浪漫飛行

 私はヴィオレッタのモーテルを出ると、"狼の心臓"で宇宙に飛んだ。向かう先は〈サルガッソー〉。サン・トゥアンヌのリボンズ・スタジアム三つ分ほどの人工惑星だ。

 五十年ほど前、火星の安全保障を確立した太陽系連邦政府は、木星へと開拓の歩を進め始めた。地球の国際宇宙ターミナル〈テラ・ターミナル〉と、同じく月の〈ルナ・ターミナル〉、火星の〈マーズ・ターミナル〉を結ぶ「ギャラクシー・エクスプレス」の航路を木星まで広げようとする計画だ。それには、〈ジュピター・ターミナル〉の建設が不可欠であり、そのためには先遣隊が必要だった。ロボットやドローンだけでなく、人間が木星領域に到達する必要があった。

 そこで政府は、火星と木星の中間宇宙域〈セクターZ〉に軍事基地としてコロニーを建設した。コロニーを擬似航路に見立て、燃料補給や食料問題を解決することで、木星領域での長期活動を可能としたのだ。そうして、二一五十年代になると〈ジュピター・ターミナル〉が完成し、本格的な木星開発が進み始めた。

 ターミナルが完成すると、ギャラクシー・エクスプレスだけでなく、個人機や民間観光船も木星へ向かうようになった。もっとも、それ以前から木星へ旅立っていた命知らずも少なくはないだろうが。

 軍事基地だったコロニーは、個人機––––主にアストラナードの給油ステーションとして再建された。が、利用者はあまり多くなかった。大抵の旅人は、惑星間の大移動にエネルギー総量の少ないアストラナードは使用しない。大抵は民間空母、あるいは個人用空母にマシンと共に乗り込んで移動する。火星圏、または木星圏にもっとも近いコロニーであれば、旅行者の数もそれなりにあったが、それ以外のコロニーでは、閑古鳥が鳴いていた。だだっ広いセクターZは、理由もなく放浪するには時間がかかりすぎるのだ。

 連邦政府はコロニー開発にかかった費用を回収するため、民間企業への売却する決定をした。そのうちの一つが〈サルガッソー〉だった。

 サルガッソーはいくつかの民間企業を渡り歩き、最終的には清掃業者の所有とされた。五層に分かれたコロニー内の構造が、ゴミの分別処理に最適だ、という話だった。だが、香港火星行政特区に本社を置くその清掃会社は、程なく倒産した。管理者がいなくなったことで、軌道安定装置が作動しなくなり、所在地の把握は誰にもできなくなった。立ち退き費用も払われぬまま、次の買い手もつかぬまま、コロニーは大きな宇宙ゴミとなって小宇宙を漂流した。民間企業を渡り歩くたびにその名前を変えてきた旧サルガッソー基地は、宇宙を流れる無数の隕石となった。

 彷徨う廃墟。それは、宇宙の無法者を集める蜜となる。

 コロニーはいつの間にか犯罪者たちの隠れ家となった。その噂は星より速く流れ、太陽系中の犯罪者たちの目的地となった。その中に、機械技師崩れがいたのだろう。失っていた軌道安定装置が修復され––––完全に、とは呼べないようだが––––その軌道は、セクターZを一定の軌道で漂う隕石群、アステロイド・ベルトで固定されるようになった。目的地が動かなければ行き来しやすいというわけだ。

 だが、犯罪者に所在地がわかるということは、連邦政府にもわかるということだ。軍か、あるいは捜査局が押し入るときが迫っていた。それを防いだのは、宇宙海賊を名乗る〈シーラカンス〉だ。

 彼らは、コロニー内の無法者を一つにまとめあげ、無法地帯の統制をやってのけた。見せしめとなるような犯罪者の数人は政府へ引き渡し、政府の顔も立ててやった。それだけでは捜査のメスが入らなかった理由にはならないから、他にも色々な裏工作をしていたのだろう。私には知る由もないが。

