第18話 地下、奥深く……
地下へ続く階段を下りたチカチルを待っていたのは。
「…………うわぁ……」
薄暗い空間だった。
天蓋付きベッドに腰かけていたのは、頭のてっぺんから足の先まで金色に染まっている中性的な男。メイクによっては女にもなれるだろう。
右目の下には泣きぼくろがあり、意図して色気を出している……気がする。
それくらいのことは企む男だ。
カジノの支配人。そう名乗ったわけではないが、彼を見る周りの人間を見ればおのずと浮き上がってくる正体がある。
支配人であっても、ただそれだけだと思っていたが……魔人に操られた雇われ支配人ではなく、彼自身が魔人なのだ。
空間には彼の匂いが充満していた。
勇者でなくとも彼が魔人であることは分かるだろう……香水ではどうしたって消せない、魅了された者には分からない腐臭に近い魔人の匂いが漂っているのだから。
「おっと。……思ったよりもお早いご到着で…………勇者様」
魔人。
金色の彼の両隣にはバニーガール。彼女たちが彼に寄り添っていた。
……よく見ればふたりどころではなく、彼の奥にはもっといる。
両手に花どころか花束だった。キングサイズ以上のベッドの上、全員が密着すればもっと多くのバニーガールが乗ることができるだろう。
周囲には脱ぎ散らかされた、人数以上のバニー衣装がある。色っぽい格好が多いが、中には裸のお姉さんもいて――準備万端どころか既に事後なのではないか……?
想像したチカチルは顔を真っ赤に……は、しなかった。
事情を知らなければ初心らしく反応できたかもしれないが、バニー衣装の魔法を知った後だと、『彼女たちは無理やりされている』わけだ……照れよりも嫌悪が勝った。
実際に妊娠しているバニーガールがいることを、本人の『声』を聴いて認知してしまっているのだ……許せなかった。
妊娠している全員が、目の前の男に子作りをさせられたとは限らないが。
種付け役が誰であろうと、魔法で言うことを聞かせて拒絶する女の子を無理やり孕ませるなんてやり方は、最低だ。
やっていることは人の心がない犯罪よりも悪質なのではないか。
こんなの……人殺しに相当する。
彼女たちの未来を奪っているという意味では、これだってれっきとした殺人だ。
「用意した門番には苦戦したかい?」
「してないけど。今頃、カジノの下で魔力切れになるまで走り回ってるのかもしれないね」
壁を破壊したバニー衣装は、隠し階段を下りずにさらに前方の壁を破壊して先へ進んでいってしまったのだった。
カジノの地下、その地中を掘りながら、魔力が切れるまで活動を強いられている。
「あぁ、そっか。魔力を過剰に流すことで暴走を、ね……。なるほどな。分かっていた弱点に対策を準備していなかった僕の怠慢だな」
とは言うが、魔人は反省も後悔もしていなさそうだ。
あえて弱点を作り、そこを突かせた、とでも……。
チカチルがこの場にいるのは全て計画通りだった、とでも言いたげだ。
演出ということにして、チカチルの動揺を誘っている可能性もある。
すると、隣で寄り添っていたバニーガールが落ち込んでいるように見えている彼の頬に軽くキスをした。それにむっとしたのはチカチルだ……嫉妬ではない、当然ながら。
チカチルには見えている。バニーガールの行動……、表情に不快感を示した様子はないけれど、瞳が生きていなかった。心を殺して命令に徹している機械のようで……。
全てが魔人の思惑通りに動いている。動かされている……。
嫌なことを嫌とは言えない環境で酷使され続け、声を上げてもすぐに相手にとって都合の良い展開へと上書きされてしまう。
次はもう、声すらも上げられない。
やがてこれが当然の環境だと諦め、自分が立っている場所が異常であることも分からなくなってしまい……。
誰かに助けを求めることもしなくなる。
自分ががまんをすればいい…………と、勝手に答えを出してしまって。
――心が死んでいく。
そうなった時に、彼女たちは男に都合の良いバニーガールとなってしまうのだ。
発情したバニーガールたちは、まるで望んで彼の傍にいるように見えても……違うのだ。
全員が、できれば彼を背後から刺したいと思っている……当然『彼女』だって。
「バニーさん……」
彼を取り巻くバニーガールの中に『彼女』がいた。チカチルのことを担当してくれていたちょっと年上のお姉さん……名前は確か、「ウィニードール」だ。
彼女だけはまだ、完全に魔法に屈したわけではなく、魔人に異議を唱えるだけの精神力があった。……だが、今はもう口は開けど、声が出ない。
彼女を縛る魔法が強力になっているのだ。
魔人が新たに流した魔力によって、バニー衣装に転写された『命令魔法』のギアが上がったのだろう。さすがにウィニードールでも屈するしかなかったと言える。
「担当してくれた彼女が心配かな? 勇者様」
「…………」
ウィニードールの付け耳が乱暴に掴まれ、彼の手によって引き寄せられた。
ベッドの上を雑に引きずられて……。彼女が、魔人の太ももに跨った。
顔を近づけた魔人の白い吐息が、彼女の頬に触れる。
それだけで、彼女の瞳が揺れ、体を大きく痙攣させた。
「はぁう……っっ!?!?」
「んー? たったこれだけで嬉しそうに鳴くものだね……君も僕の虜かな?」
「バニーさんッッ!!」
チカチルが一歩、強く踏み出した瞬間、まるで闇の先から獲物を狙うように、取り巻きのバニーガールたちの赤く輝く敵意の瞳だけがはっきりと見えるようになった。
バニーでありながら狩る側の瞳だった。
――発情期は終わりだ。
ここから先は狩るか狩られるかの弱肉強食が始まる……!
「勇者様はもう気づいているだろうけど、バニー衣装に転写された魔法は思い通りにこの女たちを動かせる『人形化』が記録されている。人体であれば不可能な動きも、命令すれば可能になってしまえるところが強みでもあるんだよねえ――」
可動域の限界を越えて動かすことができる。
人が出すべきではない限界以上の力を引き出すことも――。
……ただし、壊れた体はそれ以上の酷使を続ければ動かなくなってしまうが。
痛みによる動きの鈍化の影響を受けないというだけで、連結部分や力の伝達に支障が出てしまえば動かなくなる……当然だ。
「心臓が止まった個体はもう動かせない。当たり前だけど難点だよ」
ゆっくりと、バニーガールたちがベッドから降りて近づいてくる。
チカチルへ、その魔の手を伸ばした。
「ッ、このっ――――ゲス魔人がッッ!!」
「女の子がそういう言葉を使っちゃダメじゃないか」
バニーガールたちが飛びかかってくる。
その速度は人間が出せる限界を越えており、勇者であるチカチルでさえ目で追うのがギリギリの身体能力だった。
魔人の傀儡である複数のバニーガールが、勇者を着実に追い詰めていく。
魔人は高見の見物だった。残った取り巻きのバニーガールの肩に肘を置き、ベッドに座って勇者の末路を見届ける――――
「…………杞憂で終わればいいが。このまま勇者を殺せるなら、あいつの警戒も無駄骨だったと言える」
だが、魔人が見せた表情の変化。
それは強い警戒が杞憂では済まなかったことを証明してしまった。
「……は?」
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