第15話 どうせ「にまんぶんのいち」
「――じゃあ、私は帰る」
「帰るの? 泊まっていかないの?」
未来を視るという裏技を使ったから、戒めのために切り上げるわけではないようだ。もう充分に楽しんだから……。
そもそもエルフは悪いことなどなにひとつしていないのに追われている身だ(非協力的な態度が罪と言えばそうだが……それはそれで理不尽だ)。
エルフの扱いは人や国によるが、彼女の場合はたとえ丁重におもてなしをされると分かっていてもひとりを好むタイプだ。
そのため、用事を終えたらさっさと出ていく――これが彼女のライフスタイル、とのことらしい。
「ホテルだろ? 当然、宿泊はしない。寝込みを襲われても面倒だしな……。別に撃退できるんだけど……それでも面倒ごとは避けたいんだよ。他の勇者に見つかりたくもないし。お前も充分に面倒な勇者だが、まだ優しい方だしな。ヤバイ奴は、マジでヤバイ。私を捕まえて檻に入れて、『魔法陣を転写してくれ』とか頼んでくるんだぞ? 向こうは優しくお願いしたつもりとか言いやがるし……頭おかしいだろ」
エルフが肩をすくめる。経験談のようで、その時は檻を魔法で破壊し脱出したようだ。
転写された魔法陣による魔法と、彼女がその場で発動させた魔法では『出力』が当然ながら違う。転写を介さないエルフのその身から発動される魔法の方が強力だ。
仮に魔法無効の転写魔法を発動したとしても、出力が上の方が優先される。
世界で唯一、魔法を自力で発動できる種族はエルフ種だけである――彼女のような現代まで生き残っている野良エルフと、そして『魔王』のみ。
半エルフと人間種、その他の生物は各地に散らばる転写された魔法陣に自身の魔力を注ぎ、不足した部分を補うことで待機状態となっている魔法を完成させ、発動させるしか方法がない。
借り物ではないオリジナルに勝る借り物は存在しないのだから。
ゆえに、エルフは貴重だ。
加えて、単純な話、エルフは強い。
長生きは経験の量も膨大だ。彼女たちを追いかけ回すのは自由だが、エルフが本気を出せば束になった勇者など簡単に蹴散らすことができる。
……できるが、エルフは勇者の数の多さを知り、処理するのが面倒で避けているのだった――。
「チカチル」
「え? ……あれ? 名前、教えたっけ?」
「未来で視た」
「便利な言葉だね……」
なんでも知っていることの理由とするには便利だ。
本当に視たのだろうけど……都合が悪い時もこれで乗り切れる。
「本当に私はこれで帰るが…………私に用事はないのか?」
「?? ないけど…………なんで?」
「いや、だって私はエルフだぞ? 勇者は私に……求めるものがあるはずだろう?」
新しい魔法陣を転写してほしい、魔王の手がかりを教えてほしい――などなど。勇者特権では手に入らない、どうしようもない部分をカバーしてくれるのがエルフという存在である(……勝手な話ではあるが)。
エルフが自分からこうして誘うことはなく、それだけ彼女がチカチルのことを気に入ったということなのだが……しかしチカチルは、悩んだ末にこう言った。
「いや、特にないかな」
断った。
厚意を。
目の前で困惑するエルフだが、幸い、不機嫌になることはなかった。
ここで苛立っていれば、さすがにエルフ側としても身勝手が過ぎるだろう。
「…………本当に、ほんとーにっ、いいのか?」
「エルフさんと一緒かなー……それじゃあつまらないもん」
「つまらない……か」
「うん。実はね、わたしは魔王を倒すとか、別にどうだっていいの。会いたい人がいて、ついさっき会えたから、わたしの目的はもう達成できちゃってるようなもので――。でも、あの人の役に立ちたいって思うようになった。それが魔王を倒すことならもちろん協力するつもりだけど……ただ、魔王を倒しちゃうのも……ねー」
考えものかな、と。
チカチルの言わんとしていることを、エルフが察したようだ。
魔王を倒してしまえば勇者の役目は消え、勇者という存在も消えてしまうのではないか……。
勇者特有の社会での権力はなくなり、もちろん勇者が戦うこともなくなる。
だからこそ消えてしまう繋がりもあるかもしれなくて――――
「魔王がいるから成立する関係性もあると思うんだよね」
「そうか……」
「だからって、魔王討伐に反対じゃないからね!? そういうのは別の勇者に任せて、わたしはわたしでできることをしようって思ってるの。……ダメかな?」
「それを否定して、お前は引くのか?」
「え? 引かないけど?」
「じゃあ否定する意味はないな」
勇者が二万人もいる理由のひとつが、チカチルのような考えを持つ勇者がいるかもしれないから……だ。
もしもたったひとりの勇者しか世界に存在せず、チカチルと同じ思考を持っていれば、永遠に魔王は倒されないことになってしまう。
だけど二万人もいれば、チカチルのような思考がいれば魔王を一刻も早く倒したいと願い、前へ前へ進んでいく勇者もいる。同時に存在させることで停滞を防ぐのだ。
「お前の考えはよーく分かった。だが、それでも聞いておいた方がいいんじゃないか? お前の意中の相手に褒められるような情報を持って帰ることは得だろ」
「エルフさんがくれる情報を掴むために、長い時間を一緒にいられることができるかもしれないし……。簡単に手に入っちゃったら一緒にいられたかもしれない時間が減るってことだよね? だからいらないの。邪魔しないで。こっちはこっちの目分量で旅をしてるんだから」
「あ、ああ……うん……ごめん」
チカチルの声のトーンが少し落ちた。……しかも、本気の、敵意の目だった。
余計なことはするな、という圧がある。
邪魔をすれば刺すような攻撃的な強い意志が秘められていた。
……敏感に感じ取ったエルフが言葉をぐっと飲み込んだ。
好戦的なエルフが気圧されたのは、長い生活の中で久しぶりだった。
忘れかけていた野生の弱肉強食を思い出す……。
未来を視るまでもない。チカチルは、たとえエルフであろうと邪魔をすれば手をかけるだろう。
目の前の宝の価値を知らなければ(知ろうとしなければ)抵抗なく破壊することができてしまうのだ。
「分かったよ。……言わない、教えない。遠くから応援してる」
「うんっ、ありがと、エルフさん」
エルフは人混みに紛れてしまい――――チカチルは見送ろうとしたけれどすぐに彼女の背中を見失ってしまった。
再び見つけようとしても難しい。エルフの気配は完全に消えてしまっている……貴重な野良エルフだったのだ、次はいつ会えるか……――もう会えないかもしれない。
それならそれでも構わなかった。
「バニーさん、軍資金がたんまりとあるし、今はたくさん楽しもう!」
「そうね。チカちゃんを楽しませることが私のお仕事だもの。サボらずやるわ」
バニーガールの手を引くチカチルが、ルーレットの席につく。道具の手入れをしていたタキシード姿のディーラーが気づき、チカチル相手でも丁寧な態度でゲームの説明をする。
チカチルはうんうんと頷きながらも、ほとんど理解していない顔だったが……。
「テキトーでいっか」
「不思議と、チカちゃんはそれで勝っちゃう気がするのよね……」
勇者だからこそ、彼女の運もそこそこ上がっているのだ。
チカチルは任務を忘れて(後回しにしているだけ、と彼女は後に言ったけれど)、目の前に広がっているカジノのゲームを楽しむ。
当然ながら彼女が楽しむ裏では多くの被害者が叫び、悲しむ極悪非道なシステムが今も蠢ているのだが……今の彼女は知る由もない。
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