 そうやって、サルガッソーは海賊のコロニーとなった。そこで行われているのは賭博だ。ありとあらゆる賭博が、制限なしで行われていた。そのほとんどが悪人であることに違いはないが、中には他人にとっては無害なギャンブル狂いも交じっていた。来るものは拒まず。〈シーラカンス〉のルールに従い、金さえ払えば、誰でもギャンブルに酔えた。政府関係者も出入りしているという話まである。あくまで、噂ではあるが。

 私にギャンブルの気はないから、なにが彼らをセクターZの辺境まで呼び寄せるのか、理解ができなかった。火星だって、州によっては合法でギャンブルができる。わざわざ宇宙に出る必要はない。

 サルガッソーのギャンブルについては、かつて私が捕まえたスリや万引きで生計を立てているような小悪党から聞いたことがあった。やつの話によれば、レートが信じられないほど高いそうだ。つまり、当たりもでかい。一度その旨い汁を吸ったギャンブル狂たちは、二度目の味を求めて沼にはまっていく。最初の大当たりは、おそらく元締め〈シーラカンス〉が仕組んだことだろうが、そんなことには考えが及ばないらしい。あるいは、わかっていても関係ないのかもしれない。理屈で考えられる脳みそがあるのならば、ズブズブとギャンブルなどやっていないのだから。一攫千金の夢に加え、違法賭博というスリルそのものも、ギャンブル精神をくすぐられるようだ。それだけで沼は深く入りやすいと言っていた。私には、何を以て合法、違法と定義するのかさえわからなかった。

 セクターZの〈サルガッソー〉までは、給油なしのアストラナードでも火星との往復飛行ができた。その代わり、主砲プラズマカノンを撃つエネルギーはほとんどなくなる。

 私の"狼の心臓"は、左右上下に二枚ずつの翼を持つ、四枚羽根の機体だ。それぞれの羽根の先端に飛行機銃がついていた。そのほか、上部前方のコックピットポッド前方に二丁の飛行機銃がある。少しずつ威力や速度が異なる銃をつけているが、どれも機関銃程度の威力があった。進路の邪魔になる小隕石くらいであれば、飛行機銃で十分だ。

 その他にも、左右の羽根の間に、一つずつミサイルを搭載していた。二つとも、ニューカラント州ベルフラワーのバーゲンセールで買った安物だ。暴発の危険はなさそうだが、命中精度はそれほど期待できそうにない。

 主砲は機体の腹から最前の鼻先まで伸びる一本だ。アンゴルモア・キューブがフル充電で、火星圏内の飛行だったとすると、最大で五発は発射できる。

 連邦政府が定める法律では、アストラナードの飛行機銃は最大十丁、搭載ミサイルは最大六発(種類によっては四発)、主砲は三つまでと決められている。

 私の"狼の心臓"は規定をなんなくクリアしているわけだが、そもそも、アンゴルモア・キューブのエネルギー量を考えると、それが操縦者にとっても安全に飛行できる限度だといえる。飛行機銃やミサイルの発射にキューブのエネルギーは消費しないが、機体自体が重くなれば、飛行に消費するエネルギーが多くなる。ある程度の飛行距離を考えれば、過度な装備は芳しくない。

 主砲「プラズマ」は武器装備の中で、唯一アンゴルモア・キューブのエネルギーを消費する。飛行機銃やミサイル以上の破壊力がある分、消費量も大きい。積めば積むだけ、機体の稼働量は少なくなる。

 アストラナードの主砲には三つの種類があった。ブラスター、レーザー、カノンだ。

 プラズマブラスターは三つの中で最小威力な分、攻撃エネルギーのチャージ時間が短く、連射が可能だ。イメージで言うとハンドガンだろう。

 プラズマレーザーは、長距離での射撃が可能で、威力はブラスターとカノンの中間だ。イメージはスナイパーライフルだ。

 私が"狼の心臓"に装備しているプラズマカノンは、その中で最も威力が高く、発射してからの速度が速い。高速ショットガンといったイメージだろうか。その分、エネルギーチャージまでの時間が長く、消費量が多くなっている。

