第14話 エルフの魔法書
彼女が向かったのはルーレットだ。
下着姿で、大胆にどかっと椅子に座る。
「全額だ」
と、自信満々に宣言する。
……カッコよく言っているが、手にあるコインは一枚なので、そりゃ全額である。
本当に、全財産を賭けているらしい。
ルーレットを仕切るディーラーがエルフの参加を受け付けた。
「ルール説明は致しますか?」
「さっきまでやってたんだから分かる。早くしろ……リベンジだ」
「かしこまりました。……では、始めましょう」
見た目三十代半ばの男性ディーラーがボールを準備する。
カジノでは最も有名だろうゲームだ。――ルーレット。
円形の盤の上、回転する番号とふたつの色。
盤にボールを投げ入れ、どの穴に入るのかを予想するゲームだ。
細かいルールは割愛し――(エルフは大胆に賭けていたので、生きるか死ぬかの二択しかないような勝負の仕方だ。細かいルールまで把握しているとは思えなかった)エルフが選んだ色と番号は…………
彼女は自分の選択に自信があるようで、迷いがなかった。
その結果、
「…………お客様の勝ちとなります」
「もう一度だ」
さっきまでの敗北を取り返すように、勝利を掴み取っていくエルフ。
十回、二十回と連勝していく内に奪われた服も取り返していく。
下着姿があっという間にカジノ内にいるディーラーとよく似たタキシード姿になっていた。
エルフは今いる場に合わせて変装し、溶け込むらしいが……。
彼女にはやや大きく見えるシルクハットを被り、奪われたものを取り返した上で、満足する分の勝利を両手に抱えた彼女が席を立った。
「望んだものは取り返した。これ以上は卑怯だからな、もうしないでおこう――別のゲームをちゃんと、堂々と楽しませてもらう。すまなかったな、坊や」
「…………あ、ありがとう、ございました……っ」
連敗したディーラーだったが、感情的にはならずに丁寧に頭を下げた。
彼もエルフのイカサマを疑ったのだろうが、場の魔法陣を発見できなかったので指摘もできなかったのだ。
魔法を使われた痕跡もなく……。
恐らくは素の実力。
もしくは既に魔法は発動されていて、認識する前に終わっていたか、だが。
席を立ってテーブルから離れたエルフに、チカチルが詰め寄った。
「――すごいねっ、なにをやったの!?」
その勢いに体を仰け反らせたエルフが、チカチルの顔を両手で押しのけながら。
「教えるかバカ」
「魔法? でも使った形跡はなかったし……イカサマしたわけじゃないなら運が良いってこと!? あんなに何度も的中させられるの……? それともコツがあったりして」
「チカちゃんチカちゃん、ちょっと落ち着いて」
バニーガールに首根っこを掴まれ、はっと冷静になったチカチルがこほんと咳払い。
「ところでエルフさん。…………どんなイカサマをしたの?」
「イカサマ前提なのがなあ……まあしたんだけど」
「どんなどんな!?」
興味津々なチカチルは止まらず、エルフの両肩をがっしりと掴んで押さえ、逃げられないようにしている。説得は無理だ、と悟ったエルフが渋々答えた。
「…………『未来』をな、視たんだよ」
「未来を?」
「ああ。だからルーレットで、ボールが落ちる穴が分かった。事前に未来を視て正解を知っていれば、後はその通りに賭けるだけで勝つことができる。絶対にな。だからやりたくなかったんだよ……これじゃあゲームじゃなくて作業だ。わざわざカジノまできて眠くなるような作業なんかやりたくないし……」
「……ふーん……未来を視る魔法……?」
チカチルが首を傾げた。
「でも、そんな魔法、『魔法書』に載ってたかな……?」
独り言なのか、チカチルはエルフに質問をしたのか…………どちらにせよ、エルフはチカチルの疑問には答えなかった。
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