第8話 ――再会!
「――あ、あのっ!!」
チカチルの声に、黒いスーツを纏う赤髪の青年が振り向いた。
忘れるはずがない後ろ姿と特徴的な髪の色にもしかしてと思って追ってみれば……やっぱり……チカチルが憧れている『あの人』だった。
当時のまま――彼は変わっていなかった。
衝動的に、チカチルは両手を広げて彼に飛びかかっていた。
敵意はもちろんないが、赤髪の青年は本能的に危険を感じたのか、険しい表情で距離を取る。
咄嗟のバックステップ。
靴に転写されていた加速の魔法を使用したようで、青年が視界から消えた。……しかし、魔法の発動を察知したチカチルも同じく加速魔法を発動させ、逃げる彼を追いかける。
カジノの屋上は広いが、大半が斜面になっているために端へいき過ぎれば落下してしまう。
お互いに調査にきているのであれば、騒動だけは起こしたくないことだ。
屋根からずり落ちて運営側にばれるのだけは避けたい。
徐々に距離が縮まる中で、青年の視線が自身の手首に向いた。
魔法陣か、もしくは武器が仕込まれているのだろう。
青年は迷った挙句、奥の手は出さないようだ。
「……一体、オマエは、」
「――いかないでっ!!」
「は??」
チカチルの感情を優先させた必死の訴えが響いたのか、青年がチカチルの顔をじっと見つめる。訝しむが、喉に引っ掛かっている様子でもあり……。
やや速度が落ちた青年の服に、チカチルの指が引っ掛かった。
同時に青年のかかとが段差につまづき、バランスを崩す。
後ろに倒れる青年を庇うために抱き着いたチカチルごと、ふたりはごろごろとドーム状の斜面を転がっていった。
建物の端まで転がり、そのまま勢い良く樹海の中へ突っ込んでいく。
「きゃっ」
受け身を取る気もなく、チカチルが青年の胸に抱き着く。
空中に投げ出されたふたりは地面に叩きつけられる前に勢いが止まった……。
青年の手が伸び、途中の枝をしっかりと握っていたからだった。
ふたり分の体重を支えているせいか、みしみしと彼の骨が軋んでいる……チカチルの耳がその音を拾っていた。
さらには肩も外れそうになっていた……、その痛みに堪えながら、青年は涼しい顔を浮かべて、チカチルのことを片手で抱き寄せる。
脂汗をかいているので痛みをまったく感じないわけではなさそうだけど……。
太い枝一本を支えにして宙ぶらりんになっている。
片手でチカチルを抱き寄せてくれている青年が、キッと鋭い目を向けてきた。
「……おい、どういうつもりだよ……ッ」
「――やっと会えましたっ、勇者さま!!」
「はあ?」
怒りや疑問、喉まで出かかっているような気持ち悪さの全てを合わせたような複雑な表情を浮かべる青年は、次の言葉を出せないでいた。
「覚えてますか!? わたしですっ、あのチカチルです!!」
「あの? チカチル? ……いやまったく覚えてな、」
その時、真上からバキッという音が聞こえ、浮遊感がふたりを襲った。
落下が始まった。「きゃー」と棒読みでさらに青年にしがみつくチカチル。
青年はチカチルが自分で回避できることを分かっていながらも、舌打ちひとつで受け入れ、チカチルを両手で抱きしめ直す。
傍の大木を足場にして斜めに飛ぶ――地面に着地した。
着地の際に大きな音を立ててしまったので慌てて大木の後ろに姿を隠した。
……カジノからの監視の目を避けるためだ(あるかは分からないが)。
ふたりともしばらく息を潜める。
現場の異変の調査にやってくるカジノ関係者がいないことを確かめてから……ふう、と息をついた。
安堵した青年が肩の荷を下ろして――リラックスした彼が俯くと、ちょうど胸にしがみついていたチカチルと顔の距離が接近し……少し背伸びをすれば額がぶつかってしまう距離だった。
ついつい、チカチルは唇を尖らせてしまう。
「むー」とおねだりすると、青年は「う」と顔をしかめた。
