第9話 招かれた客


「いいが……ひとまず中に入るか」

「え、どうやって?」

「さっきまで屋根の上にいただろ。侵入できそうな通風孔はなかったか?」

「うん……なさそうだったかな……」

「オレも確認してみたが、なさそうだ……。見落としは、ふたりで確認したならないだろうな」


 ないとしても、正面玄関からの侵入は論外だ。巧妙に隠されているだけで、必ずどこかに穴はあるはずだ……と、青年は自信と確信があるようだった。


「魔法で穴を潰してる可能性もあるな……。もう一度注意深く探してみるぞ」

「分かった!」


 チカチルが行動に移そうとした瞬間だった。

 ――――ゾッと、背筋が凍る。

 心臓を鷲掴みにされている感覚に、助けを求めることもできず、体がまったく動かない。

 嫌な汗が全身から噴き出した……体が動かないが、感覚はある……――後ろ、だ。


 異変を感じた青年が振り向いた。


「どうした、チカチル?」

「後ろ、に……」

「後ろ?」


 声が震えるチカチルの背後。

 青年の金色の瞳がなにもない空間を鋭く見つめ――――彼も感じ取ったようだ。


「…………」

「な、なにか、いるよね……?」

「透明化……の魔法か?」


「ご明察だ、御両人」


 青年の手が伸びチカチルを引き寄せる。

 反転させられたチカチルが見たのは、背後に立っていた大木が金色に塗り潰されていく様子だった。……見えてきたのは金色の、全身をスーツで包んだ男だ。まさにカジノらしい格好だ。


 頭からつま先まで、全てが金色の中性的な色男。

 体型は細身で、右目の下には泣きぼくろがあった。

 手先の綺麗さや七三で分けられた髪型を見れば、メイクさえ変えればそのまま性別も変えてしまえるのではないか……、と思える色気がある。

 男性に見えても男装している女性かもしれない。その可能性は、最後まで捨て切れなかった。


 透明化の魔法はスーツに転写されていた魔法陣によるものだろうか。

 魔法の発動による「環境の流れが乱れる」感覚がなかったのは、カジノの中で発動した後に、ゆっくりと近づいてきたからか。


 背後まで近づかれてもまったく気配を感じられなかったのは、彼の実力なのだろう。

 当たり前だが、透明化の魔法を使い、足音を立て殺意を垂れ流しにするわけもない。


「おっと、怯えないでくれよお嬢ちゃん。別に取って食おうってわけじゃない。一応聞くけど、チケットはあるのかな?」


「……ねえよ」

「お嬢ちゃんは?」

「ない……です」


「そっかそっか……いや、あのね、だから取って食おうってわけじゃないんだよ。そんなに怯えられるとこっちもショックだなあ……。チケットがなくても勇者様ならお客様だからね……、お嬢ちゃんあらため、勇者様とそのお連れの方が嫌でなければ、我がカジノへご招待したいと考えていますけれど、いかがでしょうか?」


 仕事モードに切り替えたのか、恭しく一礼した金色の男。

 彼は「我がカジノ」と言った……。従業員のひとり、という可能性もあるが、派手な見た目と人を食ったような彼の性格からして、ただの従業員にしては我が強過ぎる。

 いち従業員だとその他をまとめて食ってしまいそうだ。

 トップでなくとも、管理者であることは確実だろう。


「カジノはお嫌いですか?」

「いや……ちょっと待ってくれ」


 すると、青年がチカチルにそっと近づく。

 吐息がかかる距離で、彼の声が耳の奥にそっと届いた。


「(罠かもしれないが、ここは誘いに乗って入った方がいい……あとは中で考えればいいだろ…………おい、聞いてんのか?)」


「ふぇえ……」


 顔を真っ赤にしたチカチルが目をぐるぐると回して倒れそうになる。

 腰が抜けたチカチルを支えた青年が、はぁ、と深い溜息をついた。


「……もういい、勝手に連れていくが文句を言うなよ? ……言わなさそうだよな」


 急接近した距離感に、チカチルはすっかり使い物にならなくなっていた。


「……オレらのことも客として扱ってくれるのか? 勇者と、その同行者だが……」


「勇者様は国王と同等の権力を持った上級民間人ですから、問題ありませんよ。あなたに関しては、今回だけは入場を許可しますが……次はないぞ?」


 チカチルには向けなかった見下した視線。


 勇者でなければ権力者でもない赤髪の青年は、民間人と同じ立場だ。

 特例でもなければ近づくことさえできない場所である。

 彼が単独で入れるとすれば、それこそ噂になっている輸送で囚われるしかないわけだが……。


「必要なのはチケットではなく勇者ってわけか」


「――それではVIP様、カジノへとご案内します。こちらへどうぞ――――」


 深い茂みをかき分けた金色の男が、カジノの入口へふたりを誘った。



「チカチル……いくぞ」

「はっ!? ……あれ? いいの?」

「大丈夫だ。だってオマエは、勇者なんだからな――」


 とん、とチカチルの背中を押す。

 数歩、カジノへ近づいたことで不安そうに振り向いたチカチルが、


「……勇者さまも一緒にいける?」


「ああ、オレもいくから安心しろ」


「っ――――やったっ!! 絶対だよ、勇者さま!!」


 茂みから飛び出したチカチルがカジノの入口へ向かった。


 その背中を、青年がゆっくりと追っていく。

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