第5話 真実
次の日。優馬は晴れるかどうかもわからない曇り空の中、学校に向かっていた。
今日は約束の日。彼女のあの顔の理由を教えてもらうことになっている。
優馬の胸中は期待と不安が混在していた。
彼女がどのような思いを抱えているか、それを知ることができる。
昨日の様子からして、彼女は予想よりもずっと思い気持ちを抱えているのだろう。
だが彼女の思いを知ったとき自分に受け止められるのか、思いに寄り添うことができるのか。
不安な気持ちでいっぱいになる。だが…
(知りたいって言ったのは、俺のほうだ)
ともかく彼女の話を聞くしかない。
改めて決意して優馬はあゆみを進めた。
放課後。いつものごとく教室は騒がしくなる。だが優馬の耳にはその喧噪は入ってこない。
優馬は手早く帰る準備を進めて鞄をからう。
教室を見渡すと如月の姿は見えない、一足先に公園にいっているのだろうか。
足早に教室を去り、下駄箱に向かおうと廊下を進んでいるとき。
「……早」
不意に後ろのほうから声をかけられる。
後ろを振り向くとそこには彼女…如月葵が立っていた。
「いたんだ」
優馬が疑問を口にすると彼女は一瞬微笑を浮かべる。
「ま…たまにはね」
そういうと彼女は歩きだした。
優馬も彼女と一緒に歩き出す。廊下を歩き、下駄箱を抜け、門を超えいつもの道に出る。
その間優馬と彼女の間に会話はない。
お互いに無口のままただひたすらに歩みを進める。
優馬は一度声をかけようとしたが、やめた。
どうせこれから話をすることになるのだし、彼女は雑談は苦手そうに思える。
無理に話すこともないだろう。
優馬はふと彼女のほうを見る。
彼女は幾分か穏やかな雰囲気をしているように感じる。だがその雰囲気に反して彼女の表情はやはりどこか悲しそうだった。
やがて公園にたどりつく。公園に人気はなく、話をするには絶好の環境だ。
二人でたんぽぽの前までくると彼女はたんぽぽの前で座りこみ
「…いつみても変わらないね」
などとつぶやいた。
優馬も少し間を開けて彼女の隣に座る。
しばらく沈黙が流れる。が、
「それで、話って何?」
優馬は意を決して口を開く。
横にいる彼女はしばらく優馬を見つめる。いつもと変わらない物悲しい目で。
そしてまたしばらく沈黙が流れ。
「……私さ、あんまり親の事が好きじゃなくてさ」
彼女が、語りだした。
「好きじゃない?」
「うん。昔から家族との関係も良くなくて。しかも仕事も忙しいから家にいないときも多くてさ」
彼女はまっすぐ視線を変えて、たんぽぽを見つめる。
「それが原因かはわからないけど、人づきあいもうまくないというか、あまりそういうのに興味がわかなかったんだ。
だから高校生になるまで友達とかいなかったし、作ろうとも思わなかった」
「高校生まで?」
そう尋ねると、彼女は一瞬笑みを浮かべる。
「ちょうど去年の今頃にね…ここら辺を通りがかったときに今見たいに、たんぽぽが咲いてて。それがきれいだから、放課後に見つめてたら、一人の女子がしゃべりかけてきたんだ」
「その人が友達になったの?」
「そう…最初は嫌だったんだけど……人懐っこくて、見ててこっちも明るくなるような笑顔をしてて、いつの間にか話すようになってた」
そう言っている彼女の表情はとても穏やかだ。よっぽど仲が良かったのだろうか。
「なんというか…意外だね。如月さんとそこまで仲良くなるって」
「ふふっそうだね…自分でもびっくりしたよ。他人とここまで仲良くなれたんだって」
「それで、その人は今どこにいるの?」
そう質問すると彼女の表情が沈む。
見るからに辛そうな表情だった。
優馬が声をかけようとした瞬間、彼女はつぶやいた。
「…死んだ」
「…え?」
彼女はポツリとそうつぶやいた。
「……一か月ぐらい前に事故で亡くなって。即死だったって」
「……そう、なんだ」
暗く、淀んだ空気が二人の間に満ちる。
(……そんなことが起きてたんだ……)
優馬は驚いた。彼女がなにか重い気持ちを抱えているというのはなんとなく察していた。
しかし、ここまで重いものだとは、思いもしなかった。
「どこか遊びに行ったりとかそういうことはしなかったんだけど……ここで一緒にしゃべったり、花を見たりして……とても楽しかった。
自分がこんな事できるなんて全然思わなかった」
優馬は口を開こうとして……なにも言えなかった。
そのぐらい彼女の話は、重かった。
「なのに、突然亡くなって……もう会えなくなっちゃった」
彼女は悲しげな笑みを浮かべる。
「……ここでたんぽぽを見てたのはね、彼女の事を思い返してからなんだ。ここで初めて会ったときとか、しゃべったこととかさ」
「……そっか、そうだったんだ……」
彼女はため息をつき、優馬を見つめる。
「わかった?私がここにいた理由」
彼女の目は悲しげで、そんな彼女の様子を見ていると胸が痛んだ。
「彼女の事がいつまでも、いつまでも忘れられなくて、だからいつまでもここにいる。情けないよね……」
「……違うよ」
「え?」
優馬の言葉に彼女は驚いて顔を上げた。
「情けないなんて、そんなこと絶対ない」
「……いいや、やっぱり情けないよ。だっていつまでも彼女のことを忘れられなくて、前に進めずにいて……ここで悲しんでばかりで。
私は……私は志保みたいに、笑顔でいられずにいるんだから」
そう彼女は言い切る。ほほに涙を流しながら。
「……別に、忘れなくたっていいんだよ」
彼女はうつむいたまま
「どうして?」
震えた声で問いかける。
「……俺がこんな事言うの、卑怯かもしれない。俺は親しい人が死んだ経験なんてないし、如月さんの気持ちも……完全にはくみ取れない。
でも……忘れなくたっていい。いつまでも引きずってていい。それが多分、その友達の慰めにもなると思うんだ」
彼女はうつむいたまま何も答えない。
――自分は今、余計な事を言っているのだろうか。
そんな思いが優馬の脳裏をかけめぐる。
だが、優馬は話すのをやめない。
「……死ぬのは悲しい出来事だけど、でもそれで友達との思いでまで消えるわけじゃない。
忘れずにいればきっと…きっと思い出の中でいつまでも生き続けられんだ」
優馬は、そう、言いきった。
「――――」
彼女は何も答えずうつむいたままだ。
(――やっぱり、余計な事だったかな)
そう思っていると。
「……そうなのかな」
下にいる彼女がつぶやいた。
その声はかすれて小さかったが、確かに聞こえた。
「……うん」
優馬は返事すると、彼女はうなずいた。そしてそのまま無言で立ち上がりたんぽぽの前から離れていく。
(……これでよかったのかな)
とぼとぼと公園から離れていく彼女の後姿を呆然と見ながら優馬は考えた。
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