第6話 初仕事!


「シスター……」

「ん? おかわりかな?」

「シスターって何歳ですか?」


 怒られる可能性もあったが、緑髪のシスターは微笑んだだけだった。

 ゆっくりと人差し指を口元へ持っていき、上唇を撫でるように……それから「うふふ」と笑って細めた瞳は蠱惑的だった。


「それはね――――ひ・み・つ」


「三十は越えてるだろ」


「なんで言うのトリタツ様!?」


 なら、十年前も今と大して見た目が変わらなかった?

 シスターは、謎が多い人だった。



「あ。そうだトリタツさん、十年も勇者をしてるなら聞きたいことがあるんですけど」

「俺でも分かることならいいけどな。なんだ? アドバイスなら自信ないぞ」

「人探しをしているんですけど……」


 勇者同士の自己紹介を終えてから。

 チカチルが聞いたのはもちろん『あの人』のことだ。


 赤い髪の勇者さま。

 長年、勇者をしているトリタツであれば、特徴が一致する人物とどこかで遭遇しているかもしれない……。随分前のことであっても行動範囲が分かれば充分だと思って聞いてみたのだが、


「いや、見かけたことはないな……赤髪の勇者なら目立つはずだし……俺はまだ見たことないよ」

「そうですか」


「別の教会で聞いてみたらどうだ? 俺が知らないからって勇者の過半数の意見ってわけでもないしな。落ち込むことはないぞ。君が探してるその人が勇者じゃないって可能性もあるが――」


「勇者じゃなければ民間人ってこと?」


 シスターが冗談交じりに続けた。


「それとも…………魔人とかー?」


「そんなわけないでしょ」


 シスターの冗談に、チカチルが割りと本気で否定した。

 腹の底からの低い声に、勇者トリタツが隣でゾッとして、肩を震わせていた。


「言ってみただけなのに……」


「冗談でも言わないでください。あの人は……憧れの英雄さまなんですから。勇者よりも勇者らしくて……あぁ、あの人と一緒に世界を救えたらどんなに良いか……っ」


「世界を救いたいよりも、その人と一緒にいたいの方に比重が置かれてるな……」


 チカチルの欲に呆れるトリタツだが、動機がどうあれ、求めるものがあれば強くなれる。

 トリタツにない分、その差が結果に繋がっているのではないか。


「じゃあ、私も意識して情報を探してみるね」

「え!? ほんと!? ありがとうございますっ、シスター大好きです!!」

「現金だけど、嬉しいわぁ」


 体をくねくねとさせるシスター。

 年齢が近く見えるふたりだが、片や三十代である。そう考えると三十代でありながら十代のノリでいるのは結構……客観的に見れば「イタイ」のかもしれないが……。


 三十代なら、シスターはトリタツよりも年上だ。


「……ほんと、昔から変わってないんだよなあ……」


 もしかしたらずっとこのまま……?

 彼女の成長は、まるで十代で止まっているかのようになにも変わっていないのだ。





「――チカチルちゃん、任務のお話いいですか?」


 かしこまったシスターが本題を持ってきた。

 勇者チカチルとしての、初めてのお仕事である。


 勇者活動は、基本的に達成報酬制度ではあるが、前金もしくは支援金、そして達成ではないものの、重要な情報の収穫さえあれば報酬金が出るようになっている。

 普通に仕事をするよりも儲けやすくなっているのは命の危険が付きまとうのだから当然だ。

 なので、ぽんぽんとお金が懐に入っていく仕組みであり、任務達成をしなくとも実は支援金だけでもなんとか生活はできてしまう……。


 中には支援金だけでだらだらと生きる者も少なくなく……そういった勇者は自然と淘汰されていく。問題になる前に消えていっているのだ。


 それでもまったく問題になっていないわけではなく、少なからず不満を漏らす民間人はいる。

 命を懸けているのだから支援はされて当たり前、という勇者ではない声もあるが。

 ……一応、支援にも限度はある。


 何はともあれ、勇者は副業をする必要がないため、チカチルでも人並みの生活を保障されたようなものだ。


「ん、はぁーい」


 チカチルはシスターをおだてて作らせた大きなパフェ(果物がたくさん乗っている)にスプーンを突き刺しながら、差し出された用紙を眺める。

 任務はとある南の島で秘密裏に建てられ、運営されているカジノの『調査』――だった。


 おおやけにはなっていない……つまり闇カジノ?


「最南端の……『魔王領』のすぐ傍の島なんだけど……ここからだとちょっと遠いかも」


 現在地が虎の国なので、他ふたつの大陸よりは近い。

 中央の海を南へ横断するルートになるので船が必要になる。

 もちろん教会が支援するので船の手配、数日の船旅にかかる費用は教会が払ってくれる。


「初めてのお仕事だけど、できる?」


「はい。なんだか力と知恵が溢れてくるのでなんとかなると思います!」



「最初はみんなそうだよ。なんでもできるって驕りが多くの勇者を死に追いやった。脅すわけじゃなく、本気で危ないんだぞ?」


 実体験から出る忠告だった。

 十年目の勇者トリタツから、タメになる親切なアドバイスだったが、シスターが身を乗り出して彼の口を乱暴に塞いだ。


「ちょっとトリタツ様っ、初心者を怖がらせないでください! 嫌だいきたくないと言い出したらどうしてくれるの!?」


「いや、でもさ、本当に危ないから……」

「トリタツ様とは違うんです!」


 才能がないと卑下する彼だ、「あなたとは違う」と言われれば否定はできない。

 トリタツが若い時は危険だったかもしれないが、今の子は違う……時代もだ。

 昔より教会の支援が手厚くなっているのは確かだし、勇者制度も洗練されている。

 出される任務の危険度も整理されていて、初心者に渡す任務としては最適なのだろう。

 トリタツが思っているよりも、初心者に配慮した任務なのだろう。


「………………俺も同行しようか?」

「ダメですよ、トリタツ様には他に任せたい仕事がありますから」

「俺、帰ってきたばかりなんだけど」


 と言いながらも、チカチルの任務には同行しようとしている。

 ……まさかチカチルに背負われるつもりで、支援金と報酬金を半分貰うつもりだったのでは……?


 気づいたチカチルが悪臭を嗅いだように顔をしかめた。


「えぇ……、悪知恵ぇ……?」


「違う! 誤解だ!!」


「トリタツ様って……えぇ……?」


「ふたり揃ってドン引きするなよ!!」


 息の合ったチカチルとシスターにたじたじになるトリタツ。

 彼は「分かったよ……」と諦めたようだ。

 本当に報酬の横取りが目的ではなかっただろうが、そういう勇者も中にはいる、という印象がチカチルにも残った。忠告としては成功だ。


「でも……チカチル、本気で気をつけろ」

「分かってますよ」


「なんでもできる気分かもしれないが、なんでもはできないんだ。できる気がするだけで……できないことの方が多い。勇者は万能じゃないんだから」


 才能があろうとなかろうと。……勇者だって元は普通の人間なのだ。

 勇者という存在が人間を大幅に強化させたところで種族が変わったわけではない。

 元が人間なら人間以上のことはできないのだから――。


 チカチルは苦笑しながら答えた。

 なぜか、自信だけはあるのだった。


「分かってますって」

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