しみったれた推理
「おいおいおいおい。ダンよ、確かに俺はゼペタを探ってくれとは言ったがよ、〈教団〉に喧嘩を売れなんて言ってないぜ」スギサワは煙草の煙を吐きながら言った。
「売るなとも買うなとも言われていない」
「それはそうだがよ。言わなくても普通わかるだろ。あの〈教団〉がやばいってことくらい」
「そうだな。グレープの検索機能にもそう言われたよ。高額献金に霊感商法。とても二十二世紀の話とは思えない」
「だが、それが現実だ。何世紀も前から続く宗教問題。住む惑星が変わっても、何一つ解決しねえ。正教の信徒は政府のお偉いさんにも多い。だからまともに調べられねえみたいだぜ」
「みたいだぜって、他人事だな。あんたがその気なら、手伝ってやってもいいよ」
「いいや、結構。〈教団〉絡みは法務省の仕切りだ。正義感だけで首を突っ込むほど青臭い人間じゃあないんでね」
「もう突っ込んじまっているかもしれないけどね」
私たちは示し合わせたように紫煙を吐き出した。
我々がいるのは、ウエストヴィクトリア州ヴィクトリアにあるヴィクトリアドームの喫煙ルームだった。グラウンド側にはガラス窓が設けられていて、喫煙しながらでも野球観戦ができた。入り口がある通路側には、二台のテレビモニターから試合中継が流れていた。
試合は五回の裏、一点を追いかけるヴィクトリア・レッズの攻撃が終わったところだった。グラウンドには選手たちに代わって入ったレッズ・ダンサーズたちがパフォーマンスを始め、その傍で職人たちがグラウンドを整備していた。喫煙室が最も混み合う時間だ。
私は煙草を捨て部屋を出ようとしたが、スギサワは新しい煙草に火をつけた。六回の表は、我がウインズロウ・レックスの攻撃。それも、指名打者イグチから始まる上位打線だ。追加点が期待できる瞬間は、内野席で観ていたかった。
「火星正教ってのは元々普通の宗教だったんだ。火星で発展した信仰だ。信仰のために金を払えなんて教えはなかった。むしろ金という人工物を嫌っているような印象だな。教会だって貧乏ったらしいような質素なものだった。それがいつからか派生した火星エデン正教ってもんができた。正式な名前はもっと長かったような気がするが……覚えてねえな。俺はどっちも信仰してないんでね」
「火星正教とは別物なのか?」
スギサワは煙を吐きながら頷いた。「正教って名前を使ってるのがたちが悪いよな。間違えるのも無理はない。というか、勘違いさせるためにその名前にしたとしか思えない。エデンがどこからきたなんなのかは知らないが。とにかく、火星正教と火星エデン正教は別物だ。おまえ、教会に入ったんだろう? 豪華絢爛って感じがしなかったか? やつらは金が大好きだからな。とても同じ信仰から育ったとは思えない。エデン正教の方は、すでに火星正教を遥かに超える資金力があるって話だ」
「火星正教の方も、動物を穢れた存在と考えているのかい? 例えばイノシシなんかを」
「ああ?」スギサワは眉を顰めた。「食事面ってことか? 詳しいことは知らないが、イノシシの話は聞いたことがねえな。それがどうした?」
「別に。ちょっとした興味本位さ」
グラウンドではパフォーマーたちに代わり、選手たちが戻ってきた。テレビモニターの野球中継では、洗剤のコマーシャルが流れていた。
「〈教団〉ってのはエデン正教の信仰団体のことを指すんだね? それと関わりがある政府のお偉いさんってのも勘違いしてエデン正教とやらを信仰しだしたのかい?」私は煙草に火をつけた。
「いや、多分違う。火星正教すら信仰していないんじゃあないかな。いや、もしかすると火星正教信徒に近づいたのかもしれない。なんにしても、信仰のために〈教団〉と関わっているんじゃあない。選挙のためだ。選挙ってやつは金も人手もかかるだろう? アンドロイドが何台いたって足りねえ。それを、〈教団〉の信者が無償でやってくれるんだ。それがエデンへ行く方法だと信じているから、恐ろしく従順で勤勉らしいぜ」
「なるほどね。わかりかけてきたよ。〈教団〉の信者たちの票があれば、選挙は有利に進むだろうね」
「勘がいいな。ヤクザなんて辞めて、探偵でも始めたらどうだ?」スギサワは嫌味ったらしい笑みを浮かべた。
