第5話 0の勇者


「十年だ。……十年も勇者をやっていれば上は抜けていくし、どんどんと下が生まれてくるし…………才能ってのは残酷だよなあ……」


 才能があれば、実績を出すのが早い。

 ただ……、魔王が倒されていない今、実績の多さは命の危険度の高さも示している。

 危ない橋を渡ることが何度もあるだろう。優秀な勇者は早死にしやすいのだ。


 勇者が元凶である魔王を狙うように、魔王の子供たちもまた、勇者の中でも厄介な相手を優先して仕留めようとするはずだ。

 そのため、前線で動きながら十年も勇者でい続けられるのも、それはそれで別の才能だ。


 働いていないわけでないなら尚更だ。

 ただ分かりづらい才能であるため、部外者から「なにもしていない勇者」と揶揄されることが多くなるのは仕方ないが。


「あれ? でも、勇者の総数って二万人って聞いたことがありますけど。じゃあ待っていればいずれは新しく生まれてくる勇者はいないんじゃないのではー?」


 と、シスターが自分用に注いだドリンクを飲みながら。

 ……勇者を導くシスターと言えど、なんでも知っているわけではないらしい。

 噂話をそのまま仕入れた知識もあるようだ。


 各地の教会を任されたシスターは勇者のような「特別」ではない。

 勇者について最後に頼りになるのは、やはり当人である勇者同士だった。


 それにしても……、と、チカチルはふたりを細い目で見る。

 敬語と砕けた口調が混ざった話し方は、シスターと男の関係性が深いことを感じさせた。

 年齢差があるので恋仲ではなさそうだが……いや、もしかしたら……?


 だが、チカチルは想像できなかった。


 ――シスターは、わたしとそう変わらない年齢だよね……?



「確かに、二万人が確認できればそれ以上になることはないはず……理論上はな」


「? 勇者になるには欠片に触れる必要があるんですよね? だったら人海戦術で、もう全部が見つかってそうな気も……」


「ところが、見つかってないんだよな。恐らく、勇者の欠片は人を選んで勇者にしてるんだ。いくら勇者になって力を得られると言っても、元のスペックが低過ぎてもダメだ。倫理観が破綻していてもマズイ……。欠片側にも、選抜するための基準があるんだろう。

 人海戦術で時間をかけ、世界中を隈なく探しても見つからなかった欠片が、小さな子供がふと足下を見たら転がっていた、なんて事例もある。探そうとしても欠片が隠れて逃げてしまえば見つけようがないんだよ」


 欠片が人を選んでいる……が、勇者の中にはどうして選ばれたのかと疑問に思うクズも多い。

 チカチルは過去に苦い経験をしているため、いっそう選考基準に敏感だ。


 そして、その疑問を抱くカラクリは簡単なことだった。

 欠片に触れた段階では勇者も善良な人間だった。……のだが、勇者という立場を得て、権力を持ち、力を振るっていく内に善性が歪んでしまったのだ。


 なんでもできる腕力と発言力があれば、魔が差すこともある。

 勇者になったことで人間性が歪んだ勇者が民間人を苦しめていたのだとすれば、通者の欠片の選考基準には欠陥がない。

 ないが……、後に歪んだ勇者から、その時点で権利を剥奪するくらいの器用さは持っていてもよかったのではないか。


 今はもう亡き初代勇者には、どうすることもできないことではあるが。



「だから俺も、君も、一応は勇者の欠片に認められた勇者なんだろうな。数合わせではなく。……力を貰ったからと言って期待された通りの結果が残せるとは言えないが」


「…………」


 まだひとつも仕事を任されていないチカチルには反論ができなかった。

 彼が腐ってしまったのは、才能のなさを逃げ道にして自分の失敗に落ち込んでいるだけにも思える。努力を続けていればおのずと結果はついてくるはず……だけど。


 十年も勇者でい続けた男がもうダメだと諦めるなら、どうにもならないことへの実績だけは多いのだ。


 彼の問題なのか、任された仕事の内容なのかは分からない。そもそも勇者に与えられる任務は誰にでも務まる役目ではないし、失敗する方が多いのではないか。


 選ばれた勇者の中でもさらに選ばれた精鋭でなければ……。

 勇者もピンキリだ。ゆえに二万人もいなければ魔王を倒せないと初代勇者が思ったからこその数なのではないか……?


