第19話 勇者vs魔人①


 チカチルはバニーガールに囲まれながらも逆転の手を考えていた。


「(服に魔法陣が転写されているのなら、この人たちを丸裸にする必要はなくて……。魔法陣の端っこの部分だけでも、切り裂いてしまえばいい。魔力不足じゃなくて魔法陣の欠陥になれば、魔法は発動しない、から……)」


 推測通り。チカチルの周囲――まるで供給されていたエネルギーが切れたように倒れていくバニーガールたち。


 魔法から解放されて、晴れて自由の身と言えるほど簡単な話でもないが……。

 ボロボロの体を治療する必要はあるものの、少なくともこれ以上の無茶ぶりはされないだろう…………既に魔法の効力は失われている。


 彼女たちを縛る強制力はない。


 つまりバニーガールたちは一掃されたのだった。


 残っているのは…………念のため、魔人が残しておいたのだろう……バニーガールのひとり、ウィニードールだ。


 こんな結果を想定していたのであれば、さらに重ねる手を打っていたはずだが、魔人の次の一手はなく、この状況が想定外であることを証明していた。


 漏れた声しか、聞こえてこなかった。


「……は?」



 魔人が手元にいるウィニードールへ視線を向け、爪に仕込んだ鋭利な刃を伸ばし、ウィニードールの首筋に添えた。


 チカチルは止まるしかなかった。彼女を見捨てて魔人を討つ、という公平な判断ができるほど、まだ経験値が多いわけではない。


「…………ゲスにッ、クズを重ねた最悪の男だよね……ッッ!」


「なんとでも言えばいい。こっちだって必死だ、手段は選ばない」


 ぐったりとして意識を奪われているウィニードールは、上から糸で操られているかのように腕が動き(スムーズではなかった)、魔人の手を取り伸びた爪を自分の首へ、ぷす、と刺した。


 その行動を取るように、と、バニー衣装に転写されている魔法が命令を出したのだ。

 彼女の意思きもちなど無視するように。命令が無理やり体を動かす。


 ぶち、と。

 チカチルの中でなにかが切れた。――――ブチ切れた。



 メラメラと燃える底なしの闘志。


 怒りで全ての能力値が上がっているような自覚がある。だが、最高の状態まであと少しと言ったところで、チカチルは出鼻を挫かれたように体のバランスを崩した。


 魔人がこう言ったのだ…………、



「提案がある」


「…………なに」


「交渉はできないかな、勇者チカチル」

「は? こんなの――決裂の一択しかないでしょ」

「なら、この女の命がどうなってもいいと思ってるのかな?」


 首筋に刺された刃がさらに深く、ウィニードールの首へ食い込んでいく。

 あと少しでも奥へ入り込めば、致命傷になってもおかしくはなかった。


「…………バニーさんを殺した瞬間におまえを殺すから。バニーさんにはお墓の前できちんと謝るつもりだし……だから今は、おまえを殺すことが先決なの」


「ひ、人質を見捨てる気か!?」


「そっちは自分の命を捨てる気みたいだけど?」


 勇者チカチルに人質は『もう』通用しない。彼女が薄情だ、というわけではなく、人質を利用されることで新たに出る被害を失くそうとしているのだ。


 結果、ウィニードールの死は「仕方のないこと」だと諦めることもある。


 ……彼女を見捨てる選択をしてしまうことにはなるが、チカチルだって全員が無事であることに越したことはないと思っている。

 助けたいのは山々だ……だけど、最悪を避けるなら、捨てる部分を選ばなければいけない。


「待て! ……そうだ、カジノはどうだい?」


 魔人が人差し指を真上へ向けた。


「ゲームで勝負し、勝者が欲しいものを持っていく……というのはどうだろう?」


「それってさ、そっちに分がある舞台にわたしを引きずり込みたいだけでしょ。易々と挑発に乗ると思うの?」


 この間にもチカチルが飛びかかってしまえば問題は解決される。

 人質のウィニードールと治療がまだされていないバニーガールたちの命は保証されないが……、それでもひとまず目の前の問題は解決するはずだ。


 ――――それが、勇者の役目だから。


「確かに、イカサマを含めてこっちに分があるのは認めるが……。イカサマをされると分かっていれば、勇者である君なら見抜けるはずだろう? イカサマがなければ対等な勝負になるはずだが……公平なら文句はないのではないかな?」


「…………まだ、こっちには勝負に乗る理由がないよね?」


「なら、こうしよう。君が勝てば被害者のアフターケアまで責任を持つ。バニーガールの治療も請け負うと誓おう。ここはカジノだ……金ならたんまりとある」


 魔人の提案。

 チカチルは考え、考えて……考え抜いた上で、やはり魔人に迎合はできなかった。


「ダメ、乗らない。ここでおまえを殺して、もうこれ以上の被害者を出さないように、」



「乗れよ、チカチル」



 チカチルの前に魔人が倒れ込んでくる。彼の後頭部が誰かに蹴られ、ベッドから押し出されたのだ。……地面を這う彼が振り向く。

 ベッドの上、倒れかけたウィニードールを支えていたのは、赤髪の――――


「ゆ、勇者さま!!」


「お、おまえぇ……ッッ!!」


「チカチル、オマエは事件の解決だけを求めるのか? コイツを殺すことはいつでもできるが、今もまだ苦しむ人たちの今後を安定させるのは、いつでもできることじゃねえ。コイツにしかできねえこともある――。

 事件の解決ってのは、被害者のためにあるもんだ。違うか? アフターケアをしてくれるとわざわざコイツが提案してくれたんだ、乗るべきだ。オマエが救いたかったバニーガールはこうしてオレの手にあるしな。存分に勝負を受けて構わねえぞ」


「あぁ……やっぱり……すごい……っ」


 そんなことまで考えていたなんて……! と、チカチルが冷静さを取り戻した。

 元凶を殺して、はい終わりではない。苦しんでいる人を助け、事件後も「巻き込まれる前と同じ生活」を送らせることも勇者の役目だ。


 魔人本人にしか治せない怪我、病気がある。

 今回は、バニーガールのお腹の中には新しい命もあるのだ。

 チカチルや教会だけで全てのアフターケアができるわけではない。不可能だろう。

 それを、魔人がわざわざ提案してくれているのだから、乗らない理由はない。


「でもさ、ほんとに『これ』が約束を守るとは思えないし……」


 チカチルが顎で示した魔人……気づけば『これ』呼ばわりになっていた。


「守るさ。オレが守らせる……だろ? 魔人よォ」


「……ッ、ああ、分かったよ、やるよ! 責任を持って、な!」



(僕がするわけじゃないなら、まあ……)と聞こえた魔人の小声に、チカチルが反応した。


「なに?」

「…………別に、なんでも」


「ちゃんとやってよね? ……なら、いいよ。ゲームで勝負しよっか」


 勝負に誘うということは魔人側に分がある以上に、逆転の手段、もしくは仕掛け(イカサマ)があることは確定している。


 今更、運でどうこうに命を預けるような男には見えなかったが……。

 そこまで潔くはないはずだ。

 チカチルは、勝てる見込みがあるわけでもなかった――だけど、憧れのあの人が隣にいるのであれば、不思議と負ける絵が浮かばなかったのだ。


「なら、早速上へいこうか」

「ゲームはなに?」

「ルーレットでもいいかい?」


「構わねえぜ」

 と、赤髪の青年が口を挟んだ。チカチルも頷く。


 反論はなかった。チカチルは、彼が勝つ方法を知っていると思っていたから。


「ん? ……ああ、まあな」


「頼りになる勇者さま……っ」

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