 だから、最大三つの主砲を備える機体は、大抵ブラスターを採用している。

 主砲ではないが、もう一つアンゴルモア・キューブのプラズマエネルギーを消費する、プラズマシールドというものがある。機体をドーム状のプラズマエネルギーで覆い、攻撃を防ぐ防御機能だ。プラズマシールドについての規定は明記されていない。複数装備する必要がないからだ。キューブの残量が尽きない限り、連続して発動することができる。これを搭載しているのは、元々のキューブ残量の多いL型かLL型機体、それも耐久型の機体ばかりだ。ちょうど、ファナナの"灰色熊の爪"がそれにあたる、最大級LLサイズの耐久型マシンだ。超高速S型機の"狼の心臓"に、シールドの搭載はなかった。

 アストラナードのコックピットポッドは、機体本体との脱着が可能なものとそうでないものがある。小型化されたアンゴルモア・キューブの予備電源があるかないかの違いだ。"狼の心臓"は前者であり、本体から離れた後も、ポッド単独で一定の飛行が可能だった。ポッド前方に飛行機銃を搭載しているのはそのためだ。緊急脱出後、身を守る武器となる。惑星の大気圏に吸い込まれてしまえばどうしようもないのだが。大気圏突破の際には、グラビティエンジンが必要になり、それはアストラナード本体に埋め込まれているから。

 酸素生成装置はポッドに内蔵されているから、飛行能力を失った後も、五十時間までなら生身の人間でも死ぬことはないだろう。本体と繋がっていれば、キューブのエネルギーが尽きるまでは空気がポットの中に存在する。おまけにグラビティコントロール装置もついているから、現代人のほとんどは私服でマシンに乗っている。私も、そのうちの一人だ。これが可能になったのは、機体の性能もさることながら、宇宙服の進歩も関係している。

 軍事用宇宙機動服エヴォルヴの開発に携わった〈ステラ・ヴァルツイン・カンパニー〉が、性能をほとんどそのままに民間宇宙服を製造のだ。形状記憶型伸縮変形機械「ナノマシン」と、強化繊維「ガボラー繊維」を融合させたスペース・スーツは、今や宇宙服業界をほぼ独占している。「ステラ・スーツ」という名称で販売され、軍用エヴォルヴスーツのような攻撃性能はないが、小型化された酸素生成装置による最大三十時間の空気残量と、防塵・防水・耐火性能があり、一部のモデルには防弾性能も装備されていた(私が所有する軍用エヴォルヴに最も近いとされるデリンジャー・モデルが、まさにこれだ)。

 宇宙服はナノマシンにより、普段は太陽系五輪のメダルほどの大きさで所持できた。事前にスーツ着用者の生体情報を登録し、設定したパスワードをメダル表面のタッチパネルで入力することにより、スーツは機動する。五秒以内に爪先から頭部までを覆う宇宙服が形成されるのだ。よほど規格外の衣服を着ていない限りは、どんな衣服の上からも宇宙服を纏うことができた。頭部も、被ったキャップやハットの上からヘルメットが形成される。ヘルメットにはメビウス・システムが搭載されていて、Gnaviの音声入力でグレープ・ネットワークに接続できた。あらかじめコズミックウオッチと連動させておけば、両手どちらかのリストに備わるパネル、もしくはヘルメットのインナーバイザーで同様の機能を使うことが可能だ。胸元にくるメダルと、首元のタッチパネルに同時に触れれば、ヘルメットだけを解除することもできた。ターミナルやコロニーで軽食を摂るときに便利な機能だ。

 これらのおかげで、今や太陽系のどこに至って、地上とさほど変わらない生活が送れるのだ。

 私はマーズ・ターミナルで出国の手続きを済ませると、"狼の心臓"にセクターZの座標を打ち込んだ。アンゴルモア・キューブのエネルギーチャージが必要なければ、ターミナルに立ちよる必要はなく、マシンからの電子通信のみで、出入国の申請ができた。二百年前は出入国申請で数時間並ぶこともあったと聞くから驚きだ。それも、惑星ではなく地上での話というのだから。私にはそんな光景は想像もできない。