「とっくに足を洗ったよ」私は肩をすくめて答えた。
「連中は〈教団〉がどんな方法で金を集めているかなんて知ったこっちゃない。庶民が苦しもうが野垂れ死のうが、それよりも選挙に勝つための票が欲しいのさ。アンドロイドに投票権はねえからな。法務省や捜査機関がまともに動かないのもそれが原因だよ。火星政府から圧力がかかってんのさ」
「政府の全員が〈教団〉と関わりがあるってわけじゃあないだろう?」
「そりゃあそうだろうが、閣僚の半分は黒だと思うね」
「ビンゴブックに載るなんてことは、地球に再び隕石の雨が降るよりもなさそうだな」
歓声が沸いた。音につられてグラウンドの方を見ると、イグチは二塁で拳を掲げていた。レックスの攻撃はいつの間にか始まっていて、六回先頭のイグチは期待通り二塁打を放ったようだ。
「〈教団〉と政治家の癒着はわかったよ。そこにゼペタのようなチンピラギャングが出てくるのはどうしてだ?」
「こっちが聞きたいね。信者を従わせるために〈教団〉がサタン役として雇ってるんじゃあないか?」
「あるいは殺し屋として」私はグラウンドに目をやりながら言った。続くマーチンもヒットを打ち、レックスは無死、一、三塁のチャンスを迎えていた。「あんた、パラディーノとゼペタが関係してるって言ってなかったか?」
「ああ、言ったさ。ゼペタはパラディーノとも〈教団〉とも連んでる。それだけのことだろう?」
私たちは並んで、グラウンドを見ながら煙を吐いた。
レックスはアルカンタラのタイムリーで一点を追加し、無死、一、二塁としていた。
「あんた、"短剣"のタトゥーについて思い当たることはあるか?」
「ああ? ムショの話か?」
「そう思うよなあ」
「なんだ? 違うのか?」
「いや、多分ムショのタトゥーだ」私はアンジェラ・ロメロ殺害事件について調べていることを手短に話した。
「ああ。例の"エンジェル"の件か。残念だがロクな資料は残ってなかった。SNSも裏アカウントも割り出せてねえ。タトゥーなんてもってのほかだ。まるで手がかりがない。捜査は一応継続しているが、期待は薄いぜ。俺は"黒薔薇"の噂だって訊いたことはねえ」
「どうせダメもとさ。ところで、〈教団〉から通報はあったか? エデン教会で銃撃があったっていうような」
「いいや」スギサワはコズミックフォンを操作しながら言った。「おまえから話を訊いた後、教会に地元警察をやったが、窓が割れているだけで、死体も血痕もなかったそうだ。鑑識をやったわけじゃないからな。ルミノール反応やらまでは調べてねえ。観光客から騒がしいと通報があったってテイで見に行かせたにすぎない。窓が割れている件については、いたずらだろうってのが教会側の言い分だ」
私はコズミックウオッチのデータフォルダをホログラムで表示し、スギサワに写真を見せた。
「教会に現れたチンピラたちだ。このうちの少なくとも二人に、俺の撃った弾が命中したはずだ」
「おうおう、悪そうなツラしてやがるぜ。モルグと病院を調べてみよう。まあ、こいつらがゼペタ・ギャング団なら、病院には連れて行かねえだろうがな。闇医者に逃げ込むはずだ。死体だって、勝手に埋めるか何かするだろうな」
「もしかすると、"ゼペタ"に入る前の前科があるかもしれない。顔写真から検索できないか?」
「やってみよう」スギサワは親指と人差し指でOの字をつくるように煙草を挟み、煙を吐いた。「なあ、ダン。水を差すようで悪いが、ゼペタと〈教団〉が繋がっているとなれば、ビンゴブックには絶対に載らない。さっきも話したようにな。おまえがゼペタを捕まえて、俺が根こそぎ逮捕してやっても、おまえに金は払えない」
「そうだろうと思っていたよ」私はグラウンドを見ながら煙を吐く。「心配しなくてもここでやめたりはしないさ。俺はあくまで、アンジェラ・ロメロを殺した殺人鬼を追っている。ゼペタの捜査はその一環だ。それに、飯くらいは奢ってくれるんだろう?」
「火星一旨い鮨屋に連れて行ってやるよ」
ドームが沸いた。ジャクソンの特大アーチがレフトスタンドに伸びる。レックスの猛攻が続いていた。
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