第4話 勇者vs英雄①
家の壁の大穴、その先。
大の字で倒れている勇者が、上半身を起こした。
不意を突かれ、油断からダメージを受けてしまったが、痛み自体は軽いものだ。
腕っ節には自信がありそうな謎の黒マント男だったが、勇者の痛みは既に引いている。
立ち上がった勇者が、背負っている大剣に腕を伸ばした。
相手が子供でなければ容赦はしない。する理由が見当たらない。
彼が抜いた大剣にはくっきりと、鮮明に魔法陣が見えていた……――転写されたことで一部の魔法を付与された『魔剣』である。
千差万別の魔法陣があるため、その組み合わせは無限大だ。大剣だから転写された魔法はある程度は絞ることができる……とはならないのが厄介なところだった。
魔法と武器を組み合わせた魔道具での戦い。オーソドックスな戦い方だが、ゆえにいくつもの恩恵を受けている勇者は頭ひとつもふたつも飛び抜けている。
魔法に魔法で対抗しても、勇者に敵うかどうかは……。
――大男よりも重量がありそうな大剣が、片手で振り回されていた。
勇者の身の丈以上もある大きさだ……長さ、重量……それらのデメリットを帳消しにする腕力と器用さが勇者にあった。
片手で扱えるということはもう片方の手が空くということでもある。
勇者の片手が空くというだけで、その脅威はぐんと跳ね上がる。
「勇者に歯向かったことを、ガキ共々、後悔させてやる……ッッ!!」
〇
「きたな……――ッ!?」
赤髪の青年がチカチルの首根っこを掴んで後ろへぶん投げた。乱暴ではあるが最適解だ。
もしも咄嗟のその行動がなければ、今頃チカチルの体は無残に引き千切られていただろう。
大人でも喰らえばひとたまりもない魔法だった……子供なら即死だ。
大規模な魔法が通り抜けた。
民家は壁どころか、魔法に巻き込まれ倒壊してしまった。
瓦礫も残らず全てが風に乗って吹き飛ばされてしまう。
転写された魔法は強力な斬撃の塊か。
大剣に転写する魔法としては読みやすいオーソドックスなものだが、しかし分かったからと言って対処ができるわけでもない。分かっていてもどうしようもない魔法も存在している。
巻き込んだ全てを斬り落とす『かまいたちの嵐』。
幸い、進行速度が遅いのが救いだった。避けるだけならそう難しくはない。
青年は魔法を回避し、観察することに集中する。
旧時代からの遺物である魔法陣は使い込まれているものが大半であり、無敵に見える魔法でもどこかに必ず穴があるはずなのだ。
穴を突けば、どんな魔法でも攻略法や安全地帯が見えてくる。
十数秒前まで建っていた民家の跡地を、悠々と歩いてくる勇者。
身の丈以上の大剣を片手で振り上げ、切っ先を青年に向けた。
魔法発動のため、必要な手順なのか?
「……進路の先に民間人がいようが関係ねえって顔だな」
「悪をぶっ殺すために必要な犠牲だろ。災害に遭っても助かる奴は助かるもんだ。運が良いか自力で回避したかは分からねえが」
大剣に転写された魔法陣の魔法が直前に見た『かまいたち』だが……かまいたちを生み、嵐を起こす魔法であると決めつけるのは早計だ。
移動する嵐は魔法ではなく、勇者の技量によるものだったとすれば……嵐の規模は自由自在とも言える。
警戒するべきは大規模の嵐ではなく――――、
「(魔法発動にインターバルはねえか……っ! 脅威は嵐じゃなく、飛んでくる小せぇ斬撃の方!!)」
大剣と初手で見せられたかまいたちの嵐で誤解しがちだが、恐らく魔法発動の条件として『剣を振る』必要はない。
まるで矢を引かない弓のように、切っ先を向けているだけでかまいたちが飛んでくる。
ぼしゅっ、という微かな音を頼りに横へ回避。
青年がいた場所を、弾丸のような風が通り抜ける。
やがて速度を落とした見えない弾が地面に落ちた瞬間、周囲の地面が斬れた。
亀裂ではなく爪で引っ掻いたような痕が地面に刻まれている。
「剣も嵐もミスリードってことかよ……意外とせこい戦いじゃねえか、大男」
「そうさせたのはてめえらだろ。なあ『魔人』。ただ剣を振っていれば殺せる相手じゃねえってのは長い歴史の中で分かってんだ。過去の勇者がてめえらの手口を研究してるんだからよ……。卑怯だと? てめえらにだけは言われたくねえな」
勇者が駆け出した。
一歩、そして二歩目で急加速――――!!
