星の彼方を夢見て

 チャージエプロンに戻り、"狼の心臓"からチューブを外すと、恰幅のいい男に声をかけられた。白いTシャツに袖のないレザージャケットを着て、ダメージジーンズの腰にバンダナを巻いた、見るからに宇宙トラックの運転手だった。前方だけが突き出た髪形は、地上でヘルメットを被ってバイクに乗る名残なのかもしれない。

「ニイちゃん。良いマシンに乗ってるな。木星に行くなら乗せてやってもいいぜ。給油代は折半だがよ、食事は分けてやるぜ?」

「気前がいいね。でも、またの機会にさせてもらうよ」

〈マーズワン〉は彼のようなトラック船が多く、アストラナードの旅人はあいのりを求めることも多かった。自力で木星へ向かうより、燃料も時間も少なくて済むからだ。ゆえに、彼のようないぶし銀は、自ら相乗りを誘うようになった。長旅には、話し相手がいた方がいい、ということなのだろう。

「ニイちゃんのマシンは高速型か? いい感じに乗り回してるようには見えるが、サイズはSってところだろう? 木星を目指すには、ちいとばかりヘビーだぜ?」彼は"狼の心臓"の表面に刻まれた無数の傷を優しく撫でた。

「木星へ向かうつもりはないんだ」

 彼は眉を顰めた。「おいおい、冗談だろう? 言っちゃあ悪いが、このへんに景気のいい話はないぜ?」

「そうだろうね」

「木星はよ、ビジネスの山だ。ジュピターズ・ドリームって言うのかな。景気のいい話がゴロゴロ落ちてやがる」彼は親指で背後を指した。太い指先の向こうには、同じような格好をした恰幅のいい男たちが腕を組んで立っていた。「あいつらと、みんなで木星に行くんだ。新しい世界を見によ。あんたも一緒にどうだい?」

「ありがたい誘いだけどね、俺は〈サルガッソー〉に用があるんだ」

「へえ。あんたはギャンブル中毒にも見えないし、犯罪者にも見えないがね」

「嬉しいことを言ってくれるね」

「ま、無理にとは言わねえさ。〈サルガッソー〉まで送ろうか?」

「ありがとう。でも、大丈夫だ。あんたは、あんたの旅を楽しんでくれ」

 彼は笑顔を浮かべ、握手を求めてきた。私はそれに応える。彼は握った私の手を引き、力強くハグをした。普段、私はそんなことはしないのだが、振り払うほど野暮でもなかった。

 トラック船運転手の彼と別れると、私は"狼の心臓"に乗り込み、宇宙にでた。

 世界は、無限に見えた。

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