唇を尖らせたと同時に目を瞑ってしまったチカチルは、彼のその表情を見ることができなかった。
そのため迫る彼の手にも気づけない。
「おい」
「むぐっ!?」
彼の片手に両頬を掴まれる。
さらに唇が突き出てしまい……不本意な表情だ。
「もう危険はないんだ、さっさと離れろ」
「やだ」
「このガキ……ッ」
青年は自分の顎に手をやり、チカチルの顔をまじまじと観察している……。もう一度、唇を尖らせようとすれば「顔を変えんな」と言われ、渋々表情は変えないように努力する。
彼と目が合い、そのまま時間が経過するので、段々と恥ずかしくなってくる。
幸せだけどさすがにチカチルも顔を真っ赤にし、無表情も維持できなくなってくる。
嬉しいやら恥ずかしいやら、心臓のバクバクが止まらない。
「……なあ、オマエ」
「は、はひっ」
「オレとどこで出会ったんだ……?」
「た、たす、助けてっ、くれました! 勇者が家に押しかけてきてっ、お母さんの大切なものを盗んでいこうとした時に――あなたが助けてくれたんです!!」
「――――!」
青年はチカチルを思い出してくれたようだが……九年後の再会に喜んでくれている様子ではなかった。
複雑な表情だったのが記憶に残る。
再会を嫌と思っているわけではないとしても、困った、どうしてこんなことに……そういった感情が読み取れる。
「……勇者さま? やっぱり……昔のことは思い出せないですか?」
「いや、覚えてる……ああ、大きくなったな」
彼の手がチカチルの頭の上に乗った。
まるで「してほしいこと」を見抜いたように、彼が頭を撫でてくれたのだ。
恐る恐る、と言った様子なのは、昔みたいに子供ではなく女性とも言えるほど成長したから、髪を触ることに抵抗があるのかもしれない……チカチルが嫌がるのでは? と気を遣ってくれているのだろう。
そんな彼の心配を吹き飛ばすほど、今のチカチルの表情はだらしなく緩んでいるが。
「……問題なさそうだな」
「えへぇ……」
「ところで、オマエはなんでこんなところにいるんだ?」
「チカチルです!!」
「……チカチルは、なんでこんなところにいるんだよ」
「それはこのカジノに――――」
と、説明を始めようとしたところでチカチルが止まった。
……勇者ではない人(手の甲の白い印がなかった)に内情を話していいものか迷ったものの、「まあ勇者さまじゃなくても勇者さまだし、いいよね」と自分理論で解決させた。
彼女の基準で言えば、勇者の印がなくとも気持ちが勇者であれば勇者である。
「このカジノに魔人がいるかもしれなくて……それで勇者のわたしが調査にきたの。できれば魔人も退治したいけど……、できなければ捕まってる人だけでも助けられたらいいかなって思ってる」
「へえ……そんなことまで分かってんのか」
「ここだけの話、最近だと女性や子供が『ある島』に輸送されてるみたいなの。教会のシスターさんが言うには、きっとこの島に送られているんじゃないかって話で……。まだ分からないけど、そういうことも含めて詳しく調査しないとね――ところで勇者さまは、どうしてここに?」
「同じようなもんだな」
赤髪の青年がもしも勇者であれば任務の重複になっていたが、彼が教会を頼らず、勇者の印も持たない正義感の強い民間人であれば、共に行動することは問題にならない。
同じ現場に勇者ふたりだと報酬や支援金が膨れ上がるので、教会側としては避けたいところだが……青年が民間人であるなら支援をする必要はないのだ。
彼が事件に巻き込まれて怪我をしても自業自得である。
チカチルが彼の参加を認めなければ、勇者の指示に従わない場合、彼の問題行動になる。
が……、チカチルが彼を追い返すこともない。
「奇遇だねっ、じゃあ一緒に行動しよ!」
……と、彼女は彼に懐いているくらいなのだから。
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