第11話 狩るバニー①


「な――ッ、怖っ!? い、いらないですけど!?」


「初めてご利用になるお客様には必ずサービスしていますから。貸すのではなく差し上げます。勇者様だから、ではないですよ? 特別扱いではないので悪しからず」


「くれるの……? それはありがたい、ですけど……カジノ側は損なんじゃ……?」


「長い目で見れば得をしますから。勇者様が気にすることではありません」


 損得ではなくお金を回してくれるだけでありがたいのかもしれない。

 ということはカジノ側が勝つように仕組まれている? カジノとは元よりそういうものではあるだろうが、周りから不満が出ていないということは、勝って帰っている者もいるわけだ。


 バニーガールで満足する分を稼いでいるわけでなければ、だが。


 それでも、やはりカジノ側が得をすることを見越しているからこそ、奮発してサービスしてくれているのだろう。


 黒いお金か? と疑うのは今更だ。

 秘密裏に運営している時点で黒いお金であることは確定だ。関わらないことは不可能だった。


 今回はカジノの調査、そして潜む魔人の討伐を主に目的としている。

 勇者トリタツが逃した黒幕が、このカジノにいるかもしれない――――


「まあでも、お金はお金だし」と、チカチルは白か黒か、あまり気にしていなかった。

 許可を得ていない施設であっても、生死をエンターテインメントにしていなければ黒いお金であっても黒い遊びではない。チカチルは寛容な方なのだ。


 カジノで遊ぶかどうかは本人の自由だし、負けて大損し、生活がめちゃくちゃになっても自業自得である。それが嫌なら最初から手を出すべきではないのだから。


 カジノを利用するなら、まずはイカサマ(魔法)を疑うべきだ。

 カジノ側が勝つようになっているのは当たり前。

 そして、客の勝敗をコントロールできるのもまた、カジノのイカサマの腕である。



「勇者様、カジノを利用するにあたって、アドバイザーとしてひとり(でなくとも)、バニーガールを傍に置くことができますが……。強制ではありませんがいかが致しましょう?」


 正直、自分がバニーガールとなって『あの人』と一緒に回りたいという欲もないわけではなかったが(どころか強くあったが)、本筋からずれてしまうので今は抑えた。

 仕事できたのであってプライベートではない。デートでもないのだ。


 バニーガール……。色々と話を聞くため、傍についてくれるなら好都合だ。


「誰でもいいんですか?」

「ええ。拒否されることはありませんよ」


 それは拒否することを禁じているからなのではないか。

 ……周りのバニーガールたちは笑顔を見せているものの、無理から出ている笑顔もある。内心では付きたくない客の傍にいる場合もあるだろう。それを顔に出さないのがプロだろうけど。


「えっと、じゃあ――」


 既に赤髪の勇者さまはテキトーに近くのバニーガールを選んでいた。……いいのだけど、チカチルを前に遠慮なく若い少女を選ぶところにはむっとした。

 ……したけれど、恋人でもないチカチルに文句を言う資格はなかった。


「…………」

「勇者様?」

「あ、はい。じゃあ――」


 周囲を見回したチカチルの目に飛び込んできたのは、こちらをじっと見つめている(睨みつけている……?)バニーガールだ。

 チカチルよりは年上に見えるけど、まだまだ若い女性だった。

 迷うことなく彼女に決めた。チカチルが彼女を指差し、


「あのバニーさんがいいです」

「かしこまりました――ウィニードール、ご指名だ」

「はい……承知しました」


 ぴんと立った白く長い耳。

 きわどい赤いバニースーツは周りと同じものだ。薄く肌が見えている黒いストッキング、お尻にはもふもふの丸く白い尻尾。ピンクにも紫にも見える背中までの長い髪が特徴だった。


 毛先まで艶がある髪は短時間で何度も手入れがされている証拠だろう。

 常に綺麗でい続けるシステムがカジノ側で整っているのだ。


 そして――彼女には強い目力があった。

 一度、目が合ってしまえば逸らすことができないような惹きつける瞳。

 だからこそチカチルも、彼女に目が止まって離せなくなってしまったのだろう。


 ひとり、選ぶとしたら彼女しか考えられなかった。


 ――だって、訴えかける目があったから。

 周りのバニーガールたちは俯いていたり、逆にやる気に満ち溢れていたり、自分を殺して別の誰かになりきっている人が多い中で、彼女はその目力で不満をぶつけていた。


 ……助けて、ではなく。


 手伝って、とでも言いたげな目で。


 チカチルは遊びにきたわけではない。

 異変の中に潜む魔王への手がかりを求めてやってきた二万の内のひとりの勇者なのだ。


 カジノを潰すことを目的とはしていないが、手がかりが箱の中に入って取れなくなってしまっているなら、鍵を開けるよりもその箱自体を壊すべきではないか、という手段も視野に入れている。


 そう思えば、彼女――バニーガールの存在は手がかりへの足がかりとなるだろう。



「ではウィニードール。くれぐれも勇者様に失礼がないようにな」

「……分かっています」


 金色の支配人が場を離れていく。赤髪の勇者さまへついていたバニーガールにも同じように指示を出しながら……彼がバックヤードへ向かっていった。


 カジノの支配人であれば……彼が魔人なのだろうか?

 チカチルは彼のことを注意深く見ていたけれど、ごく普通の民間人に見えた。

 意図して隠しているなら、異変も見えず、判断がつかなかったことは脅威だけど、まさか魔人が分かりやすく支配人として立っているとも思えず……。


 ようするに今のところ、なにも分かっていなかった。


 騙されていることに勘付いていても、なにをどう騙されているのか分かっていなければ指摘もできない。まるでゲームで見せるイカサマのようで――。


 勇者と魔人が参加するこのゲームでは、勇者は常にイカサマをされているのだ。

 見抜けなければ殺される。

 そうやって、勇者と魔人は長く争ってきた――――。

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