第22話 ウィニードール①



 ――海が似合う女性だった。



 ウィニードールの故郷は海岸沿いにある。

 日中は女性も男性も漁に出るような小さな港町だ。


 町の人々はみな家族のように距離が近く、知らない仲がいないような環境だった。女性も男性も関係なく、異性も同性も区別がなかった。


 当時のウィニードールは太陽の下で大半の時間を生活していることもあって肌が真っ黒だった。下着の中まで黒くなっていたのは下着を付けていないことが多かったからだろう。

 町の全員が家族のようなものであるなら裸を見られても気にしていなかったから……それだけ解放的な町であったのだ。


 小さな港町ではあったが近隣では有名だった。

 あの町は裸になって町を歩けるから……。

 当然だが、訪れたばかりの旅人が裸になって問題がないわけではなかったが。


 今はもう無き町である。



 突然のことだった。原因不明の嵐によって町は壊滅した。

 民間人は巻き込まれ、広い海へ放り出された。

 町は波に飲まれ、全てが海へ持っていかれたと言っても過言ではない。

 ……後に分かったことだが、予兆がなかった嵐の発生源は――――魔法だった。


 魔法を使ったのは、魔人だ。

 町をひとつ壊滅させ、行き場がなくなった民間人を私的に利用するため『だけ』におこなったことだった。


 ウィニードールも例外ではなく巻き込まれ、身動きが取れないまま見知らぬ土地へ飛ばされた。彼女が意識を取り戻したのは海の上だった。

 ……彼女は浮かんでいたのだ。

 解体された船の破片の上に偶然乗っていた彼女を救い出したのが、魔人だった。


 魔人は、年下に見える少女だった。


 ウィニードールは、新規事業として始める予定のカジノのバニーガール役を命じられた(その時の誘い方は『お願い』だったが)。

 生活基盤もなく、当面の生活費を稼ぐ必要がある以上、断るという選択肢はなかった。



『きっとあなたの家族も見つかると思うわ……。再会した時に絶対に必要になるから、今の内に稼いでおいた方がいいわ……ね? バニー、やってくれない?』


『でも、私、こんなの似合わない……』


『そう? 似合ってると思うよ。あなたの日焼けした姿も魅力的だったけど、今みたいに真っ白な肌も綺麗で好きよ……ほら、一回着てみて。世界がガラリと変わるかもしれないから――』


 年下のようで、でも時折見える大人っぽい彼女の言うことに従ってバニー衣装を着てみた。

 自分で思っていたような酷い有様にはならなかったが……それでも前向きに「やってみよう」とはならなかった。


『…………』

『ねえ、ウィニードール。男のこと、まだ怖い?』


『違います。怖いわけじゃなくて……嫌いなんです』

『それ、同じじゃないの?』


『全然違いますけど』


 男性も女性も区別がない故郷で育ったウィニードールだったが、今では女性と男性を人一倍意識している。男性のことは怖いのではなく、嫌いだ。大嫌いだ。


 男性が上とか女性が下だとか思ったことはない。だからこんなことを思ってしまうのは男性に偏見を持っていることになるのだが……身勝手なことは自覚していながらも、『助けてくれると思っていたから』――と、ウィニードールが言ったのだ。


 嵐が町を飲み込んだ時、男性は、誰ひとりとして家族を助けようとはしなかったし、避難を促すこともなかった。

 全員が自分の命を優先的に守ろうとして……。それが悪いとは言わないし当然だろうけど…………けど!!


 男なら。


 ……一番前で、戦うべきだった。


 ――戦ってほしかった。

 ――守ってほしかった。


 女性のことを、とは思わない。だけどせめて、子供を……守ってほしかったのだ。


 それだけは。男女ともに力を合わせて優先してするべきことだったのではないか?


(そんなことを言っている私だって、あの子たちを守れなかったわけだけど……)


 今でも夢に見る。

 嵐に飲まれ、飛ばされていく子供たちと、そも恐怖に歪む表情を――――





「――はっ!?」


 悪夢で目が覚めた。

 ウィニードールは全身がびっしょりと濡れていた。まるで雨にでも打たれたようで……。


 実際は彼女の脂汗だ。


 トラウマを掘り起こす悪夢が、今もまだ彼女を苦しめ続けている。



「やっほ、バニーさん」


「…………あ、チカちゃん……?」



 真上からの眩しい白い光を遮ってくれているのは勇者チカチルだった。


 遅れて気づいた頭の裏の柔らかい感触は、彼女の膝枕のおかげだろう。

 ウィニードールを介抱してくれていたのは、チカチルだったようだ……。

 そう言えば長年、彼女の枷となっていたバニー衣装は……。


 なかった。


 バニー衣装は脱がされており、体にかけられているのは小さめのタオル一枚。


 裸のウィニードールは、小さなタオルで大事な部分を覆うように被されているだけだった。


「え…………っっ!?!?」


「あれ? 女同士だし大丈夫かなって思ったけど……バニーさん、実は恥ずかしい?」


 チカチルは続けてぼそっと、


「……いやでも、バニー衣装の方が恥ずかしくないの?」


 ……そう思われている格好を長年していたかと思うと、今更ながらゾッとする。



「女同士、だから、やばいんだけど……」


 タオルをくしゃっとするほど自分の体を強く抱きしめるウィニードール。


 チカチルはウィニードールの言葉の意味を図りかねていた。


「え? 女同士だから……?」


「なんでもないの!!」

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