第20話 勇者vs魔人②


 勝負のために上の階へ戻った三人。


 意識のないウィニードールは、赤髪の勇者さまに両手で抱えられていた。

 ……お姫様抱っこである。それに思うことがないわけではなかったが……。今だけは、羨ましく思っても目を瞑ることにしたチカチルだった。


 ちょうど客がいなかった(どかしたのか?)ルーレットの席へ座る。

 カジノの運命を決める大勝負だからと言って周りを人払いさせるわけでもなく、カジノはいつも通りに運営したまま、喧噪の中で『大事な一戦』が始まった。


「ルールは?」


「分かってるから大丈夫」


 詳しいルールは分からないけれど。それでもなんとなくであれば分かる。

 それで勝ったり負けたりしていたのだから、勝負にもならないことはないだろう。


「(……運、だと思う。投げ入れる側にコツがあっても、予想を当てる側は関係ないし……。こっちができることなんてほとんどない。やっぱり運に任せるしか……いや、でも……)」


 たとえば(大げさに言えば)島を傾けたり振動を起こしたりすることで多少はボールの流れを乱すことができるだろうけど……相手もそれくらいの対策、しているだろう。


 挑戦者のイカサマなど限られているし、お見通しのはずだ。

 意外とこういう場合はなにもしない方が勝ってしまったりすることが多い。

 しかも勇者であれば、運も底上げされているだろうから……なにかすることで勝率が下がってしまうかもしれない。


 なにもしない方がいい。


「(勇者さまは、特になにかをするつもり、ってわけでもない……みたいだけど……)」


 彼は一歩後ろで見届けているだけだ。

 ウィニードールが抱えられながら「むにゃあ」と彼の胸板に頬をこすっているところを見て頭をはたきたくなったけれど、今はそれどころではない。――チカチルが意識を切り替える。


「――ふぅ、うん。準備万端!!」



 イカサマ、仕込みがあれば、ボールが入る穴を自由自在に選ぶことができる。魔人ならそれくらいできてしまえる。


 そのためディーラー側が負けることはない。ただ、ディーラー側が勝ち続けてもカジノとしては二流、いや三流だ。

 いつもなら適度に客にも勝たせるために操作をするはずだが……今回の勝負のイカサマでは、当然ながらチカチルを勝たせるようなことはしないだろう。


 チカチルとしては波に乗りたいが、そう思うということは魔人がまず潰すべき可能性だ。

 一度も波に乗らせない。チカチルがされて最も嫌なことだった――。


 徹頭徹尾、魔人が優位に立つように試合が運ばれるはず…………。


「(イカサマは、魔法……いつもより目ざとく魔法と魔法陣の証拠を探さないとっ!)」



「じゃあ……勇者。君はどの穴に入ると予想し、」


「やっぱり違うね――……一発勝負にしようよ」


「なんだと?」


 細かいルールを知らないチカチルからすれば、一回で決まる勝負で決着をつけたいのだ。

 駆け引きがなければ戦略もない。劣勢になれば巻き返せない……どころか、一発勝負なら劣勢も優勢もない。勝敗はすぐに決まるのだから。


 逆転劇には期待しない。一発で決めてしまうことに賭けたのだ。


 ゲーム内ではなく、ゲーム自体でまず全額ベットしたようなものだった……チカチルとは、自分を追い詰め勝利を掴み取るタイプか。


「わたしは数字だけ……ひとつだけ選ぶよ。色は無視する。だからその数字に入らなければそれでわたしの負け……ってことで。でも入れば――――バニーさんたちを全員治療して、ちゃんとこれからの生活まで保障して」


「……それは、構わないけどさ……」


 あまりにもチカチルに不利な条件だった。それでも自信満々に宣言する。


 予想通り、魔人は訝しんでいる様子だ。

 魔人の勝利は確定しているようなものだが、チカチルが強気に出たことで歪みが生じているのではないか……。

 イカサマに不具合があるかもしれないと思わせた段階でチカチルの策は通用している。


「…………迷いを生むだけの強気か」

「なあに? 勝負するのが怖いの?」

「いいよ、その条件でやろう」

「じゃあ、やろっか。――逃げないでね?」



「ところで、決めていなかったけど、君が負けたらどうするのかな? 人質はもちろん殺すし、バニーガールの治療もしないけど。……それだけとは言わないよな?」

「じゃあ自害するよ」


 チカチルが即答した。

 彼女にとってはウィニードールも他のバニーガールたちも、家族でなければお世話になった恩人でもないだろうに……。

 まるで身内のように大切に扱い、彼女たちを救えなければ自分も自害する、と言った。


 強気の発言は本当に自信があるからなのか。それとも勇者の覚悟か……。


「分かった。約束だ」


「うん、約束ね」


 命を賭けるにしては軽い挨拶で、最期の戦いが始まった。

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