第16話 深夜の調査
両手で抱えて溢れるほどの軍資金が底をついた。だけどこれは想定内だ。
初回のサービスコインは換金できないため、残してしまうと損をした気分になる……ので、使い切ってしまって正解だった。
チカチルの財布からお金は出ていない。勝っていなければ負けてもいないけれど、勝てるに越したことはなかった……今のところ得はしていない。
勇者となり底上げされた運の良さでも、やはりカジノでぼろ儲けできるわけではなかった。
初めてのカジノで勝ち越しができるほど、甘い場所ではなかったということか。
ついさっきのエルフのように勝ち続けてもあまり良くはない。
調査のために入り込んでいる中で目立ってしまっては調査がしづらくなってしまう。
だが、『あの人』が人目を忍んで調査しているなら、人の目を引くチカチルは褒められるのではないか?
偉い偉い……なんて。
「チカちゃん、変な顔してないで早く鍵を貰って」
「えへ……あ。はい……」
併設されている宿泊施設に泊まるため、受付で部屋の鍵を借りて指定の部屋へ。
その道中でバニーガールとは別れている。
てっきり部屋まできてくれると思っていたので(そこで詳しくカジノの話を聞こうと思っていたのだが)少し寂しかった。
その顔を察してくれたバニーガールが「仕事が溜まってるの……ごめんね」と謝ってくれた。
けど、
「いや、わたしのアドバイザーなんだよね……? これも仕事なんじゃ……?」
遅れて気づいてしまったけれど、別れてしまってはもう呼び戻せない(こともないか)――あとで受付に連絡をすれば部屋まできてくれるかな……? と期待しながら、ひとまず借りた部屋へ向かう。
既に時刻は深夜を越えている。
ここにくるまでの船で寝過ぎていたので、一切眠気がなかったのだが、さすがに疲れも溜まっていたのでチカチルも限界に近かった。
体を起こしていればまだ動けるけれど、横になれば眠ってしまいそうだ。
部屋で仮眠を――と思って借りたが、横になると朝どころか昼までぐっすりと眠ってしまいそうだった。
起きていた方が良さそうな気もするが、今後のことを考えれば十分でも眠っておいた方がいい。調査に支障が出ては問題だ。
部屋の値段は少々高めの設定だったが、カジノに併設されていることを考えれば妥当かもしれない。
潜入任務、ということで教会から支給されている額はかなり多い。
チカチルの年齢で持ち歩く額ではないが……。しかもさっきまでカジノで大金を賭けては遊んで(調査して)いたのだ……金銭感覚がバカになっていそうだ。
支給されたお金は民間人から集めたものだ。
なので使いにくい面もあるのだが、勇者は命を懸けて戦っているのだからこれくらい……ちょっとくらいの贅沢をしたって罰は当たらないだろう。
逆に言えば潤沢な資金を支給されているのだから、なんとしてでも結果を出さないといけない。
カジノの裏で暗躍している黒幕を特定し、魔王の手がかりを得る――と思えば、やはり仮眠を取っている時間もなかった。
ちゃんと仕事をしなければ。
あの人はどこにいるのだろう。
やはり、バニーガールがくれたヒントの通りに、あそこだろうか……?
『チカちゃん……探し物は地下にあるわ』
と、別れ際に教えてくれた。
地下――。でも、カジノに地下フロアはなかったはずだ。そもそもドーム状なのでフロアは一階から吹き抜けになっており、天井までがかなり高い造りだ。
少しだけ出っ張っている二階部分があるが、スペースは一階と比べてしまえばかなり狭い。
ちなみに宿泊施設はカジノのドーム横に建っている細長い建物だ。少なくとも、地下フロアは客が入れる場所ではない。となると、地下と言えばスタッフルームになるか。
宿泊施設内の階段で地下を目指す。が、一階で階段が終わってしまっている。
静かなフロアを一周してみたけれど、地下へ続く階段は他にはなさそうで……。
このままだと下水道を通っていくしかなくなるが、できれば避けたいところだ。
怪しいところを探すことになる。
見えている全部が怪しいのだけど……。
(スタッフルームも見つからないんだけど……)
分かりやすく『スタッフルーム』と書いていればすぐ分かるのだが……。
隠し扉がある? 魔法で見えないようにされているとか?
そこまですると尚更、怪しい部屋だ。
「…………」
こそこそ、と足音を気にしてここまできたものの、思えば勇者が入り込んでいることは既にばれているので(というか誘われて入ったのだから)監視が厳しくなっているはずだ。
なのに、ディーラーもバニーガールも、そもそも従業員もいない。
まるで、この空間にはチカチルだけしかいないみたいに……。
取り残された、とネガティブな想像が膨らんでいく。
その時――――ガチャ、と音が聞こえた。
人の出入り!? と思って通路の端で体を丸めて身を隠した(?)チカチルだったが、人の気配はなかった。
ただただ、扉の開閉……いや、鍵が開いた音……? が響いた。
やけに大きかった音は、誰かを呼び込むためという意図も感じられた。
音がした方へゆっくりと進んでいく。
すると、ついさっきまで見えなかったはずの『スタッフルーム』の扉が……見えていた。
「………………え」
十中八九、罠だろう……、罠だろうけど……でも、いかなければ始まらない。
誘われたということはチカチルのこれまでの行動もばっちりと見られていたということになる。であれば、周りを気にしてこそこそしていても行動が遅くなるだけだ。
ここから先は、大胆に行動する。
「おじゃましまーすっ」
扉の先は開いてすぐに階段になっていた。
警戒しながら下っていく。
やがて見えてくるもうひとつの扉を開け――――その先は更衣室だった。
並ぶロッカー。
ハンガーラックにはバニーガールの衣装が何着もかけられてあって…………新品? 使い古し? どちらもあるようだ。
部屋の中は香水の匂いが充満していた。過剰な消臭は、つまり消すべき匂いで満たされていたことを意味している。
「……まあ更衣室だし仕方ないよね」と、チカチルは大人の仕方ない匂いを嗅がなかったことにした。
――探し物は地下にある。と、バニーガールが教えてくれた。
調査開始、なのだが……見るべきところなどバニー衣装しかないだろう。
バニー衣装の生地やタグなどを観察し……――あった。
転写された魔法陣だ。
(魔法陣があったけど、でもさすがに内容までは分からないよ。エルフなら分かったのかな? 分かりやすくラベルが貼られて、『こういう魔法です!』って説明があるわけじゃないからなあ……。やっぱり、魔力を足してみないと分からない……よね。
いや、わたしの知識不足じゃないし! 魔法書を見ながらだったら……ある程度の魔法のジャンルくらいなら絞れると思うんだけど……うーん……)
専門家ではないので一目見ただけでは分からない。
分かる人が重宝されているのだから分かる方が少数派なのだ。
試しに魔力を足し、魔法陣を完成させて効果を見てみるという確認作業は現実的ではない。
これが罠かもしれないという前提で誘われた部屋であるからこそできなかった。
魔力を流してみたら実は爆発魔法で、更衣室ごと爆破されてしまえば、そのまま命を奪われる。勇者の頑丈さがあっても、この距離と狭さでは関係ないだろう。
前例がなくとも、可能性があると想像してしまえば行動には移せなかった。
(じゃあ、バニー衣装に魔法陣を転写するとして、どんな魔法を付ける……?)
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