第5話 勇者vs※※②


「てめ……ッ!」


「嵐の中は安全地帯、なんて穴を突くのは二番煎じどころじゃねえだろ。そもそも安全ではあるが抜け出せない檻だ。戦略としてはピンチには変わりねえ。オマエを仕留める一手にならないなら――嵐を利用するならやっぱり斬撃が飛び回ってる、外側だろ」


 勇者は、多少は頑丈になっているとは言え、それでも不死ではない。

 人の手で振り下ろされた刃は肌で止まるかもしれないが、魔法を加え、起こされた斬撃の嵐であれば勇者であっても傷がつく。


 勇者からしてもかまいたちの嵐は脅威なのだ。

 ……では、どうすれば勇者を嵐に巻き込ませることができるのか、だが……。


 青年が触れた勇者の靴に、魔力が流し込まれた。

 魔法陣に魔力を流し込む者は、道具を身に着けた者でなくとも構わない。


 つまり勇者でも、青年でも、誰でも――魔力を流し込めば魔法陣は完成する。

 不足を補い魔法陣が完成すれば、その時点で魔法が発動するのだ。



「なにを――」


 軽く、だ。

 青年が勇者の背中を押し、一歩、でなくとも半歩でいい――――勇者の足を進ませた、その時だった。


 加速の魔法が勇者の体を前方へ、猛スピードで移動させた。


 当然。

 目の前に今も広がっている、かまいたちの嵐へ、だ。


「――――」


「勇敢な男は、自ら死地へ飛び込んでいくもんだろ?」



 高速で人影が嵐へ突っ込んでいった。

 僅か数秒で「ぃあ、が、」という一瞬だけ聞こえた断末魔を最後に、勇者の体が斬撃の嵐によって切り刻まれた。


 数秒前まで勇者だった肉片が風に乗って空高くまで舞い上がる。

 そして血の雨が降った……。

 遅れて肉片が落ちてくる。


 勇者は――自身の魔法によってその命を落としたのだった。

 頼りになる魔法は自身を襲う脅威にもなる。なにも持たないことが最強、とはならないが、身軽であればあるほど逆境から勝利を掴みやすくなるのだ。


 彼にはその経験が何度もあった。

 褒められたことではないが、九死に一生を得ることが十八番になってしまっている節がある……。危険な兆候ではあるが……。

 というか、今までもこれからも、しばらくは危険の渦中である。


「ふぅ。おいチカチ――って、いねえか」


 派手に暴れたのだからまだ少女が近くにいれば巻き込まれていただろう。

 一応、気を遣って周りを見ていたので、少女が巻き込まれた様子はなかった……はずだ。

 彼の見落としでなければ、チカチルは巻き込まれたのではなく自力で距離を取ったのだろう。


 村の大人に助けを求めたのかもしれない。

 となると、騒動が収まった今すぐにでも大人たちがやってくるはずだ……それは少し面倒だ。

 青年にも事情がある。


「(ガキに見せるにはこの惨状は毒が強過ぎるが……落ちた肉片の回収もしてられねえな。あとは村の大人に任せるしかねえか……)」


 血の雨と勇者の肉片は、見慣れていなければ大人でも腰を抜かす光景だった。


 ……現場の後処理を優先してやってきた大人たちに正体を探られては面倒なので、青年はなにもせずに去ることに。


 フードを被り、姿を眩ませる。

 景色に溶け込むのではなく透明になったように彼の姿は見えなくなり(黒マントに転写された透明化の魔法だ)、足音だけが遠ざかっていった。



 その後、村の大人たちによって勇者の肉片は回収された。

 大人でも吐き気を堪えながらの作業で、とても子供には手伝わせられないものだ。


 その場にチカチルがいなかったのは、騒ぎを聞いてすぐに駆け付けた母親に、強く抱きしめられていたからだ。

 勇者の末路を見ずに済んだのは偶然だった――もしも、幼い少女が現場を見てしまえば……。

 それでも、彼女はなにも変わらなかったかもしれないけど。



 勇者の横暴に巻き込まれたチカチルは、今回の一件が強くトラウマとして残ってしまってもおかしくはない体験をしたはずだが、本人は意外とあっけらかんとしていた。


 恐怖に勝る、彼女の中で強く印象に残ったことがあったからだ。

 おかげで、チカチルの目は活き活きとしていた。



「お母さんっ、勇者さまがいたの!」

「うん……でもね、あの勇者様は……」


「ううん、違うの。そっちじゃなくて……――『あの人』は、悪い勇者から、わたしを守ってくれたのっ。『赤い勇者さま』……カッコよかったなあ……」

「そう、なの……?」


 勇者と言ってもピンキリだ。悪い勇者がいれば良い勇者もいる。

 チカチルがなにを見たのか……その場にいなかった母親には分からなかったが……。

 ――チカチルが元気なら、これ以上の良い結果はない。


「あのね、チカチル。お母さんの大事なネックレスのためにチカチルが頑張る必要はないのよ? これからは、私のために危ないことはしないでね……分かった?」

「うん、ごめんなさい……」



「あの、ちょっといいですか……?」

 と、親子の会話の隙間を縫って話しかけてきたのは、近所のお姉さんだった。

 彼女はチカチルが取り戻したかったネックレスを持っていて…………。


「これ、『チカチルに渡しておいてくれ』って……その、誰かは分からないですけど、そう声をかけられて――」

「え……」


 肉片と共に壊れているはずのネックレスが、お姉さんの手の中にあった。


「あ、ありがとうございます――」

「あの人だ!!」

「あっ、チカチル!?」


 飛び出したチカチルが『赤い勇者さま』を探して村中を駆け回るも、彼はいなかったし、彼を見た人もひとりもいなかった。

 ……英雄は、感謝の声も聞かずに村を去ってしまったようだった。

 ……それがより、チカチルの英雄像を成長させた。


 彼への憧れがどんどんと強くなっていく。

 ああなりたい、追いつきたい――あの人に認められたい。

 彼女の原点は、きっとここになるのだろう。


「か、勝手にっ、出ていかないで、よ、チカチル……っ」


 ぜえはあと息が荒い声に振り返ったチカチルが、拳を握り締め、宣言する。

 体力が底をついた母親が倒れそうになるのを寸前で支えながら。


「わたし、勇者になる」


「……勇者、に?」

「うんっ。勇者になって、あの人と一緒にこの世界を救ってあげるの!!」


 幼い少女が見る無謀な夢だが……見るだけなら自由である。

 ただ、彼女の場合は無謀を叶えられるだけの才能があるのだが……まだ幼い少女自身もその周りの大人たちも、この時点では知る由もないことだった。



 そして、彼女が憧れる赤い勇者さまが実は『※※』であることも――――


 今はまだ、誰も知らないのだった。

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