第10話 夢カジノ


 チカチルと赤髪の勇者さま(……とチカチルは呼んでいる)がカジノへ来場する。

 支配人と名乗ったわけではないが、周りとは違う雰囲気の全身金色の男が先導していたことで、チカチルのような若い少女が姿を見せても従業員たちに驚きはなかった。

 物珍しそうに見ている者は多いが……批判的な目はない。


 チカチルも勇者さまと同じく黒いスーツに身を包む。

 一応、性別不詳の設定ではあるのだが、青年が隣に立つことでチカチルの女性的な部分が鮮明に見えてしまっている。男装の効果はあまりなさそうだ。


 教会から支給されたスーツだったが、わざわざ用意してくれたシスターには悪いな、と思いながらも、田舎から出てきたばかりのおのぼりファッションよりはマシだろう。


「おい、おのぼり。きょろきょろすんな目立つだろ」

「なにここ……え、なにここ!?」


「カジノだ。分かっててきたんだろうが。……初めて見たわけでもないだろ――」

「初めて見たよ!?」


 闇カジノこそ珍しいが(というかあってはならないのだが……)、カジノ自体は小さな規模であれば町にもあるはずだ。

 ここまで派手でなくとも喫茶店や居酒屋に併設されていたり、ゲーム自体ならどこでもできる。

 その延長線上の先にあるのがこのカジノであると言えば、見たことがないわけもないのだが……。


 世界観が変われば同じものでも別物に感じることはあり得ない話ではない。

 ドーム状の内側――高い天井。


 慣れるまでは耳が痛くなるほどの騒音……だが利用客は多い。


 ルーレット、カードゲーム、スロットやマージャン、サイコロなどの多様なゲームが置いてある。客層を見れば国のお偉いさんらしき人がいて……中には知った顔もある。


 チカチルの記憶が正しければ、あれは王様か……?


 世界三大国家を含めた十二の国、その一部の国の王がひとりやふたりではなく、四……五人はいる。ほぼ半数の王が手薄な警備でカジノを満喫していた。


 闇カジノと知っていながら……?


 魔人が裏で支配していることは、さすがに知らないのだろうか……。


 となると、魔人の魔の手は、既に国のトップにも入り込んでいるのではないか。

 魔人が目を付けたのは、忙しい王たちの羽目を外す場がない、ということであれば、この施設の存在は王には刺さってしまう。


 王たちがこぞって利用してしまうのも仕方ない。


「(これは……うーん……見なかったことにするべきなのかな……)」

「騒ぎは起こすなよ」

「はう!?」


 耳元で囁かれる。

 無鉄砲にも突撃しそうになったチカチルに気づいたのだろう……赤髪の青年が距離を詰めた。


「まだ騒ぎは起こすな。調査も充分にしてねえんだからな」

「は、はぃ……」

「おい、目を合わせろ。本当に分かってんのかよ……まあいい」


 距離感にまだ慣れないチカチルは顔を真っ赤にしながら深呼吸を繰り返す。

 彼との接近にそろそろ慣れておかないと任務に支障をきたしてしまうだろう。だが、意識してすぐに治せるものでもないので、時間が解決してくれることに期待するしかない。


「あ……あのっ」


 先導する金色の男の背中に、チカチルが声をかけた。


「なんでしょうか、勇者様」


 金色の支配人(?)が、作り笑いを浮かべる。

 この顔が向けられている内は、チカチルはまだお客様ということだ。


「ここって、年齢制限とかあるんですか?」


「勇者様であれば関係ありませんが……一応、未成年はアウトです。ただ、僕がルールですので、ルールは頻繁に切り替わりますからねえ」


 チカチルの同行者となっている彼の入場も支配人の独断だった……この独断が良い方へ転ぶことがあれば悪い方へ転ぶこともある……支配人は味方ではないのだ。



 その後、指示に従い会員登録を済ませた。

 名前、年齢を書き残す。簡単な手続きだった。

 正直に書くか迷ったが、隣で勇者さまがささっと書いていたのでチカチルも急いで終わらせる。慌てていたので素直に書いてしまったけれど、名前と年齢だけであれば色々なところで既に明かしてしまっている。この場だけ偽名にしたところで効果も薄いだろう。

 魔人が見ると思うと不安になるものの、そもそも勇者である時点でチカチルの詳しい情報は魔人にも流れているはずだ。チカチルが黙っていても調べられてしまう。


 書く前に個人情報は抜き取られていたのかもしれない。


「――いらっしゃいませ、チカチル様。我がカジノを楽しんでいってください」


 羽目を外しているお偉いさんばかりに目がいってしまうが、カジノの中にはゲームを仕切るディーラーも多い。

 彼らとは別に、ゲームを仕切ったり、ドリンクを運ぶなどの給仕も担当し、客とお喋りをして楽しませるための人材もいる……ぴんと立った耳が特徴的なバニーガールたちだ。


 見えている肌が多く、きわどい衣装を身に着け、権力者の接待をしている。

 水着や下着よりは布面積が多いけれど、大人の女性が見せる『まだこの格好を完全には受け入れられてはいない』照れた表情を見ると、よりいやらしく感じてしまう……。


 権力者たちは、そういう彼女たちの反応も含めて楽しんでいるようだ。

 国の王や権力者たちの普段は絶対に見られないような緩んだ顔ばかりがあった。そんな彼らをもてなし、すぐ横についているのはひとりの客にふたり、ないし三人のバニーガールたちだ。


 個人の好みで多数を同時に侍らせている者、入れ替わりでたくさんのバニーガールをつまんでいる者、たったひとりを専門に抱えている利用客もいる。


 楽しみ方は人それぞれだ。

 カジノには併設されている宿泊施設もあるようで、若い男と両脇にいる三人のバニーガールが部屋の鍵を受付で受け取って、扉の先へ消えていった……――あれは、つまりは『そういう』ことなのだろう。


 大人の関係だった。あれもサービスの一環なのだろうか……?

 それとも気が合った当人同士が望んで移動した……?

 子供が知るべきではない闇も見えているが、基本的にはテーマパークである。

 純粋にカジノとしてのワクワク感は備わっており、首都を知らなかったチカチルは自然とテンションが上がっていた。……ここは未知の世界である。


 本でしか見たことがなかった「まるで異世界」を前にすれば、任務のことなど忘れて没頭してしまいそうだった。


 非日常のアトラクション。

 夢を切り取ったような世界。

 そんな世界を歩けるだけでも、チカチルにとっては充分に楽しいものだ。


「わぁ……すご……っっ」


「勇者様、こちらへどうぞ」


 支配人が手渡してきたのは五つの札束だ。

 チカチルは目が飛び出しそうになった。



 ――チカチルは大金を手に入れた! いやいや……夢から醒めそうだ。

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