 座標が正しく認識されると、目的地までは自動操縦で飛行できた。手動? 戦闘時でもないのに? 一体、いつの話をしているんだ? 自動車だって自動で走るというのに。昔は……いや、もうやめておこう。

 ギャラクシー・エクスプレスの航路に沿って飛び、八時間後にはセクターZの第一コロニー〈マーズ・ワン〉に到着した。"狼の心臓"の給油をしている間、カフェ&バーでクラブサンドを食べ、コーヒーを飲んだ。コーヒーには、少しだけウインズロウウイスキーを垂らした。断っておくが、飲酒運転の基準値は超えていない。そもそも、自動運転のこの時代、飲酒運転を熱心に取り締まる警官がどれだけいる? 

 食事を終え、二杯目のウイスキー・コーヒーを飲んでいると、左腕のパネルが新着メッセージの受信を知らせた。送り主はスギサワだった。

「"黒薔薇"は依然調査中。これだけじゃ、特定するのは無理だろうな。"エンジェル"については、ヴィオレッタ署から捜査資料を入手した。自殺と片づけられた娼婦だ。ろくな情報は載ってなさそうに見えるが。送信はできない。いつ、取りに来る?」

 私はホログラム機能で返事をする。「火星に戻ったら連絡する」

 既読を示す目玉のマークはすぐについたが、返事はなかった。

 メッセージを遡ると、さらに四件のメッセージと音声着信があった。きっと、機内で映画を観ていたときか、眠っていたときに受信したのだろう。そのうちの二件のメッセージは企業からの宣伝で、もう二件はファナナからだった。受信時間から考えるに、着信が一件あり、メッセージが一通、「どこにいる?」その後に着信が三件。最後のメッセージは長文だった。

「アンジーのアパートの鍵はセイディが預かっている。彼女と一緒なら中に入れる。

 黒薔薇のタトゥーについての心当たりはないそうだが、剣の方は、短剣ということなら、どこかで見覚えがあるらしい。左右の首元に短剣を彫った男を見た、と。詳しいことは覚えていないし、アンジーと関係があったのかも覚えていない。もしかすると、まったく別の誰かの連れと勘違いしているのかもしれない。ただ、首元の短剣だけが妙に記憶に残っているんだと。顎髭と縮毛を伸ばし、ヒョロヒョロと痩せた男だったそうだ。ジャンキーか、そうじゃないなら拒食症の二十代半ば。首元がヨレヨレのタンクトップに、ネルシャツをだらしなく羽織って、エスニックなサルエルパンツにシャワーサンダル。それが当時の覚えている限りの服装らしい。やつがハンサムかどうかはわからない。というか、そんなふざけた呼び名、聞いたこともなければ、ちんぽこのピアスなんて見たくもないとさ。

 もう一人の恋人の方も、話に聞くくらいはあったってよ。ダーリンだかハニーだか、なんて呼んでたのかは覚えてないし、同一人物かもわからないと。つまり、ダーリンもハニーもいるんじゃないかってことだ。なんにせよ、会ったことはないそうだ。

 こうなってくると、彼女の周りは容疑者だらけに思えるな。メッセージの開示請求をしてみたらどうだ? セイディも掛け合ってみたそうだが、遺族以外に個人のメッセージは開示できないんだとよ。探偵ならなんとかなるんじゃあないか?」

 私は短く礼のメッセージを送ると、ホログラムを切った。

 メッセージの開示請求については、アンジェラの捜査資料次第だ。ヴィオレッタ署がいくらかマシな捜査をしていれば、サイバー課の警官がSNSやメッセージを調べ、記録しているはずだ。それがなければ、改めてスギサワに請求させればいい。どちらにせよ、優先度は低いと考えている。話を訊いた印象では、アンジェラは『愛人の女』という生き方をわきまえているような気がする。そんな女が、個人的なアカウントで複数の愛人とやりとりするとは思えない。メインのコズミックウオッチないしはコズミックフォンとは別の媒体を使って、個人を特定されないようなダミーアカウントでやりとりしていたはずだ。アンジーも、ダーリンたちも。それが見つからなければ、開示請求する意味はない。電子の海から、"本物"のダミーアカウントを見つけなければ、ダーリンは見つけられないし、ハニーは永遠に野放しだ。