「トリタツ様。任務失敗だって言ってましたけど、魔人は逃げちゃいました?」


「魔人はいなかった。そういう意味では任務失敗だが、一応、捕まってた民間人は助けたし、駆け付けた国軍に渡しておいた。被害者のケアは大丈夫だろうな。……黒幕を逃がす以前に姿も確認できなかったのは俺のミスだ」


 現場に残されていた手がかりは一切なかったらしい。

 被害者に聞けば情報を得られるだろうが、傷口を広げるような行為をするにはまだ早いだろう……被害者は女性と子供しかいなかったのだ、乱暴なことはできない。


 心が自失するくらいには、彼女たちの傷は深かったのだ。


「輸送される寸前だったのは分かったが……行き先は分からなかった。もしかしたら……いや確実に、これから送られる場所があったんだろうな。魔人がいるとしたら、輸送先だ……そこが本命として、もっとたくさんの被害者がいるんだとすれば……」


 今回、救出できた人たちはごく一部だ。


 今も別ルートから被害者が輸送されている可能性があるのなら、送り先の大元をやはり潰すしかない。手がかりはないが、情報を集め、役目を振るのが教会の仕事だ。


 勇者トリタツの報告。

 すらすらと出てくる情報にチカチルは唖然とする……。


 才能がない? 落ちこぼれ? ……これで?

 チカチルがじっと見ていると、視線に気づいた男が「なんだよ……」と眉をひそめる。


「いや、だってさっきまで落ち込んで、自分に自信がなさそうだったから……なんにもできずに逃げ帰ってきた腰抜けだと思っていたら、違うし。ちゃんと人を助けて勇者らしくしてるじゃん――やるじゃない!」


「……話、聞いてたか? 敵の不手際で残っていた被害者を助けることができたが、俺は相手を出し抜くことはできなかったんだよ……なんの手がかりも得られなかった。シスターに仕事を貰ったのに、収穫は0だったんだよ。他の勇者だったらもっと上手くやれていたはずだ。でも、俺はここまでしかできない……任務失敗としか言えないぞ」


「でも、助けられた人がいるよ」


「それは……まあそうだけど。いや、俺がいなくとも駆け付けた国軍が保護して、」


「かもしれないけど、あなたが助けたなら……傷ついてた人はあなたを英雄だと思うよ」


 チカチルがそうであるように。

 自分を助けてくれた英雄にはもっと堂々としてほしいものだ。

 間違っても助けたことが「失敗だ」なんて言ってほしくはなかった。


「なんだぁ……きちんと勇者してるじゃん!」


「…………そう、思うか?」


 男の緩んだ表情に、すかさずシスターが横槍を入れた。


「あはー。調子に乗ってるとまた大失敗するよー?」

「…………お前な……」


「シスターからの大事な忠告よ。ふふんっ、トリタツ様が駆け出しの頃から見てるんだから、小さな失敗から大きな失敗まで知り尽くしてますからね。そう言えば大成功って今までなかったよね……なんでかなー?」


「才能がないからに決まってるだろ」

「うん、それが分かってるなら大丈夫」


 浮かれて足を踏み外すことがないように、というシスターの忠告だった。


 ふたりの距離感の近さと関係性の深さをあらためて実感させられたが……チカチルはちょっと引っかかった。


 ……駆け出しの頃から? 勇者になって十年になるトリタツの駆け出しの頃を知っているのであれば、シスターは一体いくつに……いや、単純に彼女が子供の頃から教会に入り浸っていて、彼のことを知っていただけかもしれない。


 実は若作りの容姿で、実際はもっと年上だったり……。

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