第13話 青いエルフのシルクハット


 ルーレット区画エリアへ向かう道中、人混みの中に紛れて通路の端に下着姿の女の子が座り込んでいた。

 年齢はだいぶ若く見え、チカチルよりも年下なのは明らかだ。


 澄んだ青色の髪と下着、白い肌と細い体。

 チカチルの横に付いてくれているグラマラスなバニーガールと比べなくとも貧相な体だった。


 ……ちゃんと食べているのか心配になる。下着も付ける必要は……それはさすがにあるけれど。ともかく、なぜ若い子がこんな場所に? チカチルも似たようなものだが……。


 彼女がこの場にいる理由が気になるが、それよりも少女の格好に目がいく。

 下着姿でなぜか抱えている黒いシルクハット。

 実はカジノ側の子、だったりするのだろうか。


「あの子…………」

「先週からいる子ね。実はあの子、エルフ種かも、と噂よ」


「エルフ!?」


 本当にそうであれば、『あの子』という呼び方は本人から不評を買うだろう。

 ああ見えて、本当のエルフ種であれば百年以上は生きているはずだ。


「しっ、声が大きい! ……あの子はお忍びだと思うのだけど……。『野良エルフ』は世界に数が少ないんだから、正体がばれたら厄介なことになるのは分かるでしょ? 勇者様なら尚更、エルフの存在は貴重のはずだと思うけど……。

 あの子が本物という確証はないけど、関係者ではあると思うの。チカちゃんが喉から手が出るほど助けを求めたい相手なのは分かるけど、あの子の機嫌を損ねるのだけはやめた方がいい。一度でも気難しいエルフに嫌われてしまえば、もう一生、会えないと思うわよ」


「それは……分かってるけど……」


「入場の時に『自分はエルフだ』って言い張ってたからね……担当しなくとも聞こえてくるものよ。見た目が子供でも、実際は百年以上も生きていたみたいだしね……。カジノ側としてはルールに則って入場させたのよ」


 カジノのルールでは入場の条件は見た目ではなく年齢だ。それが証明できるものを持っている必要があるのだが、少女の場合は振る舞いと圧で従業員たちを黙らせた形だ。


 百年以上、もしかしたら千年以上も生きているエルフにとっては、有象無象の赤ん坊を掌握することなど簡単だ。


「エルフ……なら」


 本当ならば、どうして下着姿に?

 無理やり剥ぎ取られたわけでなければ、ゲームに負けて身ぐるみを剥がされたことになる……。結果は同じだが、ゲームで負けたからであれば、カジノ側に落ち度は一切ない。印象は悪いけど……。


 もしも人目につかないところで服を剥がされたのであれば、相手が女性であれば下着を残すことはしないだろう。逆に優先される気がする……。

 下着姿だが、彼女はまだマシな方だ。


「バニーさん、わたし、ちょっと声かけてくる」

「それは勇者として? それとも――チカちゃんとして?」

「困ってる女の子に手を伸ばす『お姉さん』として」


 下着姿の少女が本当にエルフ種であるなら、チカチルよりも十倍以上も年上である。




 通路の端で壁に背を預けて座り、俯いている少女に声をかける。


「ねえねえ、負けちゃったの?」

「――――あん?」


 顔を上げた少女の鋭い眼光。向けられた苛立ちと敵意にチカチルが仰け反った。

 ……カジノにきているのだから引っ込み思案な子ではないと思っていたけれど、ここまで好戦的かつ攻撃的な子だとは予想していなかった。


 負け続けて弱っているかも、と不安だったが、彼女にはまだまだ闘志がある。

 というか、まだまだ燃えている最中だったようだ。


 塞ぎ込んで見えていたのは、ここからどう巻き返すか、考えていたからか――。


「え、いや……だって下着姿だから……身ぐるみ全部剥がされて、絶対絶命なのかなって心配になって……」


「あ? あー……まあ、焦ってはいないけど、それなりにピンチではあるかもな」


「じゃあ、わたしの軍資金、分けてあげよっか……?」


 少女が眉をひそめた。

 チカチルの提案がお気に召さなかったようだ。


「それで? お前の言うことを聞けとでも言うのかよ。エルフを見つけて網を持って飛びかかってこないだけマシだが、恩を売って言うことを聞かせようとするところは若い女でもちゃっかりと勇者らしいな」


 そんなつもりは一切ない、と言うつもりはなかったが、そこまで一方的に言われたらチカチルだってむっとする。

 ただ……、あっさりと彼女が正体を明かしたことに、チカチルの方が戸惑った。


「あ、自分がエルフだってことばらしちゃうんだ……いいの? 大丈夫なの?」


「…………? 私が、エルフだってことを知ってたんじゃないのか……?」


 だから声をかけてきたんだろう? と思い込んでいたらしい。


「微妙、だったよ? そうなのかな、どうなんだろう、くらいに思ってただけで……確信があったわけじゃなかったの」


「あ……あー……」


 自分から正体を自白してしまったことにエルフが頭を抱えた。


「まさか知らないとはな……」と想定外だったらしいが……。後悔している様子だが、切り替えは早く、過ぎてしまったことは仕方ないとエルフが「まあいい」と呟く。


 うんうんとここで考えていてもなにも進展しないことを知っている大人な彼女は、過ぎ去った過去は見ない。


「ガキの手助けはいらないんだよ。自分でなんとかするし、別に困ってたわけじゃない。服は取られたけど、下着はまだある……このシルクハットもな……。気に入ってるけど、もう背に腹は代えられないしな。それに――最悪の手段ではあるが、起死回生の一手は既に掴み取ってきてるんだ……もう勝ったようなもんだ」


 攻撃的な彼女がさっきまで俯いて静かだったのは、反撃をするための準備段階だったからか。


「そうなんだ……、反撃は……魔法で?」

「魔法で、だ」


 立ち上がったエルフが下着に手を入れ、谷間からコインを取り出した。

 最悪の手段を使い、起死回生の一手を打つための資金として残しておいたのだろう。

 ……下着姿になる前に使えばよかったのに、と思ってしまうが、本当にヤバイ時が今なのだ。


 指でコインを真上へ弾き、それに釣られたチカチルの視線がコインを追う。


 落下したコインがエルフの手に受け止められ――――



「さあ、反撃開始だ」

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