「ッ、うぉ!?」
軽々と振り上げられた大剣が青年を狙う。
視界の大半を占める大剣を印象操作の囮であることを気づかせた後で大剣を大剣らしく使う。
精神的に想定していなかった(させないように誘導されていた)角度からやってくる攻撃に、対処が少しずつ遅れていっている。
まんまと相手の術中にハマってしまっている。
勇者の急加速は、青年の見落としによるものだ。……想像できたはずなのだ。
かまいたちの嵐と大剣の存在が、その他を薄めていた。
靴に転写された魔法で移動を加速させるのは一般的な魔法の使い方だった。
全身を魔法でコーディネートした場合、靴は必然的に加速魔法、一択となる。
攻めにせよ守りにせよ、そして逃げにせよ。全ての状況で使うに長けている魔法であるため、持っていないだけで不利になる。
戦士の全員が標準装備であることを前提に考えるべきだったのだが……(その前提を壊すことで相手の不意を突く戦法もあるにはあるが)。
ほぼ全員が持つ魔法であるため、加速は当たり前。
隙を突かれても、事故でも起きなければ回避ならできる。緊急回避は咄嗟なことが多いのでどこへ移動するか分からないギャンブル性があるが、使わずに直撃を受けるよりはマシだろう。
「さあ、魔人。さっさとてめえの魔法を見せろ」
「なんで手の内を見せなくちゃならねえ。見せて対等、とでも言うつもりかよ。殺し合いってのは対等な状況を『作らない』ところから始まるんだ。対等な状況に持ち込まれた時点で劣勢になってるんだよ――あと、オレは認めてねえぞ?」
「あ? ここで隠してなんになる、こそこそしてんじゃねえよ!!」
どちらが優勢か、劣勢か。
客観的に見れば追い詰められているのは青年の方だ。しかし、手の内を隠しているのではなく手の内がないのだとすれば、これ以上の劣勢にはならないだろう。
……手の内がなければ利用されることもないのだ。
「さっきの大技、もう出さねえのか?」
「なに誘ってんだよ」
青年の挑発を警戒する勇者。
誘われたら出しづらくなるが、それが相手の狙いだとすれば、チャンスを棒に振ったことになる。警戒させることで使用を躊躇させれば、苦手な攻撃の頻度を下げることができ、青年にとっては美味しい展開だ。
互いの戦略が交錯する。
苦手とする攻撃こそ挑発し、逆に出しにくくさせる。
青年の挽回の策はしかし、勇者には彼の魂胆が透けて見えているようだった。
「なるほどな……やっぱ魔人ってのは油断ならねえ奴らだ」
勇者が大剣の刃に指を触れ、魔法を発動させる。
「そんなに嫌なら、お望み通りにぶちかましてやるよォッッ!!」
振り上げた大剣を振り下ろす。
嵐を作り出すための動きだ――魔法発動と同時に片足を軸にして回転を加える。
振り回された大剣がかまいたちを嵐に変えて……。
ただの人間には不可能な魔法の使い方だった。
筋力が増強された勇者にしかできない――――
そして、二度目のかまいたちの嵐が青年に向かって動き出す。
……が。
赤髪の青年は、既に勇者の懐まで接近していた。
加速魔法で嵐を迂回し、勇者の背後へ回って彼の靴へ手を伸ばしている。
指が触れた。
魔法陣が浮かび上がる。
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