第17話 不在の門番


 転写した製作者(もしくは転写の指示を出した依頼者)の意図を読めば、おのずと魔法も限られてくるはずだが……。だとしても魔法を読み解く難易度に差はない。


 魔法と道具。自由自在。不意を突くような組み合わせが当たり前と考えておいた方がいい。

 想定外を想定内としておかないと魔法には驚かされてばかりになってしまう。


 衣装の前でじっと立ったまま、あらゆる想像をする。

 チカチルが苦手としている頭脳労働を必死にしていると……きぃ、という音があった。

 更衣室の扉ではなく、すぐ傍の、並んでいるロッカーの内、ひとつの扉が開いていた。


「…………え?」


 音の方へ向いたチカチルは、おそるおそる、ロッカーへ足を運ぶ。

 中には誰かの(使用済み?)バニー衣装がかけられており……当然、部屋にチカチル以外に人はいないし気配もない。


 仮に透明化の魔法を使った誰かがいたとしたら、見えなくとも呼吸、体温、それらを含めて気配があるはずなのだが――ない。なにもないのだ。


 ロッカーがひとりでに動いた……?


「…………」


 チカチルが動いた(かも?)ロッカーに手を伸ばした時――――その手首が掴まれた。


「は!?」


 手袋だった。

 バニーガールたちがはめていた白い手袋『だけ』が、チカチルの手首を強い力で握りしめている。


「なにが……!?」


 手袋を振り払おうとしたが、固定されているように振り払えない。

 逆にチカチルが暴れるほどに手袋の腕力(?)が強くなり、振り回される。

 自分の足と足が絡まったチカチルがバランスを崩してたたらを踏んだ後、背後のロッカーに背中を打ち付けた。


「あっ、いたぁ……!?」


 今度は床から、たたんっ、と音が聞こえてくる。

 視線を向ければ靴だけが動いていた……。

 さらには目の前から、黒いストッキングが近づいてくる。


 遅れて上半身の色っぽいバニー衣装、頭の上に付ける長い耳――。

 先導するストッキングに遅れないように、バニー衣装と耳が追いかけてくる。


 浮遊しているように見えるが、実は透明人間が衣装を身に着けているからそう見えるだけで……と思ったが、さっきから気配が感じられないことは変わらない。

 これは……――きっと、中身はないのだ。


 相対したからこそ分かる真実。


 空洞で。……バニー衣装の各々が動き、まるでひとりの人間が『そこにいる』ことを演出しているかのようだった。


 意思を持ったように衣装が活動している。

 もちろん、脳内補完で見えているように感じるが、そこに人の顔はない。

 肌色も存在しない。なのにバニー衣装は色っぽく見える……。

 着た人の肉感まで、バニー衣装が膨らみ再現しているのだった。


 付け耳のカチューシャが分かりやすかっただろう。

 衣装によって、人の輪郭を浮かび上がらせている。……誰? という話ではない。

 誰もいないのだから、誰でもない――バニー衣装に転写されていた魔法……これは……、



「『人形化』……? 魔法を使った人の思い通りに動かすことができるなら…………じゃあ働いているバニーさんたちも、みんな…………」



 無理やり、働かされている……? あの笑顔も、ノリの良い高いテンションも、カジノに合わせた仕事ぶりも全て――。バニー衣装に操られていたとすれば納得できる。


 チカチルも違和感を感じていた……。

 メイクで誤魔化していたけれど、目の下の隈は深く、顔色が悪いことも巧妙に隠されていた。無理をしているのがすぐに分かったのだ。

 だけど、本人が望んで頑張っているのなら――と相手を慮って指摘はしなかったけれど。……バニーガールたちが魔法で操られているなら話は別だ。


(働いてたバニーさんの中には、妊娠してる人だっていたような……?)



 お腹の膨らみは目立っていなかったけれど、勇者の耳であれば聞き取れる声がある。

 ……胎児の、まだ言語になっていない声だ。


 店内で流れている音楽よりも鮮明に聞こえた声は、たくさんのバニーガールが妊娠していることを意味していた。

 だけど、せっせと働くバニーガールたちはきっと、孕んでいても働かされている……悲鳴を上げても無理やり、魔法で。


 苦痛も不満も絶望も、魔法によって作られた笑顔で上書きされ、来場した客の前ではいつも通りにバニーガールとして振る舞わされたのだ。…………だったら。


 チカチルを担当してくれていた、あのバニーガールも……?


「ううん、バニーさんは、妊娠、は……してなかった……。体調は悪かったのかもしれないけど――――あ」


 そこで気づいた。チカチルに『秘密にするべき』情報を教えたのは、魔法に反抗した彼女の独断行動なのではないかと。


 秘密をばらしてしまったことが魔人に露見していないわけもなく、反抗したバニーガールがどんな目に遭うかくらい、チカチルでも想像できる。……今頃、彼女は…………。



「だ、大丈夫……そんはずは……――ッッ!?」


 チカチルの頭を蹴り抜くように飛んできたバニーガールの靴。

 チカチルは顔面に衝突する寸前で手の平で受け止める。


 連結しているわけではなさそうだが……ストッキングも上半身のバニー衣装もチカチルが靴を受け止めたことで止まったのだ。


 まるで服を着た透明人間が片足で立っているように――――



「……わたし、いくところがあるの……だから……邪魔」


 バニーガールの長い耳を片手で掴む。

 自立して動く魔法なら、さらに魔力を与えてしまえばどうなるのか?


 魔力を与えれば与えるほどに際限なく出力が上がる魔法もあるが、過剰な魔力で自壊する魔法もある。


 目の前の魔法は前者のようなので、壊れることはない――が、それでいい。


 ――過剰な魔力で、自立する魔法の出力が上がれば…………?


 すると、もう片方の靴が飛んでくる。

 チカチルでも避けられる速度だった。


「はい、これで完了、っと。――――いってらっしゃーい」


 靴、ストッキング、バニー衣装、白い手袋と付け耳。組み合わさったことでひとりの人間を演出していた自立する魔法が、過剰な魔力を与えられたことによって操作が利かなくなり、蹴り(靴が宙を飛んでいるように見えていたあれだ)の勢いのまま壁へ突っ込んでいった。


 更衣室の壁にめり込んだバニー衣装が、ゆっくりと壁を壊していく。


 やがて壁に穴が空き、バニー衣装が暗い穴の先へ吹き飛んでいった。


 たった一歩、動いただけで。

 際限のない出力が魔法のブレーキを壊したのだ。


 ――止まらない。止まり方が分からなくなった人体を持たない衣服は、このまま魔力が切れるまで走り続けるだろう。



「……あ、あった。……こんなところに、入口が――」


 バニー衣装が空けた穴の先には、さらに下へ通じる隠し階段があった。

 恐らくは正規ルートによる発見ではないだろうが、見つけてしまえば結果は同じだ。


 自立するバニー衣装はこの階段を守る、『門番』だったのではないだろうか。


 門番不在の今、チカチルは黒幕へ向かうためのチケットを手に入れたのか……?



「…………」



 勇者の勘が言っている。


 この先に――――魔人の気配が、ある。

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