宇宙海賊その3
宇宙に出ると、Gnaviの音声検索で、レーダーに表示される機体登録コードの一覧を出した。メビウス・システムをオフラインにしていない限り、機体コードは原則他者にわかるようになっている。自動車でいうナンバープレートのようなものだ。"殻"を装備していれば探知を防げるが、攻撃性能は一切使えなくなる。あの男がそんな状態で隕石群を抜けられるとは思えない。メビウスを切るなんて論外だ。
レーダーに表示された機体コードのほとんどは〈サルガッソー〉に停泊中の船のものだった。その中で数機、宇宙に反応があった。捜すのは一つ。––––丑の方角。"女王蟻の触覚"。これだ。
私は加速する。
目視できる範囲に"女王蟻"を捉えると、マシンの通信機能を使って呼びかけた。数コール目でやつは応じ、"狼"のレーダーの隣のモニターに髭面が映った。
「おまえ……さっきの」画面の向こうの男が言った。「おめえに金を借りた覚えはねえ」
「待てよ、ハンサム。俺は借金を取り立てにきたわけじゃあないんだ」
「じゃあ、なんだ。はっ、エンジェル? あの女のなんだってんだ」
「いいから、おとなしくしろよ」
「おまえに何ができるってんだ! セクターZのど真ん中でよう」
"女王蟻"は隕石群に向かって加速した。
まったく、舐められたものだ。女のマシンに乗るような男に、俺が負けるとでも?
私はやつとの距離を徐々に詰める。が、それは想定していたほどではなかった。"女王蟻"は飛行機銃を巧みに使いながら隕石群を掻い潜っていく。認めよう。確かに、やつの腕は思っていたよりも悪くない。ただ、良いとは言えず、最高と呼ぶには程遠い腕だった。やつは機体の至る所をすり減らして飛んでいた。
「もう十分だろう? 逃げられっこない」"狼の心臓"は隕石にかすることもなく抜けていく。
「うるせえ!」"女王蟻"はプラズマブラスターを放った。
大ぶりの隕石が砂利と化す。それに、どれだけの意味があるのかは計りかねた。私なら、プラズマ砲も飛行機銃も使わずに切り抜けられただろう。威嚇のつもりか? そんなものが通用しないとどうしてわからない?
上方に旋回して隕石をやり過ごすと、加速して"女王蟻"との距離を詰めた。"狼"の照準サークルは"女王蟻"の胴体を捉えていた。
そこで、銃声が聞こえた。"女王蟻"からではない。
レーダーを確認すると、複数機が接近していた。その一つは"バイソンの喉笛"。忌々しい近距離戦闘型の機体だ。
「こんなところで亡霊と会うとはなあ。セクターZも捨てたもんじゃあねえなあ」ハンサムを映していたモニターが二画面に切り替わり、下まつ毛の長い男の憎たらしい笑みが映った。
「ゴンサロ・イバーラ。おまえとやりやうつもりはないんだ」
「ダン=パード。それが通じると思うのか? ここはうちのシマだぜ?」
「荒らしたつもりはない」
「そうだろうなあ。そうじゃねえと困るぜ、ダン=パード。てめえの言い分はどうだか知らねえが、てめえを〈組織〉に持ってきゃあそれなりの金にはなるんじゃあねえか?」
「やめとけよ、イバーラ。地の利があっても、おまえじゃあ俺には勝てない」
「ほざけよ! 俺はてめえが嫌いなんだ」
「奇遇だな。俺も同じだ。おまえが気に食わない。この銀河の誰よりも」
私は銃弾の雨と隕石を掻い潜り、方向転換した。照準を"バイソン"たちの群れに合わせ、ミサイルを放つ。が、ミサイルは外れ、"バイソン"の群れ後方の隕石に着弾し、破裂した。やはり、バーゲンセールのミサイルはダメだ。軌道がなってない。照準サークルで三センチはずれている。
「下手くそが!」電波に乗って、嘲笑う罵声が飛んでくる。いつの間にか、モニターは九画面になっていた。ほとんどはイバーラの手下だったが、私はやつらの顔にも、表示されるマシンの名前にも覚えはなかった。当然、誰が叫んだのかもわからない。
敵機の一つが、散弾の中でミサイルを放った。バーゲンセールよりも金がかかった代物だった。躱せないものではなかったが。
私は機体を反転させながら残り一つのミサイルを放った。またしても敵機には当たらない。それでいい。狙ったのは敵の機体ではなく、隕石群だった。隕石の破片が、無秩序に散乱する。やつらはそれを避けた。さっきと同じような軌道で。私はそれを読んでいた。
敵機が避けた先の、手前の隕石に向かってプラズマカノンを放つ。隕石の粒が、敵機に降り注ぐ。ミサイルと違うのは、さらにプラズマエネルギーによるショックウェーブがあることだ。波動が、宇宙に波を起こす。敵の数機はその波に軌道を奪われ、隕石に激突する。その衝撃で、積んでいたミサイルが破裂し、誘爆が起こる。衝撃波が連鎖していく。アステロイドベルトは爆発し続ける。
狙っていたとはいえ、ここまでうまくいくとは思わなかった。ミサイルが暴発するなんて、誰に予測できる?
"狼"のレーダーは、ショックウェーブと誘爆によってノイズがかかり、敵の信号が途切れていた。イバーラの"バイソン"も、他の機体も、生きているのか死んでいるのかわからない。私は最速でアステロイドベルトを離れた。
ようやくレーダーが復旧すると"女王蟻"を捜したが、見つかるはずはなかった。隕石の爆発に呑まれたか、あるいはとっくに逃げていたのか。どっちにしろ、この宇宙で見つけ出すことはほとんど不可能に思えた。
私は"狼"に座標を入力し、自動操縦に切り替え、のんびりと火星に向かった。
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