楽園と墓場の守護者 その2
電話が鳴ったのは夜半すぎ、"マンモス"のサンデッキで、星に向かって紫煙を吹きかけているときだった。
「トイトイ」耳にかざしたプリペイドフォンからギャヴィンの声が聞こえた。
「四暗刻」私は答えた。
古い暗号だ。電話した側が『トイトイ』と投げかけ、受け取った側は、周りに誰もいなければ『四暗刻』、通話の内容が聞こえる範囲に誰かがいれば『三暗刻』と答える。麻雀好きのギャヴィンが考え出し、私たちの間での暗号になった。ポンやチーでもよさそうだが、四暗刻と三暗刻になった理由はわからない。きっと、ギャヴィンが言いたいだけだ。
「繋がってよかったぜ。三時間前、マーズ・ターミナルから例の写真の男たちが出航した。申請データの行き先はエウロパになっちゃあいるが、飛んで行った方角はとても木星領域に向かうとは思えねえ。おそらく、セクターYだ」
「根拠は?」
「防犯カメラとSNSってところか? 詳細は企業秘密って言っても信じるか?」
「信じるよ。セクターYで連中が向かいそうなコロニーに心当たりは? 勘でもいい」
「〈エウレカ〉……いや、違うな。〈ヴィルグレーヴィア〉。そうだ、〈ヴィルグレーヴィア〉だ」
「おいおい、確かなのかい?」
「ああ、きっと、おそらく、間違いねえ」キーボードを叩く音と、マウスのクリック音が聞こえた。「ターミナルの利用者が、ゴミの星に行くって話を訊いたらしい」
「きっと、おそらく、ねえ」
「別に信じてもらわなくて結構だ。俺の報酬に変わりはねえんだしなあ。そうだろう?」
「あんたがそう言うなら信じるよ」ギャヴィン、と呼びそうになって言葉を呑んだ。プリペイドの電話を使うときは、なるべき名前を呼ばないようにしていた。
「写真にあった三人を含め、五機のアストラナードを載せた輸送船がセクターY方面へ出航した。今言える情報はそのくらいだな。満足か?」
「ああ、ミック・ジャガーの声が聞こえるようだよ」
「それじゃあ満足できてねえじゃねえかよ」
「セクターYに〈ヴィルグレーヴィア〉が漂っていて、連中がそこへ向かっているっていう情報は信用している。でもな、セクターYの宇宙領域で座標のわからない暗礁地帯を見つけ出すなんてことは不可能に近い。宇宙がどれだけ広いと思っている? おまけに、暗礁地帯は不規則に動くんだ。グラウンドに落としたコンタクトレンズを探すよりも難しい」
「座標がわかればいいんだろう?」
「わかれば、ね。……わかるのか?」
「確証はねえな。でも、試してみる価値はあると思うぜ?」ギャヴィンはグラウンドに落としたコンタクトレンズの捜し方を口にした。
「なるほど。〈ダウン・サイド〉か」
「"ダイヴァー"を追えば、あんたの目的地がどこにあろうが関係ない。落としたコンタクトレンズを探すには、あらかじめつけておいた発信機を辿ればいいってわけさ。そんなもんを目玉につけたくはないがね。ま、宇宙船さえあれば見つけられるんじゃあないか? アストラナードを運べるくらいでかい船がな。必要なら、船の手配もできるが?」
「そっちは大丈夫だ」
「そうかい。それじゃあ、ダイヴァーのIPアドレスを送ってやるから、あとは好きにしな」
「助かるよ」
「礼はいいから金をくれ」通話口から咀嚼音が聞こえた。ホットドッグでもかじっているのだろう。きっと、おそらく。「武運を祈ってるぜ」
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