 そしてそれは、火星にいなくたって調べられる。この銀河はインターネットで繋がっているのだから。

 私は〈マーズワン〉の喫煙スペースに移動し、再びコズミックウオッチのメッセージを機動した。

 まずはスギサワに、アンジーのダミーアカウントについてを綴り、本名で開設したSNSアカウントやメッセージアドレスを訊いた。当然返事はすぐに来ない。

 私は構わず、別のチャットで知り合いのハッカーにメッセージを送った。"キャットハウス"というハンドルネームで、これまでの探偵捜査の際にも幾度となく力を借りた。グレープ・ネットワーク上での捜査において、彼––––あるいは彼女。私は本人に会ったことはない––––より優れた探偵はいない。どういう手順を踏んでいるのかは皆目見当も付かないが、"キャットハウス"なら、アンジーのダミーアカウントを見つけることができるかもしれない。了承の返事はすぐにきた。報酬の交渉で粘ったりしないところが、彼––––あるいは彼女––––の信頼できるところの一つだ。

 紫煙を燻らせ、強化ガラスの向こうの星の運河を眺める。

 立ちくらみしそうなほどの美しさ。生と死の概念が吹っ飛ぶほどの広大な世界が流れている。

 ここまで来るのに、この景色を見るのに、一体どれだけの時間が流れた? 一体どれほどの過ちを重ねた? 重ねてなお、過ちを繰り返す? 

 ––––俺は今、どこに立っている? 

 私は自分が、どうしようもなくちっぽけで惨めな存在になったような気がした。自分の世界すらも見失ってしまうような、言いようもない虚無感に襲われた。

 遠くの宇宙で、星が流れる。

「戦士の涙だ」

 私は声のした方を向いた。腰の曲がった老人が、乾いた唇の端に煙草を咥えていた。

 私は無意識に自分の頬に触れ、いつの間にか流れていた一筋の涙を拭った。「みっともないところを見せたね」

「みっともない涙などないのだよ」老人はガラスの向こうの宇宙に煙を吐いた。煙はガラスに阻まれ、波のように押し戻された。「昔、まだ人間が地球にいた頃、宇宙にでた飛行士たちは不思議な精神体験をしたという。ブレイクオフ効果と言ってな、自分が現実世界から切り離されたように感じ、なんとも言い難い恐怖を感じたそうだ」

「俺が感じたのはそれだと?」

 老人はそれには答えない。「人類が月の裏側にドームを建てたとき、誰もが大いなる進歩だと言った。それから火星が開拓され、人々は移り住んだ。人類の夢が叶ったのだと誰もが言った。格好つけた言葉で称えているが、誰も、そこで本当に起こったことには触れやしない。今、同じことが木星で起こっている。ターミナルは開通したが、あそこはまだほとんど未開だ。戦争の真っ最中だ」

 今度は、私が黙る番だ。

「わしの孫は、木星の開拓部隊に配属された。開拓。ものは言いようだ。人類としての大義があれば、侵略も開拓というポジティブなワードに置き換えられる。この宇宙が、人間のためだけのものだと思うか?」

 私は答えない。老人も、答えを欲しているようには見えなかった。

「孫は死んだ。軍は不幸な事故だったと言っていたが、そんなはずはない。孫は……」老人は言葉を呑み込んだ。しばらく星を眺め、鼻から煙を出しながら言う。「孫は戦士として死んだんだ」

 銀河の隙間の静寂。

「木星に行くのか?」老人は言う。

「そんなに遠くには行かないさ」私は答える。

 老人は満足そうな笑みを浮かべる。ヤニで黄ばんだ歯が、乾いてひび割れた唇から覗く。

「良い旅を」私は煙草を捨て、喫煙スペースを後にする。背中で、老人の言葉が聞こえたが、私の耳には届かなかった。

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