楽園と墓場の守護者 その1
ニューカラント州ベルフラワーに着いた頃には、すっかり日が沈んでいた。街には星明かりに負けじとネオンが輝いていたが、リーランド・ベルがいるのは、街灯の少ない街はずれの荒地だった。国道沿いの荒野で光を放っているのは、無人の補給ステーションと、戦艦"マンモスの墓場"だけだ。
私は"狼の心臓"を、ファナナは"灰色熊の爪"を"マンモス"の格納庫にしまった。
戦艦"マンモスの墓場"は、宇宙戦闘機を十〜十三機乗せることができた。その他の宇宙戦艦と異なるのは、宇宙空間での長距離長期間移動に加え、地上では整備工場となるところだ。リーランド・ベルは、飛行機乗りの間で伝説とも称されるほどの腕を持つ整備士でもあるのだ。
凄腕の整備士として名の通ったリーランドだが、整備の店を開くのは不定期だった。どの惑星のどの場所で整備工場を開くのかは、そのときの気分次第。太陽系を思うままに旅し、行く先々でマシンを診る。飛行機、自動車、船、乗り物であれば、彼はなんだって整備できた。不規則な商売だったが、確かな腕のおかげで、どこで店を開けても繁盛していた。
ホームページもなければSNSのアカウントも持たないリーランドの"マンモス"に、予約という概念はなかった。マシンを診てもらえるかどうかは、そのときの状況次第だ。
が、友人に関しては別だ。向こうから歩み寄ってきてくれることはないが、こちらから出向けば、優先的に整備をしてくれる。
「"灰色熊"は状態がいいな。ファナナ、おまえさんが軍を辞めたってのは嘘じゃあないみたいだな」リーランドは片手で短い白髪をかきながら、もう片方の手で"灰色熊"に触れ、"狼"に触れた。「それに比べて、なんだ? ダン。わしが"狼"を診たのはついこの前だったと思うがね」
「ああ。半年をこの前と呼ぶのならね」
「"狼"の悲鳴が聞こえやしないか?」リーランドは小さく笑った。
「歓喜の遠吠えだと思っていたよ」
「減らず口め」リーランドは一通りマシンの外観を眺めると、耳に挟んでいた煙草を咥えた。「ま、二機とも時間はかからん。早速取り掛かろう。欲しい武器があれば、アニーに言え。用意できる保証はないがな。空き部屋はクララベルに訊いてくれ」
リーランド・ベルは人間の助手を雇わない男だった。庶務雑務や整備のアシスタントは、ドローンかアンドロイドの仕事だった。アニーとクララベルというのも、アンドロイドの名前だった。アニーは装備品の在庫・発注管理を、クララベルは客室の管理を担当しているようだった。
客室、というのは"マンモスの墓場"の後部ヴァカンス・モジュールにあり、マシン整備の依頼者が滞在できるようになっていた。大抵、店は郊外に開かれるため、マシンを整備に出すと、街までの足がなくなる。ヴァカンス・モジュールはそんな客たちのために用意されたカプセルホテルだった。タクシーを呼ぶことも車やバイクをレンタルすることもできるが、それを面倒臭がる客も多く、リーランドとしても、宿泊代という収入が加わることに文句はなかった。
「ぼったくられるのかと思ったよ」私はヴァカンス・モジュールに併設されるミニバーでボトルビールを呷った。
「なんだ? ダン、おまえ"マンモス"に泊まるのは初めてか?」ファナナはボトルビールを口にあてながらバーカウンターの方を指差した。「ヴァカンス・モジュールはカフェスペースの方もアンドロイドが管理しているんだ。金銭に偽りはないぜ」
「あんたの方こそ、最近のアンドロイド事情を知らないのかい? AIの技術が上がりすぎたせいで、ぼったくりもプログラムできるんだとさ」
「そりゃあ知っているがよ。そんなことを言い出したらなんでもかんでも疑うことになる。何も信じられないぜ?」
「疑うことと信じることは表裏一体。同義みたいなもんさ。信じたいから、まやかしじゃあないと疑って、信じられるものを見つけるんだ。考えもなしに信じるなんていう方が無責任でどうかしているよ」
ファナナは肩をすくめてボトルビールを飲み干した。
「それで、わしのことは信用してくれるのかな?」インディゴのつなぎ––––それが何色なのかは想像もできないが––––をオイルで汚し、黒ずんだポケットモンスターのタオルを頭に巻いたリーランドが、私たちの隣に座った。
「整備は終わったのかい?」
「今日の分はな。闇雲に仕事を続けても、疲労が溜まるだけだ。一定のキャパを超えると、パフォーマンスは落ちていく一方だ。人間は、ただただ長い時間働けばいいってもんじゃあねえのさ」
「それでアンドロイドを従業員に?」ファナナが訊いた。
「ま、そういうことにしといてくれや」
「あんまり過酷な労働をさせてると、アンドロイド愛護協会が乗り込んでくるかもしれないな」私は笑って煙草に火をつけた。
「そんなもん、訊いたこともねえ」
「近頃はどんなものにも協会ってのがあるのさ。太陽系の常識だよ」
リーランドは耳に挟んでいた煙草を咥えた。私は、その煙草に火をつけてやる。
「ときに、ダン。そんなくだらねえ話をしにきたわけじゃあねえな? "狼"だって、急を要するほど傷んじゃあいねえ。なんの用があって来た?」
「船を出してほしいんだ」
「立派な船があるじゃあねえか。それとも何か、"狼"じゃあ不満だってのか?」
「不満なわけがないだろう? アンゴルモアを温存しておきたいんだ」
「どこまで行くつもりなんだ?」
私は天井のずっと先を指差した。「そこがどこにせよ、戦えるだけのエネルギーは残しておきたい」
「わしは戦える歳じゃあないぞ」
「戦ってくれなんて言ってないさ。俺を運んでほしいんだ」
「ちょっと待て」ファナナが割ってはいった。「ダン、おまえの目的地が俺の考えている場所と同じだとするなら、運ぶのはおまえだけじゃあなくて、"俺たち"なんじゃあないか?」
私は肩をすくめて応えた。
「行き先も決まってないっていうのに、よくもまあそんな頼みを口にできたもんだ」
「リーランド」
「わしの出発とおまえたちの出発の日が重なったんなら、望むところまで運んでやるさ」リーランドは吸い殻を灰皿に捨て、新しい煙草を耳に挟んだ。どうしてそうするのかは知らないが、それが彼のスタイルだ。
「恩に着るよ、リーランド」
「着るんじゃあないよ、気色悪い」リーランドはアンドロイドたちに何やらコンタクトをとると、カフェエリアを出て行った。
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