪くしないでくれよ、ダン。君を信用していないわけじゃない。ただ、人間という生物が好きになれないだけなんだ。私自身も含めてね」

 私は電話口で肩をすくめた。「俺と君はビジネス上のパートナー。仕事さえ信用できれば、それでいいんじゃあないか? ただ、AIで声を作るなら女の声にしてもらいたかったね」

「それがお望みならば」"キャットハウス"の声が色気を帯びた。

「聞き覚えのある声だ。そうだな、誰しもが知っているような声、とでもいうのかな」

「さすがね。これは女優オードリー・ヘプバーンの音声データから生成した声なの」大女優の声が私の耳元で囁いた。「満足かしら?」

「どうかな。君なら、もう少し満足させてくれると思うが」

「残念だけど、天使の裏アカは特定できなかった」

「そうか」

「でも、限りなくそれに近いものなら見つけられた」

「焦らすなよ。詳しく訊かせてくれ」

「〈ダウン・サイド〉ってあるでしょ。あそこで"エンジェル"の痕跡が見つかった。断定はできないけれど、限りなく近い。"ダイヴァーネーム"は"ロイ"。実世界で、天使の兄だった人物の名前と同じ」

「だった?」

「十年前の輸送船事故を覚えてる? 惑星間移動の民間宇宙船が消失した事故」

「ああ、当時は大きな話題になった。確か、木星に向かう船だったんじゃあないか? 原因は今もわかっていないと聞く」

「原因はともかく、三年後に船は見つかっている。遺体も確認された。パーネル一家も、その中に含まれている」

 私は無言で煙草に火をつけ、続きを待った。

「ロイ・パーネル。アンジェラ・ロメロの異父兄弟もその船に乗っていたってわけ」

「どうやって調べたのかは知らないが、君が言うならそうなんだろう。それで? それとアンジェラのアカウントに何の関係があるんだ?」

「発見された民間宇宙船からは生存者も確認されているの。その一人が、メイ・パーネル。アンジェラ・ロメロの妹にあたる人物ね。彼女は今も入院している。発見されてから、一度も意識が戻らないまま。入院費用はどれだけかかるのかしらね」"キャットハウス"はわざと長い間を置いた。

 私は煙草を燻らせ、辛抱強く続きを待った。

「〈ダウン・サイド〉の"ロイ"というアカウントから、定期的な入金が確認できた。入金先は、木星圏エウロパのヴァームス総合病院。メイ・パーネルの入院先よ。死んだ兄と同じ名前のアカウントから、毎月暗号通貨が入金されているの。そして、去年の夏頃を境に、ぱったりと入金が止まった」

「アンジェラ・ロメロの死亡した日と重なるな」

「でも、さっきも言ったけど、"ロイ"が"エンジェル"だとは断定できない。それだけの裏付けはないの」

「俺にはそれで十分だと思えるけどね。"ロイ"について、君の見立ては?」

「他人を思いやる愛情深い人間。自分よりも家族、兄弟を愛する人間。とても他人から恨みを買うような人間とは思えない。ましてや、殺されていいはずなどない人間。まあ、全てAIが導き出した人物像だけどね」

「機械と数字は嘘をつかない」

「ええ、もちろん」女の声が少しだけ笑う。「でも、算出された結果だけで判断できないのが人間という生き物。それは理解している。良し悪しの議論はともかく、私はそういうところが嫌いなの。人間という生き物が嫌い」

「安心してくれ。俺は議論をするつもりなんてない。君の答えが聞けただけで満足だ」

「そう。じゃあ、報告はこれで終わり。一応、"ロイ"のダイヴァーIPも教えてあげる。死んでいるアカウントだから、得られるものはこれ以上ないと思うけれど」

「それでも、助かるよ。報酬はいつも通り、火星ドルでいいかな?」

「いえ、今回は暗号通貨にしてもらおうかな。そうね、"ソリドゥス"にしてくれる?」

「君が望むのなら」

「じゃあまた、次の依頼をお待ちしています」私が返事をする前に、"キャットハウス"は通話を切った。

 煙草の煙が、星の間を流れていく。

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